一日目。 自分が透明人間になったということに気付く。 理由をあれこれ考えてみるけれど、別に変なきのみを食べたわけでもないし、ポケモンの仕業でもなさそうだし、考えてもまったくわからないので考えるのをやめた。 でもせっかく透明人間になったのだから、何かいたずらとかしてみようと思ってみるけど、いたずらが思い浮かばず、それもやめた。 二日目。 目の前であることないこと悪口を言われた。といっても向こうにしてみれば僕が見えていないのだから陰口なんだろうけど。 悪口、非難、罵倒、陰口。 そういうものはとっくに免疫が出来ていると思っていたけれど、そんな言葉を聞いて嬉しがる人間もどうも思わない人間もいないんだと再認識した。 言葉はどんな技よりも破壊力が強いってこと、僕だけが知っているんだろうか。 『嫌い』 『大嫌い』 『嫌い』 楽しそうに笑って言われたそれらが僕を刺す。 三日目。 僕のことが好きだと言った唇が、他の子とキスをしていて。 僕のことを大事にすると言って抱きしめてきた腕が、他の子を抱きしめていて。 何もない。 全部ガラガラと崩れていく。 なんでそんなもの見ないといけなかったんだろう。 ああ、でも向こうにしてみれば僕が見えてないんだから見せてるつもりはないんだ。 どこかにリセットボタンがあるのなら押したい気持ちになったけど、これらのことは向こうには僕が見えていないから僕の目の前で繰り広げられただけで。 僕が透明人間じゃなくても、これは現実なわけで。 そう、全部これは事実なんだ。 なにそれ。 もう、頭が痛い。 四日目。 ぐるぐると頭のなかでいろんなものが渦巻いて気持ち悪い。 混濁とした世界にひとり取り残された気分なんて、いいものなわけがない。 ああでもないこうでもない、とあることないこと繰り返されるのももうたくさんだ。 耳を塞ぎたくなったのは、チャンピオンになったとき以来だ。 不平不満、理屈屁理屈をならべて結局は排他的感情論。 ひとは、自分と違うものに優劣をつけたがる。 そして自分は優勢になりたがる。 つまりはそういうこと。 どっちにしろ、一方的に友達だと思っていたひとたちはみんなそのようで。 僕のことが見えてないからって、あまりにも大胆すぎるそれらに、いっそ傍若無人に振るまってやろうかとも考えてみたけど、めんどくさいのでやめた。 五日目。 今日もそこに僕がいないことを誰ひとり不思議に思うこともなく、僕に気付くこともない。 考えてみれば、そもそもいないのも同じだったんだ。 ひとりでシロガネ山に篭ってて、それを誰かトレーナーが見つけない限りは、僕という存在を他の誰かが知るよしはなかっただろう。 でもそのときと違うのは。 そのときは僕が黒で、世界が白の白黒世界だった。 それでも誰かが僕のことを思っててくれてて、覚えてくれていた。いい意味でも悪い意味でも。 だけどいまは。 世界が黒で、僕だけが白の白黒世界だ。 誰もが僕のことなんか見えていなくて、覚えていなくて。 それなのに僕は、この世界にいる。 黒い世界に真っ白な僕は浮き出すことはなく、黒に塗りつぶされて見えなくなってしまっていて。 そう、排他的感情論が渦巻くこの世界で僕が見えることなんてないんだ。 だから僕は、透明人間。 六日目。 ショーウインドウには僕の姿は映るのに、みんなの目には映らない。 どうせすぐ元に戻る。こうなったのには何か理由があるんだろう。 楽観と達観で過ごしてきた日々は、ただの苦痛となった。 誰でもいいから。 『嫌いな僕が見えますか?』 『大嫌いな僕を覚えてますか?』 ただ、頷いてくれるだけでいいんだ。 お願いだから僕の目の前で、知らん顔して楽しく生きるのやめてくれない? もう楽観視も達観も出来やしない。 『大嫌い』 『嫌い』 『嫌い』 それでもいいから僕のこと忘れないで。 見えないだけならそれでいい。陰口を言われたっていい。 でも世界から僕を忘れないで。消さないで。 誰にも届かないだろうけど、僕はただそう言い続ける。 もう随分と、笑ってなんかいない。 七日目。 「…」 僕はいまどこにいるのだろう。 交差点に立ちつくして、快晴な空を見上げる。 雲ひとつない空は青く、飛び込みたい衝動に駆られる。 きっとあの空にも僕は見えていないんだろう。 すると向こう側から、人ごみの中を掻き分けるようにして誰か慌てたように走ってきた。 誰かには透明人間の僕は見えていないから、このままじゃぶつかるだろう。 避けよう。そう思ったとき。 「!!」 すれ違いざま、僕が避けるよりも早くそのひとが、グリーンが、半身で確かに僕を避けていて。 そのグリーンの目に映る僕を見て、この七日間に起きたことが走馬灯のように駆け巡る。 ぐるぐる。ぐるぐる。 鮮明に。 そして、クラクションの音が響いた。 (ああ、いま僕はここに―――――――) インビジブル >ここあさん 解釈としては本当に見えなくなったわけじゃなくて、みんなが仲間外れして見えないふりしてるだけなのかなぁと。 それで話を書いてたらあまりにレッドが可哀そうでグリーンが腹立たしくなったのでこういう形にしてみました。あまり変わってないしグリレなのか微妙ですが…。 リク有難うございました。 インビジブル/GUMI・鏡音リン |