「ん?」 資料を探していたら本棚から何かがヒラリと落ちてきた。 拾い上げてみるとそれは写真だった。小さい頃の。 「…まだ旅にでる前に撮ったやつだな」 そこに写っているのは、随分小さい自分とレッド。 レッドはあの帽子を被っているけど、それは少し大きめのようでちょっとずれている。 そしてピースをして笑っているおれの後ろに隠れるようにして写っていた。 「小さい頃は泣き虫で怖がりだったよな、あいつ」 写真を見てくすくすと笑う。 なんだか随分と年をとってしまったかのような感覚だ。 そう何年も経っていないのに、あの頃起こった出来事が多すぎて遥か昔のように感じる。 レッドはすぐに泣いて、怖がりでひとりでどこにも行けなくて、おれがいないとだめだった。 そんなときに旅の話が出て、これだって思ったんだ。 かわいい子には旅をさせろ、とは言うけどまさにそれで。 「…なんかおれ、レッドのお母さんみたいだな…」 苦笑いを浮かべて言う台詞がなんだか切ない。 それでも今思い起こせば、お母さんというか保護者ポジションでいたことに間違いはなさそうだった。 ライバル、だったんだけどな。 「…最初っつーか、いつも心配で先回りしては待ち伏せしてたっけな…」 あれ、やっぱりお母さんみたいじゃねーか。 でもおれがいつまでもそばにいてやれるわけじゃねーし、けっこう突き放したりもしたよな。 そしたらだんだんとひとりで何でも出来るようになってきた。 泣き虫で怖がりだったくせに。 「そういやあの頃、けっこう笑ってたよなぁ」 たいてい泣きそうな顔か怖がってる顔か、それか無表情っぽい顔かそんなのだったから。 旅に出て世界が広がって世界が変わって、それがきっとレッドにはよかったんだろう。 「…いろいろあったしな」 ふたりで踏み出した新しい世界はとても色鮮やかで、それでいて危険な闇もあった。 でもそれを必死に乗り越えてきたんだ。 旅に出るときに約束したから。 『強くなること!』 それはバトルのこともだけど、自分自身のことでもあって。 「…」 だからレッドがチャンピオン戦でおれの前に現れたとき、すごい嬉しかったのを覚えている。 ここまでひとりで来れたのか、とまるでレッドの保護者みたいな心境にもなったし、おれがいなくてもレッドは前に進めるし自分で何でも出来るんだ、大丈夫なんだと少し寂しかったりもした。 「レッドに負けたとき、」 おれは泣いた。 負けて悔しいのもあったけど、泣き虫で怖がりだったレッドがひとりでここまで来ておれに勝ってチャンピオンになった。それが嬉しかったんだ。 強くなったんだなって。 だけどそれと同時に切なくもなった。 もう、おれの手を掴んでくれることはないんだ、と。 「…結局、約束を守れなかったのはおれだったんだよな…」 強くなれなかった。バトルも自分自身も。 「レッドはおれがいなくても大丈夫だったけど、おれは結局レッドがいないとだめだったんだ」 レッドのことを守っていたつもりが、おれのほうが守られていた。 結局、身勝手な自己満足でしかないそれはガラガラと音を立てて崩れていって。 それから、自分はこれでいいのか、と悩んだ。 悩んで悩んで、その壁をひとつずつ乗り越えようと努力もした。勉強もした。 そしてトキワのジムリーダーになった。 そんなとき、レッドが姿を消したと風の噂で聞いた。 「…よく考えれば、すぐわかることだったのにな」 レッドが姿を消してから気付いたんだ。 確かにレッドはバトルも自分自身も強くなったかもしれないけど。 けど、それはおれと約束したから。 『強くなること!』 レッドはそれをただ純粋に守っただけだ。 本当は泣き虫で怖がりで、誰よりもやさしくて脆い。 ふたりでならいろんなことも乗り越えてきたけど、ひとりだと。 『目に見えるものばかりに惑わされないで』 誰かにそう言われて、ああレッドもおれがいないとだめだったんだ、とやっと気付いた。 誰かを頼ることも、誰かに依存することも、別に悪いことだとは思わない。 でもそういうのとは違っていたんだ、おれとレッドは。 「……あのばか、今頃どこで何してるんだか」 会ったら伝えたい言葉がある。 それはおれにしか言えない言葉で、レッドにしか届かない言葉。 「…、 仕事、しねーとな」 今でもあの頃のことを思い出す。 忘れるはずなんてない。夢になんかしたくない。 あのとき、ふたりで進んだ道は、世界は、輝いていて。 それでいて。 「…………レッド」 (そして今日もおれは、きみを、) 守るべきもの >琴音さん 別れ、もそれぞれにとっては前向きな別れと悲しい別れがあるんじゃないのかなぁと。 映画のイメージが強かったんですが書いてたらそうでもなくなりました。なんでだろう…。 企画参加有難うございました。 守るべきもの/sowelu |