やっぱ慣れないことはするものじゃない。
目の前の豪雨を見て、ぽつりとそう思った。

「…止むかなぁ」

服や髪についた水滴を払いのけながら、雨音で掻き消された世界を眺める。
天気予報は確か晴れだって言ってたのに、ひとがトキワシティにやって来たと同時に豪雨とか日頃の行いが悪いせいだろうか。それとも持ってくるつもりはなかったけど、カバンに入れたままにしていた折り畳み傘があったせいだろうか。

「…」

でも傘はあるけど、この豪雨のなかを傘を差して進んでいく気力はない。
この豪雨だと傘差しても濡れるだろうし。
仕方ない、せっかく降りてきたけど、しばらく雨宿りして小雨になったら帰ろう。
ため息をついて項垂れると、足元の水溜まりを見る。

「!」

するとパシャンと水溜まりを跳ねる音がしてなんだろうと顔をあげてみると。

「!!」
「あーくそっ、まじ冷てぇっ。
あ、よぅ、レッド」

トキワジムにいるであろうグリーンが僕の隣にいて面食らう。
グリーンは服やら髪についた水滴を払うと、さも当たり前のように僕に声をかけてくる。
だけど僕はグリーンが隣にいることに頭が真っ白になってしまっていて。
だって、今日グリーンに会うために降りてきたんだから。

「天気予報は晴れだって言ってたのにまさかの豪雨とか、誰かさんのおかげだな」

にやりと笑って皮肉めいて言われるそれを、半分上の空で聞いていた僕はただこくんと相槌を打つように頷く。
するとそんな僕を見てグリーンが苦笑いを溢す。

「ばか、冗談だよ。
つーか、レッドを見つけたのは好都合だったな」
「……好都合?」

やっと思考回路が正常に作動し始めた僕は、グリーンの言葉をそのまま返した。
するとグリーンがにこっと笑顔を浮かべたかと思うと、

「降りてくるときは連絡しろってあれほど言ってんだろうがっ」
「っ」

次の瞬間には、鬼のような形相になってぐわっと怒鳴られた。
うん、それ何回も言われた覚えがある。
だけど朝起きたら真っ先にグリーンのことが浮かんだから、会いに行こうって決めて。
話すの得意じゃないけどこういう話をしよう、とか、女の子じゃないけど今日は身だしなみには気を付けたつもりだし(寝癖はどうにかなおした)、グリーンに何かしてあげられることあるかな、とかそんなこと思ってたら連絡するのを忘れていて。
で、いまに至る。

「だいたいお前はいつもいつも不意すぎるんだよっ」
「…すみませんでした」
「棒読みで謝るな」

だって仕方ないよ。
好きなひとに会うんだから、ぐるぐるそれで頭が一杯になっちゃうってことぐらい。
そしてひと通りお説教タイムが終わり、グリーンが大きなため息をついている。

「ったく、お前の面倒見る身にもなれよな…。
お、だいぶ落ち着いたな。
レッド、傘貸して」
「え?」

豪雨はだいぶ落ち着いたとはいえ、小雨レベルではない。しっかり降ってる。でも傘を差して歩くのには問題なさそうだ。
そしてグリーンが僕のカバンを指差してきたから、カバンから折り畳み傘を取り出してグリーンに渡す。
するとグリーンはそれを器用にばさっと広げた。

「なにぼーっとしてんだ。
つーか、カバン閉めないと中身丸見えだぞ」
「え?」

グリーンにそう指摘されて初めて、カバンが全開だったことを知る。
だからグリーンは僕が折り畳み傘を持ってるってわかったんだ。
もしかしたらエスパーなんじゃ…とか思いかけたのは内緒だ。

「ほら、いくぞ」
「え?」
「いつまでこんなとこにいる気だよ?」

おいで、と傘を持つグリーンに手招きされ、それに心臓が飛び上がる。
それでどうなるかなんてわかりきってるからこそ、足が動かない。

「ったく、仕方ねーな」
「!」

僕がその場から動かないでいると、グリーンが困ったように息を吐き出すと僕の手をぐいっと引っ張った。
そして傘のなかへと招き入れられる。
トン、と足が地面についたと同時に違う音が僕のなかに響く。
それはあまく響く恋の音。
どうしてこの男は何度も何度も僕を恋に落とすんだろう。
こんなのじゃ心臓がいくつあっても足りやしない。

「今度からはちゃんと連絡してから下りてこいよ、迎えに行ってやるから」
「…い、いい」
「そうしないとお前いつかみたく迷子になるだろ」
「…なってない」

そして半強制的に手をぐいっと掴まれるとグリーンの横に立たされる。
そのせいで会話に集中なんて出来ない。だっていま、こんなにも近い。
グリーンにとってはなんてないことかもしれないけど、僕にとっては好きなひとと相合傘だなんて。
どきどきしすぎる心拍数がすごくうるさい。
もしかしたら隣にいるグリーンにも聞こえるかもしれないぐらいに。

「だけどこないだこそ下りてきたのにどうしたんだよ?
きずぐすり足りなくなったとかか?」
「……うん」
「また無茶なこととかしてねーだろうな?」
「……うん」
「ほんとか?」
「……うん」
「…お前な、さっきからひとの話適当に聞いてるだろ」
「……うん」
「うん、じゃねーよ、ばかレッド」

呆れたように言うグリーンに、そこでやっとハッと我に返るけどそれでもまだ思考回路は鈍い。
そんな僕を見てまたグリーンがぐちぐちと何か文句を言い始めたけど、それは右の耳から入って左の耳へと抜けていく。
と、ふとグリーンの右肩が濡れていることに気がついた。
確かに傘はそこまで大きくないからふたりで入るには狭いかもしれないけど。
それでも僕の左肩は全然濡れてなくて。

「……っ」

もしかしたらこれが普通なのかもしれない。
傘を借りてるわけだし、相手に配慮するってことぐらい。
だけどそれに胸がきゅうっとあまく締め付けられる。

「レッド?どうした?」
「っ!」

すると不意に、さっきのお説教モードとは違って優しい声色で顔を覗きこまれるようにそう聞かれ、それにびくっと体が震える。

「…………なんでもない」

必死に声を絞り出し、言葉を紡いで平静と冷静を装う。
僕の表情を読み取るのは難しいらしいけど、グリーンはいとも簡単に僕の表情を読み取ってしまうから、好きを顔に出さないようにするので精一杯だ。
だけどグリーンは、そんな僕のこと試してるの?

「あ、ばか。
濡れるだろ」

動揺しているのを悟られないためにちょっと体を離そうとした僕を見て、グリーンが傘を反対の手に持ち変えると、空いたほうの手でぐいっと僕の腕を掴んできて。

「!」

その熱に、目眩がする。

「ったく、おれから離れるなよ」
「…っ」

それから、本日何度目かの、恋に落ちる音がした。


(どうしようどうしようどうしよう)
(好きというあまい雨に溶けてしまいそうだ)












メルト



>とくめいさん
メルトを私なんかが書くのはすごい恐縮なんですが、浮かんだのが、片想い、雨、あまい、の3つだったのでそれで書かせていただきました。
企画参加有難うございました。






メルト/初音ミク




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