「…おれは、負けたのか」

目が覚めて、なにもなくなった両手を見つめてそう呟く。
あれは決して夢じゃなかった。
おれは一番高いところから、崩れ落ちたんだ。それもレッドに負けて。
いまの状況はどうだ?
そんなこと自分に尋ねてみたって、答えが返ってこないことぐらいわかっている。
今まで進んできた道が正しいのかどうか、崩れ落ちてしまった今、それはもうただ祈るしかない。自分が選んだ道が、すべて正しかったのだと。
それでも自分で描いた夢の地図を挫折で進めることも出来ず、未練で破り捨てることも出来ず。
いまどこにいるのか確認しようとしても手のひらのコンパスは壊れてしまっていて、世界を見ることなんてできやしない。
おれがいる現在地は、夢の地図のどこなのだろう。
それに、おれに勝ってチャンピオンになったレッドはいま行方不明で。
夢もレッドも失ったこの世界で、おれはいったいなにを求めて、なにに向かって進んでいくんだろうか。
現在地もわからない自分が夢の地図のうえで迷子になっていることに気付いても、それを認めたくなくて、おれはゆっくりと目を閉じた。

「グリーンはもうバトルはしないの?」

毎日することもなく、ただ時間が過ぎるのを待っているだけのおれを見かねたのか、ナナミ姉さんがそう声をかけてきた。
姉さんはイーブイの毛づくろいをしていて、イーブイは気持ちよさそうに目を閉じてごろごろいっている。

「…なんで?」
「だってグリーンがバトルしているとこ、最近見てないから」

特に咎めるわけでもなく、勧めるわけでもなく、姉さんはゆっくりとそう言う。

「…もう、いいかなって思ってさ」
「なにが?」
「…バトルするの。
やる気が起こらないっていうか」

ぽつりぽつり、と口から出るのは本音ばかりだった。
レッドに負けてから、何もかもが崩れてしまっていって、それをまたイチから築き上げていくのが億劫だった。
もう、どうでもいいとさえ思った。
こんなやつが短期間とはいえ、よくチャンピオンになれたなと自分で思うほどに。

「あんなに楽しそうにバトルしていたのに?」
「…っ、たのしく、なんか…っ」
「グリーンがそう思ってなくても、この子たちは楽しかったって言ってるわ」
「!」

姉さんがこの子たち、と言っておれのボールを見つめる。
もちろん、いま姉さんに毛づくろいされてるイーブイもだ。
嘘だ。楽しかったわけなんてない。おれが楽しいと思っていても、彼らもそう思ってたとはおもえない。
あのときのおれは強さこそがすべてで、弱いものなんていらないと思っていた。
そんなおれについてきてくれた彼らに、おれは最後の最後で傷つけたんだ。一番酷い方法で。
信頼して絆を深めて愛を注いだレッドとは違う。
もっと早くそうしていればよかったのに、おれは。

「…っ」
「この子たちね、グリーンのことがだいすきなの。
だいすきなひとと一緒にいるのに楽しくないわけがないでしょ?」
「…で、でも…っ」

おれが夢の地図を歩けないでいるのは、自分のせいじゃなくて彼らのせいだと責任転嫁までしたのに。
そして今でも心のどこかではそう思っている自分がいるのに、それでも。

「だいすきじゃないと一緒にはいないわ」
「…!」

姉さんがそう言うと、毛づくろい途中のイーブイが姉さんの膝の上からぴょんっと飛ぶとおれのほうへとことこと歩いてきた。
そしておれの前で止まると、どうしたの、と言うように首を傾げる。心配そうな顔で。
それはきっとおれがいま泣いてるからだろう。

「ほらね、みんなグリーンのことがだいすきなのよ」

ボールもブルブル動いていて、まるでおれのことを心配しているようで。
イーブイはぐるぐるとおれの足元を回っている。

「もう、バトルしないの?」

そして姉さんがもう一度おれにそう聞いてくる。
とても優しい声でゆっくりと。

「〜〜〜っ」

自分で描いた夢の地図を挫折で進めることも出来ず、未練で破り捨てることも出来ず。
いまどこにいるのか確認しようとしても手のひらのコンパスは壊れてしまっていて、世界を見ることなんてできやしない。
自分が進んできた道が正しかったのだと、祈るほかないぐらいにおれは目を閉じてしまっていて。
そんなおれを、どうして。
霞んだ目で凝らしてみても、前は何も見えなかった。
だけど、いまなら。

「………しても、いいのか?」

足元をぐるぐる回っていたイーブイをひょいっと抱え上げると、そのぬくもりに触れるのが久しぶりすぎて戸惑ってしまう。
するとイーブイは久しぶりにおれに抱っこされたのが嬉しかったのか、ごろごろと喉を鳴らすとおれに擦り寄ってきて、おれの頬を流れる涙をぺろぺろと舐めている。

「っ、ばか、しょっぱいだろ」
「みんな、嬉しそう」

くすくすと笑う姉さんにつられるようにおれも笑う。
そうだ、いつまでもこうしているわけにはいかないんだ。
夢の地図のうえで立ち尽くす自分にさよならを告げると、全然違うほうへと進み始める。
そう、道はひとつじゃないんだ。
自分が進むほうに道が出来るのなら、道はいくつもころがっている。
たとえその道が不器用であっても間違ったものであっても、その道が正しいのだと。おれが思うのなら、きっとその道は正しい。









ロストマン


「グリーンさん、準備できました!」

エリートトレーナーからそう声をかけられ、おれはイスから立ち上がる。
ここまで進んできた道が、おれにとって正しかったかどうか、それはおれにしかわからないけどそうであることを祈った。
おれがそう思うのなら、きっと道は正しいのだと。あのころとは違う祈りを。

「…」

今日はあの日に別れを告げる日だ。
夢の地図はあのころとは全く違うものになってしまったけれど、それはおれの目にはっきりと見えていて。そしておれの手のひらのコンパスも目的地を示すかのように動いて。
破りそこなった夢の地図に新たな印をつける。それがいまのおれの現在地。出発点だ。
ここから、また始まるんだ。

「…」

そしておれの前にずらりと横一列に並んだエリートトレーナーたちをじっと見る。
彼らの表情は不安と期待が入り混じったようなそんな表情だ。
何をするにしても未知の世界へ踏み出すのはそれなりに勇気がいる。おれが旅に出たときもそうだった。
だけど一歩踏み出してしまえば、あとは自然と足は進んでいく。
だから、そんな彼らに笑みを浮かべてこう言ってやる。

「新生トキワジムの第一歩だ。
間違ってもころぶんじゃねーぞ!」

そう、今日がおれの新たな世界への第一歩。

「さぁ、行こうか」
「はい!」

ここに来るまでいろんな出会いがあって別れがあった。楽しいこともあったし、悔しいこともあった。
でもいま思うとそれらはすべておれにとって大事な思い出で。
そしてその思い出を胸に抱くと、その思い出の中心にいつもいる人物に笑いかける。
いまも昔も、おれの唯一のライバル。

(レッド、知ってるか?)
(世界は、鮮やかで、それでいて眩しいんだ)

それを伝えにいつか会いに行くから。
再会するその日を祈りながら、おれは新しいバトルへと向かった。



>鈴哉さん
「君」を「もうひとりの僕」、という意味で受け止めてみました。レッドもだけどグリーンも結構悩んだというかいろいろあったんじゃないかなぁと思って、レッドよりもグリーンの視点で書いてみました。
CPというよりもグリ+レですかね…レッドさん出てこないけど。
リク有難うございました。



ロストマン/BUMP OF CHICKEN



「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -