これは僕が選んだ道。

「寒…」

そう呟くと悴んだ手を擦った。
シロガネ山は今夜も吹雪。ここ一週間はひとを見ていない気がする。
寒がるから、という理由でポケモンたちはみんなボールのなか。だからいまこの空間で息をして、吹雪いている真っ暗な夜空を見ているのは僕ひとりだけだ。

「……」

洞窟のなかをすり抜けようとする吹雪がヒュルヒュルとちいさく歌っては消えていく。
それを壁にもたれながら聞き、遠い日のことを思い出していた。

「……」

大体いつも一緒にいた気がする。ちいさいときは特に。
外で遊んだり、家のなかで本を読んだり、時にはいたずらをして怒られたり。

今なにしてるんだろう。

ふとそんなことが頭を過ぎった。
トレーナーを目指して旅立って、僕の行く先にはいつもいた。そういえば邪魔して来たりもしたっけなぁ。
ちょっとめんどくさかったけど、それでも全然知らない世界に知っている人間がいることですごく安心したりもした。
だから先に進めば会えるかなって容易に思って。どんどん進んで進んで、ついにはチャンピオンにまでなった。

だけど、その先には誰もいなかった。

「……」

僕の夢は、消えた。







「よう、レッド。
まだこんなとこウロウロしてんのかよ」
「…」
「って、なんだその怪我?!」
「…さっきこけた」
「ばか!こけたってレベルか!」

いつも邪魔ばっかりしてくるくせに、こういうときはちいさい頃と同じで。
悪態つきながらも手当てをしてくれて、挙句の果てには手を繋いで巡査さんのところまで連れて行かれた。

「…」
「っとに、世話の焼けるやつ!
こどもか、お前は!」
「……グリーン」

半強制的に近いかんじで繋がれた手はとても温かくて、やっぱりちいさい頃と変わってないと思えた。

「なんだよ!」
「まだ子どもだよ、僕たち」
「……っ、ごちゃごちゃ言うな!」
「?」

なんでグリーンが怒ってるのかわからなくて首を傾げると、ふと真っ赤なグリーンの耳が目に入って。更にそれに首を傾げる。

「っ、レッド」
「なに?」
「…なんでもねぇ」
「?」

こうやってちいさい頃と変わらないように接してくれるのが嬉しくて、ほんとにたわいのないことがすごく嬉しかった。

もう戻れることはないけれど、そのときの手の温もりを、僕はまだ覚えている。




(だって、僕から離れたんだ)



「…」

朝になっても吹雪は相変わらずで、昼前に治まってくれるのを願うと目を閉じようとした。
それでも洞窟のなかで歌い踊っては消えていくヒュルヒュルという吹雪の歌が耳を離れない。
歌が聞こえるたび、温かかったあの手のぬくもりを思い出す。グリーンを、思い出す。

「………ちゃんと、さよなら言ったのに」

もう二度と会えないだろうから、ここに来る前にさよならを告げた。本人を目の前にしては言えなかったけど。
それでも言ったんだ、さよならって。だから僕のなかでひとつ区切りが出来たと思ってた。

「……忘れられない、のかな」

忘れる必要はないかもしれない。それでも夢が消えて、進むべき先がなくなった僕にはいらないものだろう。
あの手の温もりも、心を占めるこの思いも。

「…吹雪のせいだ」

きっと寒いからあの温もりを思い出してしまうんだ。そう責任転嫁すると、ため息をついて今度こそ目を閉じた。

「……」

ひゅるひゅる。
ヒュルヒュル。

「……ばかだな、僕は」

なんでだろう。何もかもが消えない。忘れられない。
グリーンのことしか、考えられない。

寂しいとか、悲しいとか、会いたいとか、今頃こんなことで思い出すなんて。

(僕、こんなに弱かったっけ)

「……痛い…」

僕が選んだ道なのに、その道で立ち止まるたびに降り積もっていく。
この吹雪のように。

幼い愛が、消えない。



I still love you boy







(何もいらない。夢も、望みも、願いも、期待も、全部)
(だから、)

「っ、マジでいやがった…!
レッド!って、手冷てぇ!」
「…」

(あの手の温もりが、グリーンが、欲しい)








Tommy february6/I still love you boy



「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -