「ん?」 今日は珍しくジムバトルが早く終わったから、何か言われる前にと思って早く帰っていると、そんなおれの目にさらに珍しいものが飛び込んできた。 それは、自転車を押して歩いているレッドの姿で。 「…なにしてんだ、お前」 「…グリーン」 自転車とかそんなに珍しいわけじゃねーし、何年か前に旅してるときは自転車とかフル活用してたけど最近はそうでもないし。 それに自転車を押して歩いているレッドの表情はこの上なく憂鬱そうだ。 「それどうしたんだよ」 自転車を指差してそう聞いてみれば、レッドはその自転車をちらりと見るとまたおれを見てきた。 この上なく憂鬱そうな表情で。 「…知らないおじさんにもらった」 「…はあ?」 そしてこの上なく憂鬱そうな表情でレッドがぽつりとそう答えてきた。 けど、え、なにその回答。 知らないおじさん?まぁレッドにとって知ってるおじさんってうちのじいちゃんぐらいな気がしなくもない。って、そうじゃなくて。 「なんだよ、知らないおじさんにもらったって」 「だから、シロガネ山から下りたときに知らないおじさんに会っていきなり自転車くれた」 「……ああ、あれな…」 そういや道端とかに、いろいろくれるおじさんいるよな。いるいらない関係なく。 旅してたころを思い出してそう納得すると、レッドが疲れたようにためいきをついている。 「まあ仕方ねーよ。向こうは善意だし」 悪意で自転車くれるおじさんなんていないだろうけど。 断ればよかったんだろうけど、レッドだし。断る前におじさんが去っていったかんじだろうか。 「グリーン」 「ん?」 「これ、あげる」 「…これって自転車を、か?」 ずい、と自転車を差し出されて、まさかと思って聞いてみればレッドがこくんと頷く。 え、いや、まじでいりませんけど。それかあれか、おれに自転車でジムまで通えと?健康的に。 「僕、乗れないから」 だけどレッドからはそんな台詞が返ってきて、思わず眉間にシワを寄せてレッドを見てしまう。 「はい?」 いま何て言った?乗れない?何に?これか?自転車か? 疑問だらけな頭でレッドを見ていると、自転車をその場にとめている。そして完全に自転車から手を離しやがった。 「久しぶりすぎて乗れなかった」 「…いやいやいやいや、レッドさん? 何年か前は乗ってたんだから乗れるだろ」 旅してたときは自転車が主な交通手段だったようなそうでもないような。 それでもレッドから告げられた台詞に否定から入ってみると、レッドがおれをじっと見てきた。なんだよ、その何か言いたそうな目は。 「…だめだったからこうしてグリーンに託してる」 無表情で抑揚なく言うな。 すげー怖いから。 「だめってお前な…」 「じゃあグリーン乗ってみて」 「は?お前な…バカにすんなよ」 いくら何年かは乗ってないとしても、昔は乗れてたんだから乗れるに決まってるだろ。 淡々と告げられたレッドの台詞を挑戦と受け取り、自転車に手をかける。 「…」 大丈夫。大丈夫だ、おれ。おれなら乗れる。って、大げさか? そして地面を蹴って片足をあげ、サドルに座り。 「…っ、ほら見ろ、乗れるだろ?」 多少どきどきしたのは内緒だ。格好悪いから。 それでも自転車に乗り、レッドの周りをぐるりとまわってみせる。 「…グリーン、すごい…!」 「…こんなことで感動しないでくれる?」 なに、目を輝かせてんだお前は。 きらきらした目でおれを見てくるレッドに呆れたようにそう言い返す。 というか、自転車乗れるのそんなにすごいことでもなんでもないからな。初めて自転車乗れたとかならまだしも。 「…仕方ねーな、後ろ乗れよ」 「後ろ?」 「後ろなら乗れるだろ、座るだけだし」 そして後ろの、荷物を乗せる荷台を叩いてそう言ってみる。 前に乗れないとしても後ろに座るだけなら乗れるだろうし。 「いいか?」 「うん」 「ちゃんと掴まっとけよ」 「え?…っ、?!」 なんでこうなったかはわかんねーけど、二人乗りをすることになり、後ろの荷台のとこにレッドが乗ったのを確認するとペダルを漕ぐ。 自転車に乗るのが久しぶりすぎなうえに二人乗りで、最初のひと漕ぎでかなり自転車がフラフラと揺れた。 そんなことを想定なんかしてないであろうレッドが、慌てておれにしがみついてきて、それにもバランスを崩して自転車がふらつく。 「危ねーな!なんでしがみつくんだよ!」 「だって掴まってろって言った」 「これは掴まるレベルじゃねーだろっ」 羽交い締めみたくされてる気がするのはおれだけか? があっと吠えるように後ろのレッドに怒ってやってから、ちいさく息を吐き出してペダルを漕ぐ。 そしてなんとかバランスを取り直して順調に自転車が進み出す。 「…そういやお前、今日どうすんの?」 「え?」 「おれはこのまま家に帰るつもりなんだけど、シロガネ山に帰るか?」 特になにも考えずに家目指してペダルを漕いでいたからレッドにそう聞いてみた。 それにレッドはただ自転車をおれに渡すためにここまで来たのかもしれないし、下りてきたのもシロガネ山のとこのポケセンに用があっただけとかも考えられるし。あ、でもそれじゃあトキワにはいないか。 ともかくおれは仕事も終わったし、別に用事もないし。 だからレッドにそう聞いてみれば、レッドが後ろからおれの服をくいくいっと引っ張った。 「なんだよ?」 「マサラに行く」 「…はあ?!このまま自転車でか? 冗談だろ」 なんで家を通り越してマサラまで行かないといけねーんだよ、しかも自転車で二人乗りで。 つーか、おれが聞いたのはそういうことじゃねーんだけどな。それともマサラの家になんか用があるとか? いや、でもそれだったらこのまま直行じゃなくてもよくね?疲れるのはペダル漕いでるおれなんですけど。ここからどんだけ距離あると思ってやがんだ。 呆れと戸惑いと怒りを含めてそう返してみると、不意にレッドがおれの腰あたりにぎゅっと抱きついてきた。 「ぎゃあ?!」 それに思わずバランスを崩しかける。 「なにすんだよ!」 せめて言ってからにしろ、心の準備っつーもんがいろいろとあるだろ。 フラつきそうになった自転車を軌道修正し、ペダルを漕ぎながら後ろのレッドに怒ってみるものの、レッドはおれの腰あたりに抱きついたまま離れない。 「…マサラがだめならトキワをぐるっと一周でいい」 「はああ?!」 そしてレッドからぽつりと少々拗ねたような声色でそう言われ、それにおれのほうが不機嫌丸出しで答える。 待てまて、その言い方だとマサラに用は何もないよな。 つーか、ぐるっと一周って自転車でってことだよな、もしかしなくても。 なんでおれが。 イライラしながらそう思っていると、おれに抱きついたままのレッドがさらに顔をすり寄せるようにしてきたかと思うと。 「…だって……もうちょっとだけこうしてたい」 また拗ねたようにぽつりとそんなことを言ってきたうえに、おれに抱きついてる腕にぎゅっと力なんか込めたもんだから、おれはまた自転車のバランスを崩しそうになった。 青春ペダル |