(きみと僕の距離は、何センチなんだろう)

ふとそんなことを思いながら、吹雪が止んで天気のいいシロガネ山から下を眺める。
だけどここからトキワジムまでは、天文学級の数字がはじき出されそうだから何センチかと考えるのは止めた。

「…1メートルって100センチだっけ?」

そんなことを呟きながら、聞きなれた声が耳に届いたような気がしてそっちの方向を見た。
グリーンがここにやってきて僕と話すときの距離は、80センチ。隣りに座ればその距離はもっと縮まるけれど。

「お、いたいた。
よう、レッド。食糧持ってきてやったぞ」
「……」

ザクザクと雪が踏みしめられる音がして、聞きなれた声の主、グリーンが現れた。その距離、1000センチぐらいだろうか。
そしてその距離はだんだんと縮まっていく。

「今日は天気良くていいよな、まぁ寒いのに変わりはねーけど」
「…」

距離、80センチ。
そこでグリーンが足を止めた。

「どうした?」

動かない、何も言わない僕に、グリーンが不思議そうな顔をしてそう聞いてくる。

(きみと僕の距離は、80センチなんだろうか)







「ほら、ココアでいいんだろ?」

数日後、グリーンのいるトキワシティまで下りていって部屋に上がりこんだ。
そしてリビングにやってきたグリーンがそう言って差し出してきたカップに手を伸ばす。その距離、80センチ。

「…」
「あ、熱いから気をつけ…って遅かったか」
「〜〜っ」

そんなことを思いながら、これが温かいココアだということを忘れて一気に飲んでしまい、その熱さに舌と喉が焼けそうになる。
これは温かいレベルじゃない。熱い。冷まして飲むべきものな気がする。でも僕が猫舌なだけで、沸騰してるほど熱いとかそういうわけじゃないんだけど。人肌よりぬるいぐらいの熱さが僕にはちょうどいい。
そしてまだ残ってるカップをテーブルに置くと、ヒリヒリとする舌と喉の痛みに声にならない声を上げていると、キッチンから走ってやってきたグリーンから顎を掴まれる。

「口開けろ、口」
「?」

その距離は、30センチ。目の前にグリーンがいる。
それに少し驚きつつも、言われたとおりに口を開けてみると口の中に氷を一個放り込まされた。飲み込んだりすることはなかったものの、今度はその冷たさに口の中の感覚がおかしくなりそうだった。熱かったのから急に冷たくなるから。

「〜〜っ、なんで、氷なの…っ」
「痛っ!」

氷を放り込んできたグリーンにグーパンチをお見舞いすると、グリーンが僕から離れていく。その距離は、80センチ。

「お、応急処置しようかと」
「普通、水とかじゃないの?
…というか、熱いなら熱いって言ってください」

僕が猫舌だって知ってるくせに。
それでも仕方ないから口のなかの氷をキャンディのように転がしていく。するとヒリヒリしていた舌がだんだんと感覚をなくしていくかのように冷えてきた。

「わ、悪い、お前が猫舌だってことすっかり忘れてた」
「…」

バツが悪そうな顔をして僕にごめんと謝ってくるグリーンを恨めしい顔で見ると、僕はテーブルのうえの湯気が立つカップを眺めた。
するとグリーンがテーブルの向こう側から僕のそのカップをひょいと持ち上げた。カップにつられて視線がうえへと向く。

「ぬるめのに作りかえてきてやるよ」
「…いい。飲める」

グリーンの提案を首を横に振って拒否すると、グリーンが持っているカップへと手を伸ばす。その距離、80センチ。
そしてそこで気がついた。いつも80センチだ。遠くもないけど近くもない距離。
きみと僕の距離。やっぱり、80センチなんだ。

「そうか?
だけどそれだと飲めないだろ」
「…しばらく置いとく」
「それだと冷えるだけだろ。
猫舌って大変だな、温かいもん飲めないっての」

手を伸ばしてもグリーンはカップを渡してくれなくて、伸ばした手がものすごく虚しい。
そしてグリーンはそんな僕を見てそう言うと、カップを僕に渡してくれることなくカップをまたテーブルへと置いてしまって。
だから、この伸ばした手がものすごく虚しいっていうか恥ずかしいっていうか。仕方ないから下ろそうと手を動かそうとすると、

「じゃあ、レッドにはこっちをやるよ」
「え?」

伸ばした僕の手にグリーンが指を絡めてきて、その意味不明な行動に戸惑ってしまう。そしてそれはきっと顔にも出てたんだろう、グリーンが僕の顔を見て笑った。

そして。








遠距離中距離近距離恋愛

よく知った匂いがふわっと香り、コーヒーの苦い味がした。

その距離、0センチ。



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