「コトネがうらやましい」

ぽつりとそう言ってみれば、最近よくやってくる挑戦者の女の子、コトネは驚いた顔をして僕を見てる。

「…レッドさん、私いま愚痴ってたんですよ?」
「うん、聞いてたよ」
「うらやましいですか…?」

なぜに?と怪訝そうな顔で首を傾げるコトネ。
そう、今日はバトルをするわけではなく、やって来たコトネが僕に話してたのは幼なじみのヒビキという男の子のことで内容的には愚痴だ。
一日に何回もポケギアが掛かってくるとか、わざわざ洞窟についてきたとか、しょっちゅうケンカばかりとか。

「コトネはヒビキと仲良いんだね」
「え?あ、まあ同じタウン出身だし旅に出たの一緒ぐらいなので」
「…ヒビキとバトルしたりする?」
「しますよ!まあだいたいヒビキくんが勝ちますけど…」

えへへ、と苦笑いを浮かべるコトネを見て、やっぱりうらやましいなぁと思う。
僕にはもう過去のことだから。

「…楽しそうでいいね」
「レッドさん、もしかして寂しいんですか?」
「…なんで?」
「だってそんなこと言うなんて…でもまあこんなとこにひとりでいたら寂しいですよね」
「…」

気遣ってくれてるようにコトネがそう言うのを聞いて、目をぱちぱちと瞬きさせる。
まさかそんな風に受け取られるとは思ってなかったから。
なんだか可笑しくなってきて、くすくすと小さく笑うとコトネに返答する。

「別に寂しくなんかないよ?」
「えっでもだって…」
「うらやましいのは、コトネの性格かな」
「性格?」
「…僕は話すのあまり得意じゃないし、まして自分の感情を伝えるなんてどう言ったらいいかわからなくて伝えたことないから」

コトネみたく何でも遠慮しないで言えたらよかった。思ってることを、考えてることを素直に。
あのとき僕はそれが出来なくて、彼は去ってしまった。
優しい嘘だけをついていなくなった彼に、何ひとつ返すことも伝えることもなく。
そして僕もいなくなった。

「…大事なひとにですか?」
「…うん、とても大事なひとに、ね」

あのとき、行かないで、と言っていたらどうなっていただろう。
でもそんなことを僕が言えるわけもなく。
彼の背中を追うことも、一緒に歩くことさえも出来なかった。
僕にはその資格がなかったから。

「会いに行かないんですか?」
「……会えない事情があるから」

にこ、と笑みを浮かべて言ってみるとコトネがすみませんと申し訳なさそうに謝ってきた。
それに、気にしないで、と返すとコトネのポケギアが鳴った。

「…ヒビキくんだ」
「ちゃんと出てあげなよ?」
「〜〜っ」

口を尖らせてポケギアを見つめるコトネにそう言ってあげると、コトネは仕方なさそうに立ち上がると僕から少し離れてポケギアを耳に当てている。

(…会えない事情、か)

ぽつりとそう思うと、未だに降り積もる真っ白な世界を見つめる。
会えない事情。
それは彼が最後に優しい嘘で約束したから。
だけどその約束は忘れられているんだろう。
果たされることなんて、この数年間ない。
ずるい。
僕だけ約束を覚えてて、約束を守っているだなんて。

「…………グリーン…」

ぽつりと名前を呼んでみると、それはすぐ雪に溶けていってしまう。
僕は彼が、グリーンが、今どこにいて何をしているのかなんて知らない。
会おうと思えば探したら会えるだろう。でもそれは出来ない。僕に出来るのは、グリーンが来るのを待つだけ。
だから僕のなかのグリーンは、僕に背を向けて去っていったあのときで止まっている。

「…」

伝えたいこと、言いたいことがたくさんある。
言葉にするのは苦手だけれど、結末を知ってる今、あのときに戻れるのなら。
きっとなんでもできる気がする。
引き留める言葉も、引き留める手も、引き留める涙も。
きっと。

「…」

そうすればグリーンはいま、僕の隣にいただろうか。
ふたりで笑いあえてる未来にいただろうか。

「〜〜…わかったってば!もうっ」

するとコトネが怒りながらポケギアを閉じると、拗ねたように頬を膨らませている。

「…コトネ?」
「あっ、ごめんなさい!
ちょっと用事できたので帰りますね!」
「うん」

ヒビキくんが〜と言って両手を合わせて謝ってくるコトネに苦笑する。
なんだかんだで仲良いんだなぁ。
そんなことを思っていると、今度はバトルしてくださいね!と言ってコトネが白い世界へと行ってしまう。

「…」

そしてコトネがいなくなって静かになった洞窟に、ヒュウ、と冷たい風が吹く。
コトネとヒビキの関係は、僕たちと似ているようで違う。
コトネとヒビキはお互いのために言葉を交わして行動に移してる。
でも僕たちはお互いのために言葉を閉じ込めて震える手をぎゅっと固く握った。
そう、僕たちに圧倒的に足りなかったのは言葉で。
いくら相手を思いやっていても、それが届かないと、伝わらないと意味がない。

「…っ」

いまになってそんなことに気付くなんて。

「…………ばかだなぁ、僕は」

ぽつり、とそう呟くと膝を抱えてしゃがみこむ。
目をぎゅっと閉じて瞼が開きそうになるのをぐっと堪えた。

「…っ…グリーンは僕のこと嫌いだったかもしれないけど、僕はグリーンのことすきだったよ」
「僕のこと嫌いなくせに、いろいろ教えてくれたり助けてくれたりして」
「グリーンがいなかったら、きっといまの僕はいない」
「…楽しいことも、つらいことも、悲しいことも、全部」
「グリーンが教えてくれたのに」
「……なんで、あんなこと言っていなくなったの?」
「…グリーン…」

ぽつりぽつりと呟く台詞と一緒に、ぽたりと落ちる雫が地面に吸い込まれていって。
ああ泣いてるんだと至極冷静にそう思う自分が嫌になる。

「…ごめんね、グリーン」

きっと届くことはないだろうけど、それでも言えなかった言葉を紡いでいく。
懺悔と後悔が入り混じったこんな言葉、きっと聞きたくもないだろうけど。

「…会いたい」

こんなにも自分が女々しいとは思ってもみなかった。
でも。
約束を破ったら、怒る?呆れる?

「会いたいよ、グリーン…」











1000の言葉



>柳さん
FFのイメージが強すぎてグリーンをどこか戦場にでもやろうかと悶々としました。
グリレはなんとなく言葉が足りないイメージがあります、いい意味でも悪い意味でも。
だからレッドさんは言えないのと言わないといけないのでぐるぐるしちゃうだろうなぁと。
リク有難うございました。







1000の言葉/倖田來未



第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -