「グリーン」
「んー?
って、〜〜っ?!」

机のイスに座ってジムの書類を見ていたら、後ろからレッドに声をかけられ、それに生返事のようにして返す。
すると背中を指ですーっとなぞられた。
その不意打ちすぎるそれに、ぞわわわと悪寒めいたものが走る。

「な、なにしてんだよ、レッド」

顔だけ後ろに向けてレッドにそう聞いてみれば、レッドはいつものように眠たそうな無表情でおれの後ろに立っていて。

「ひま」

そしてそう一言、発してきた。

「…お前な…おれは暇じゃねーんだよ」

相変わらずのマイペースぶりにげんなりしてしまう。
まぁ確かにレッドがせっかく下りてるときに仕事ばっかっていうのも悪いとは思うけど。
でもこの書類に目を通せば終わりだしな。あと10枚ぐらいあるけど。しかも全部びっしりと文字が埋められていて。
そんなことを思いつつ、いまは仕事、と机のほうに顔を戻す。

「あ、そこの本棚んとこに新種のデータの一覧あるぞ」

せめて時間つぶしにと思って、レッドのほうも本棚のほうも見ずに、本棚のほうをそれとなく指差してそう言ってやる。
するとレッドから、

「もう見た」

何言ってんの?みたいなかんじでそう言われる。
え、いつ見たんだよ。つーか、そこにあるって知らなかっただろ?
本当にそれを見たのか?違うの見たとか…ていうかそもそも勝手に漁ってるってなに。
待てよ、本棚……いや、本棚んとこに怪しいものは置いてねーし。
いやいや、怪しいものとかねーけど。うん。たぶん。
レッドのほうを振り向いてなかったのが幸いな気がする。
でも焦ってるのは内心であって、そんな見てわかるほど動揺してることはないようなって、おれ、落ち着け。

「そ、そうか」

別に後ろめたいことなんてないんだし、と気を取り直してレッドにそう返す。
するとレッドからこんな言葉が飛んできた。

「じゃあ、ひとつだけかまって」
「は?」

その言葉にレッドのほうを振り向いてみれば、レッドはちょっとだけ拗ねたような顔になっている。
かまって、という割にはひとつだけ、と言うところがレッドらしいというか。
もともと誰かにあまえるとか強請るとかそういうことがないから、おれにだけは我儘になってもいいのに、とつくづく思う。
でもそれを言ってみてもレッドはしようとしない。
それがレッドだから。

「今からグリーンの背中に字書くから、なにか当てて」
「へ?」

ちょっとだけしんみりとしていると、レッドがさくさくと行動に移していて、おれの顔を半強制的に机のほうへと戻す。
え、背中に字書くって…またあのぞわわわか?
そんなことを思っていると、レッドがおれの背中に指を伸ばしてきて。

「…」
「…」
「…」
「…あの、レッドさん」
「…なんですか」
「…それ何文字だよ…?」

すらすらと背中に書かれる字は明らかに一文字じゃない。
つーか、ひらがなじゃない。てっきりひらがなで「あ」とかそういうレベルだと思っていたから予想外すぎてわからない。
画数的に言うと四字熟語とかか?

「二文字」
「ええっまじで?!」

だけどレッドからさらりとそう言われ、人生であまり出会うことのない、いや出会っても書くことのなさそうな画数に慄く。
つーか、漢字なら漢字だと最初に言え。

「…もう一回書こうか?」
「…お願いします」

あまりのおれの態度にレッドが、それなら、と申し出てくれておれはそれに素直に頷いた。
いや、ほら、ひらがなと思ってたから。
漢字だと思って臨めば大丈夫だ、きっと。

「…」
「…」
「…」
「…はい、おしまい」

そしてレッドから終了が告げられるものの、さっぱりわからない。
つーか、漢字でもなんでそんなに難しいのにした?
おれならわかるだろうとでも?
そもそもすらすらと書ける画数じゃねーと思う。
レッドが遠慮がちに、ひとつだけかまって、って言ってきたから答えてやりたいけど、おれの頭に浮かぶのは見たことのない漢字だ。

「…すみません、何て書きました?」

レッドのほうを振り向いて、降参だと言ってみれば、レッドから返ってきたのは。

「薔薇」
「……バラ?」
「薔薇」
「…花の?」
「うん」
「…」

バラ、と言われても一瞬それがなんのことかわからず聞き返してしまう。
花の薔薇ね。なるほど、あんな字すらすら書けねーよ…。
ていうか薔薇…なぜにその字にした?謎すぎる…。
相変わらずのレッドの行動に頷きにくいかんじになるものの、ここで納得しないと前には進めない。

「ひとつだけだからこれでおしまい」

そしてレッドからは、ひとつだけ、と最初に言っていたようにこれで終了だと告げられる。
レッドがくるりと踵を返して部屋を出て行こうとしたから、おれは慌てて口を開く。

「待った、もう一回なにか書いて。
今度は当ててやるから」
「…いいの?」
「任せろって」

たぶんレッドは、ひとつだけって言ったのにいいの?っていうのと、仕事に戻らなくていいの?ってふたつの意味で言ってきたんだろうけど、おれは違う意味で解釈してしまって。
それでもレッドの顔が少し明るくなったから良しとする。
それによくよく考えてみれば書類見るだけで今日のホームワーク終わりだしな。まだ枚数はあるけれども。

「あ、ひらがなな、ひらがな」

さっきの惨敗を思い出して先にそう言って、おれは机のほうを向く。
すると少し何かを考えたっぽいレッドがおれの背中に指を這わせてきた。

「…」
「…ぐ」
「…」
「り」
「…」
「−」
「…」
「ん」
「…」
「…そこは別にカタカナでもよかったんですけど」
「…グリーンがひらがながいいって言った」
「…すみません」

レッドから少しむっとしたようにそう言われ、確かにひらがながいいとは言ったけれども、と口篭ってみる。
それでも、ひらがなということで格段にレベルが落ちているので(薔薇と比べたら雲泥の差だ)、レッドが一文字ずつ書けばそれが理解できる。
今のところ、グリーン、っておれの名前で。

「…」
「す」
「…」
「…」
「…」
「…レッド?」

するとレッドが「す」と書いて指を止めてしまった。
え、グリーンすってなに。酢か?グリーン酢?うわ、自分で言っといてなんだけどそれ怖い。
いや、たぶんまだ続きがあるんだろうし。

「!」

と、そこでひらめいた。
「す」がつく言葉でグリーンっておれの名前がきて続けられるってことはまさか。
好き?「すき」なのか?え、それだったらすげー嬉しいけど。
なんかひとりで勝手に盛り上がってどきどきしながら続きを待っていると、レッドがゆっくりと指を動かしてきて。

「…」
「…け、?」
「…」
「…べ」
「…」
「…」

え、待った。
全然「すき」じゃなかったんですけど。
レッドが書いた言葉を続けてみると、ぐりーんすけべ。
グリーンすけべ。
はい?

「…あ、あの、レッドさん?」

何のことだと恐る恐るレッドのほうを振り向いてみると、にっこりと笑っているレッドと目が合って。
あれ、これって機嫌悪いときの顔じゃねーかよ。

「本棚にえっちな本あったよ」
「?!」

そして笑顔が一気に冷え切ってしまって絶対零度な冷たい眼差しでそう言うと、レッドはちいさく息を吐き出して部屋を出て行ってしまった。









純情すぎる不可侵条約

結局そのあと、機嫌が悪くなったレッドのために仕事そっちのけでかまってあげました。
ちなみにえっちな本っていうのは、こないだジムトレーナーからおすすめですよとか言って半強制的に渡されたものだった。
とりあえず明日、殴る。



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