「…39度」 ピピピッと鳴った体温計を見てみれば、予想以上の数値がはじき出されていて呆気にとられる。 そしてその数値をはじき出した当人はというと、ひとのベッドに横になっておれの顔をじっと見ている。 その顔はいつもの無表情なものでも、頬は赤いし目は高熱のせいか潤んでいて、さらには半分ぐらい閉じられていた。 「風邪だな、こりゃ」 「…大丈夫、平熱高いから」 「平熱高くてもいくらなんでもこれは熱出てるっつーの」 そして39度も熱が出ているというのにこいつは通常運転で、しれっとした顔でそう言うとベッドから起き上がろうとした。 だからそれを慌てて阻止すると、不服そうな表情のレッドをベッドへと押し返した。 病人だという自覚がないのか、こいつは。 「ったく、あんだけ寒いとこにいるくせになんで下りてきたときに熱出すんだよ」 「気候の変化についていけなくて」 「あー確かに…って、それは山にいるときに起こると思うんですけど」 あんな寒い山に半袖でいること自体が信じられない。と言っても、おれがあげたマフラーだけはしっかりとしてたような(コートも持って行ったのになくしたとか言いやがるし) ため息まじりにそう呟くレッドに呆れて言い返すと、レッドが真剣な表情をしておれの顔をじっと見てきた。 「なんだよ?」 「…内緒にしてて、心配するから」 「………わかった」 お前が熱出して心配するのはお前の相棒だけじゃねぇのにな。一応、目の前にもいるんですけど。 それでもそんなことは言わずにレッドの要望を呑む。 するとレッドは安心したのか、微かに笑ってみせた。 (うわっ、可愛い…!) 相手が弱っているときに不謹慎だとは思うものの、可愛いものは可愛い。 それにこういう顔はおれには滅多に見せてくれないし。 「とにかく、今日一日は寝てろ。 大人しく出来ないんだったら座薬突っ込むからな」 「…グリーンの変態」 「っ、なんでそうなるんだよ!」 こいつなら熱出してもフラフラしそうだから釘を刺すようにそう言えば、レッドがぽつりとそんなことを呟いてきた。 それぐらいで変態になるんだったら医者はほとんど変態になるだろ。って、んなことどうでもいい。 「と、とにかく大人しくしてろよ!薬持ってくるからな!」 まだなにかぶつぶつ言っているレッドにそう言うと、風邪薬とかあったかな、と思いながら部屋を出た。 「ほら、薬」 どうにかして見つけた風邪薬と水を持って部屋に戻れば、レッドはちゃんと大人しくベッドに寝ていて、それも思わずほっとしてしまう。 「…座薬じゃないんだ?」 「…そんなに突っ込まれたいのか?」 ご希望とあらば、座薬の一個や二個突っ込んでやってもいいが、そんなこと出来る能力はあいにくおれには備わってない。つーか、理性がその前に崩壊すると思う。 そして薬を飲むために体を起こそうとしたレッドが、何を思ったのかそのまままた体をベッドへと沈めてしまった。 「どうした?キツイか?」 表情はさっきと同じで、頬は赤くて高熱のせいで目は潤んでいて半分寝てるような起きてるような状態だ。 まさか短時間のうちにまた熱が上がったんじゃ、と思って枕もとに置いておいた体温計を手にとろうとすると、 「大丈夫」 とだけ、レッドから返ってきた。 それでも痛みとか熱とかそういうのに鈍感そうなレッドが体も起こせないぐらいなんだし、これは病院に連れていったほうがいいのかもしれない。 そう思っていると、レッドがちいさく口を開いた。 「くすり」 「え?ああ、だけど起きないと飲めないだろ」 よし、病院に連れていこう。 だけどその前に一応、薬だけ飲ませておこうと思ってレッドの体を支えて起こそうとすると、その腕をレッドに掴まれた。 「レッド?お前、マジで悪いんなら先に病院に…」 「…飲ませて」 「は?」 そしてレッドから紡がれた台詞に、一瞬何のことかわからず首を傾げてしまう。 飲ませて。飲ませて?何を?ああ、薬のことか?え?は?薬? 「…くすり、飲ませて」 熱の篭った目で見上げられてそう言われ、ちいさく動く唇に目が釘付けになってしまった。 その台詞の意味がどういうものかわかる以上、気安く頷くことは出来ない。 それにレッドが深い意味をこめて言ってるわけじゃないのもわかるから、なおさら了解なんざ出来るわけがない。 「いや、でもひとりで飲めるだろ?」 「飲めない」 「いやいや、飲めるって」 「グリーン」 どうしてこういうときに我儘言い出すんだ、こいつは。 病人だからってひとが理性と必死こいて戦ってるというのに(それでも理性に勝っても大したことは出来ないだろうけど) ああもう、その目で見つめられても困る。 相手は病人。 相手は病人。 「はやく」 チェック・メイトをきみに告ぐ |