「あーん」
「…」

目の前のレッドの顔が無表情なのはいつものこととしても、それに呆れがプラスされていて、言うなれば引かれているという状況だろうか。
そしてそんなレッドに目で合図をすると、レッドはその無表情なままでおれの口にスプーンを突っ込んできた。

「ぐえっ!
殺す気か!」

勢いよく突っ込まれたわけではないものの、喉元の奥までスプーンを突っ込まれておれはレッドから慌ててスプーンを奪った。
するとそんなおれに表情を変えることもなく、

「ううん、殺さないよ」

さらり、とそんなことを言われて殺気が少なからず含まれていたのだと知る。

「止めて、冗談と本気の顔がわかんねー。
…ったく、仕方ないだろ、レッドのせいなんだから」
「…」

そう言って三角巾で吊るされている、包帯が巻かれた右腕を指差してやれば、レッドの表情がぐっと詰まったものになった。
右腕の包帯以外は健康そのものだが、よりによって利き手というのが辛い。
そしてこうなった原因というのは、階段から落ちてきたレッドを受け止めたことによる打撲だ。

「つーか、なんであんなとこから降ってくるんだよ、お前は」
「…」
「おれがいなかったら今頃大怪我だぞ。
まぁおれが代わりに怪我したけど」

どうせ、ぼーっとしてたとかそんなのだろうけど。
これでよく今まで無事に生きてこられたな、と思う。シロガネ山にいんのに。

「というわけで?
優しくお願いします」
「……」

にこ、と笑って言ってやるとレッドはバツの悪そうな顔をして、今日の晩ご飯であるオムライスをスプーンに掬っておれの口へと運んできた。今度は口の手前でストップされたので喉元まで突っ込まれることはなかった(ちなみにオムライスは姉さんがわざわざ来てくれて作ってくれた)

「…左手でも食べれると思う」
「あ?」
「…左手」

するとぼそっとレッドからそう批難する声が聞こえた。
そりゃ左手は無事だけど、利き手じゃないほうでスプーンとか箸持つのって結構難しい。というか無理。
レッドは両利きだからいいとしても。

「さっき無理だったの見ただろ。
はい、次ー」
「…」
「それともレッドはこんなおれを放置してシロガネ山に帰るとでも?」
「…それはない、けど」

おれのように世話焼きでもなんでもないから、こうやって他人の看病というか面倒見るのは慣れてないんだろう。
どうしたらいいのかわからないというオーラが漂いまくってる。
薄情者め、と含みを持たせて言ってみればそれにレッドは首を横に振って否定してきた。
それでも戸惑っているのは確かだ。

「痛みが引けば包帯巻いててもそれなりに大丈夫だろうから、それまでおれの看護な」
「……グリーン」
「なんだよ」

怪我して一日目なのでそれなりに動かしたら痛みもするけど(三角巾で釣ってくれたのは大袈裟な気がしなくもない)、別に骨が折れたとかそういうわけじゃねーし、一週間もすれば治ると思う。たぶん。
まぁレッドに看病というか面倒見てもらうのはせいぜい三日ぐらいだろうと思ってそう言ってやれば、レッドがぽつりとおれの名前を呼んできた。
それにレッドの顔を見てみれば、さっきまでの無表情と困惑した表情はどこへやら。

「…」

目を伏せて申し訳なさそうにしているレッドがそこにいて、なぜかそれにきゅんときた。

「…ごめん」
「…っ、こ、これからは気をつけろよな!」
「…うん」
「…」

さっきとは打って変わってしゅんとしてしまったレッドに動揺しつつ、どもりながらもそう強気の口調で言ってやると、レッドはやっぱりしゅんと反省したようにちいさく頷く。
ちいさい頃から変わらない。自分に非があることに対してはすごく落ち込むということ。でもそれは他人から見るといつもと変わらない様子だそうで、レッドのそういう仕草に気付けるのは自分だけなんだと優越感に浸ったことがある。

(…けどまぁ幼なじみだしな)

昔からよく見てたから些細な変化もわかる。
そしてそれがただの幼なじみという枠じゃなく、恋愛対象という目で見ていたということも。
だからこそ、気付けていたのかもしれない。

「あ、包帯の替え貰ってきたんだけどさ、レッドは包帯巻け…ないか」

晩ご飯も終了して、風呂はどうしようかと考えながら、替えの包帯をテーブルのうえに置いてレッドを見てみる。
うん、こいつに包帯巻かせたらおれミイラみたくなるかもしれねー。いや、あれはあれで上手いような気もするけど。

「…大丈夫」
「えっ、いいって、ぐるぐる巻きにされそうだし」
「……できる」
「マジで?包帯巻いたことあんの?」
「……ないけど」

すると何かを決心したかのような強い眼差しのレッドと目が合うものの、多少目が泳いでるあたり疑わしい。
こいつ器用そうに見えて、すっげー不器用だもんな。
そして最終的には包帯を巻いたことがないと白状としたレッドにちいさくため息をつくと、左手でレッドの頭をぽんぽんと叩くように撫でてやった。

「気にすんなって。
どうにかすりゃ左手でも巻けるだろうし」

こういうとき利き手を怪我したのって痛いと思う。
これで利き手じゃないほうだったら、ご飯食べるのも大丈夫だし包帯の替えも大丈夫だったろうに。
まぁ怪我してしまったから仕方ねーけど。

「…あ、明日…ナナミさんに聞いとく」
「へ?
いいって、別に。
慣れればどうにかなるって」
「で、でも…っ」
「…」

拳をぎゅっと握ってぽつりとそう呟くレッドがきゅっと唇を噛んでるのを見て、こいつはこいつなりに努力しようと思ってるんだと知る。自分が悪いと思っているから余計に。
そう言えば飯食べたあとも今も、いつも以上に目が合うし、何か出来ることはないかと気を遣ってくれてるんだろうか。
あのレッドが。

「…わかった、包帯の件は姉さんにでも聞いててくれよ。
レッドがしてくれるならおれも助かるし」
「…うんっ」

なので、その意気を汲み取ってそう言ってやれば、レッドの表情がぱああっと明るいものになった。

(うわっ、かわいい!!)

それに思わず、きゅんとくる。
抱きしめたい衝動に駆られるものの、三角巾で釣らされた右腕がそれを阻んで一瞬で我に返った。

(こんなレッド滅多に拝めないっつーのに!)

滅多というか、おれが犠牲にならないと拝めないだろうけど。
ぐぐぐ、とそれに耐えていると、多少おれへの償いというか面倒をみる手段が出来たことに安堵しているレッドが(といっても包帯替えるだけだけど)、それでもまだ不安そうにおれを見てくる。

「…ほ、他は?」
「は?」
「僕が悪いんだし、僕に出来ることだったら、なんでもするから…」

つまりは包帯替える以外に何かないか、ということだろう。
そう言われても利き手が使えなくて不便なことは食事と、ジムの仕事はどうにかなるような、それはレッドには任せられないような。つーか、ジムバトルどうすっかな。レッドに代理とかさせるわけにはいかねーし(おれ、クビになりそう)

「今んとこ大丈夫」
「…っ」
「ほんとだって。
あ、ひとつあるか」
「なに?」

今はないとレッドに伝えると、ぎこちない瞳で見つめられてそれに苦笑してしまう。

(まじでかわいい)

なので、そう提案してみるとレッドがすかさず聞き返してきた。
それにもう一度苦笑すると、レッドの頭を左手でやんわりと撫でると。

「ぎゅっておれに抱きついて」
「!」

にこ、と笑って要求を述べてみれば、驚いたように見開かれたレッドの目がぱちぱちと瞬きをしたかと思うと、次の瞬間には耳まで赤くなっていた。










恋するナイチンゲール


他にはどんなこと言ってやろうか、と不謹慎ながらにも嬉々として思ったのはレッドには内緒だ。



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