手を繋ぐ。 抱きしめる。 頬をすり寄せる。 キスをする。 こういう関係を、普通はなんて言うんだろう。 「レッド、朝だぞ」 「……」 「ったく、相変わらず寝起き悪りぃな」 ひとのベッドのなかでもぞもぞと布団を手繰り寄せているレッドからその布団を剥ぎ取ると、まだ閉じられた目のままなレッドを見つめて呟く。 呼び起こされそうになったままで意識はまだ夢の中なのか、レッドは規則正しい呼吸音をちいさく繰り返している。 「こら、起きろって」 「……」 ゆさゆさと体を揺さぶってみても反応は薄く、それなら、と思ってレッドの耳元に唇を寄せた。 「…起きろー!!」 「……んー…」 最終的にこういう起こし方になるのは仕方ないと思う。優しくしてやっても効果がないのだから。 そして耳元で大声を出されたレッドはというと、眉間にきゅっとシワを寄せると、ゆっくりとその目を開いた。 「…」 ガーネットのような深い赤い色の瞳と目が合う。 「おれ、今日はじいちゃんの学会の手伝いに行ってくるって言ったよな。 留守番頼んだからな」 「……うん…?」 「…覚えてねーな、その顔は」 返事も疑問系だしな。 それにイラッとしつつも(昨夜あんだけ言ったのに)、留守番を頼むってことをちゃんと言っておかないと飯とかめんどくさいから食べなかったりするし連絡とか戸締りもなしにどっか行くだろうし。 (…なんかちいさい子どもよりタチ悪りぃな) まだちいさい子どものが留守番も出来るだろうし。 まぁ、こいつにそういうスキル求めてもダメなのかもしれねーけど。いや、これ常識か? そんなことを思いつつ、やっと覚醒したっぽいレッドがまだ横になったままおれをじっと見ている。 「だから、今日はじいちゃんの学会の手伝いに行ってくるから」 「…」 「レッド?聞いてっか? つーか、起きてる、よな?」 じーっとおれを見て固まったようになっているレッドにそう言ってみると、レッドはベッドから起き上がると、再びおれを見てきた。 「な、なんだよ?」 まさか留守番っていうか、置いていかれるのが嫌とか? いやいや、こいつに限ってそんなことはないだろう。 「!」 するとレッドからきゅ、と服を掴まれて前言撤回しなきゃいけねーか?!とちょっと嬉しくなっていると。 「…馬子にも衣装」 「は?」 ぼそっとレッドからそう言われて、改めていまの自分の格好を見てみる。 じいちゃんの学会の手伝いだからいつもみたくな私服じゃなく、一張羅なスーツなんざ着ているとこだけど。 (え?馬子にも衣装って……似合ってねぇってことかー?!) 「し、仕方ねーだろ、ちゃんとした場なんだから!」 こういうの着るの滅多にないし、そりゃ似合ってないのかもしれないけど、目の前でさくっとそう言われるとさすがにちょっとへこむ。 姉ちゃんは「男前が上がったわねー」とか言ってくれたけど、それは所詮身内の盛り上がりだしな。 なのでレッドに言い訳のようにそう言ってみれば(てか、言い訳じゃねー)、 「…なんか、グリーンじゃないみたい」 「…」 (それはいい意味でか?それとも悪い意味でか? つーか、馬子にも衣装発言のあとでのそれは悪いほうだよな…) どう受け止めていいのかわからない言葉をレッドが発してきて、それにもう一度軽くへこんでみる。 「格好のことはもういいっつーの! だからだな、今日はおれいないから飯は…」 「グリーン」 「冷蔵庫…って、なんだよ?」 とりあえずは今日おれがいないことと、今日一日の飯をどうするか、出掛けるときは戸締りして出来ることなら連絡をすることを伝えようとすると、レッドがそれを遮るようにおれの名前を呼んできた。 それにレッドを見てみると、ベッドから立ち上がったレッドの手がおれのほうに伸びてきたかと思うと。 「ネクタイ、曲がってる」 「…」 そう言って、きゅ、とネクタイを締め直された。 そしてネクタイがきれいになると、レッドはそれに満足したのか、にこ、と笑っておれを見てくる。 「よし、これで大丈夫」 「…」 ぽんぽんとおれの肩を叩いてくるレッドにやっと我に返ると、顔が一気に赤くなっていくのがわかる。 するとそんなおれを見てレッドが不思議そうに首を傾げた。 「? …顔赤いけど、どうしたの?」 熱?とちいさく付け加えて言うと、レッドの手が今度はおれの額へと伸びてきてそれに体がびくっと震えた。 そしてそれはレッドにも感染したようで、そんなおれにびっくりしてレッドも体がびくっと震えている。 「な、なに?」 「……それはこっちの台詞だっつーの」 「え?」 おれの額に伸ばしてきているレッドの腕を掴んで引き寄せると、その体をぎゅうっと抱きしめた。 「…グリーン?」 「おまえさ、それ天然すぎねぇ?」 「? …何の話?」 ネクタイを締め直してくれるとか。 しかもにこっと笑うとか機嫌いいし。 熱でもあるのかと額に手を当ててきたりとか。 (いや、おれが勝手にそう思い込んでるだけとは思うんだけどさ) 手を繋ぐ。 抱きしめる。 頬をすり寄せる。 キスをする。 この項目全部をレッドは嫌がらない。 たったひとつの言葉が言うに言えなくてここまできたけど、それはレッドも同じなんだと思う。 手を繋ぐ。 抱きしめる。 頬をすり寄せる。 キスをする。 (こんなこと、好きじゃねーと出来るわけねーだろ。 特にキスとか) 「…グリーン」 「もうちょっとこのまま」 「…グリーン」 「あとちょっとだって」 「…ポケギア鳴ってる」 「…わああああ!やべぇ、もう時間じゃねーか!」 愛しさを込めてぎゅっと抱きしめてみるものの、ポケギアからの呼び出しでそれはあっさりと終了になってしまう。 つーか、集合時間まであと5分もないし。集合場所はマサラだっつーのに。 それに一気に現実に戻されたような気がして、おれは慌ててレッドから離れると荷物を持って部屋を出ようとした。 でも。 「…いってらっしゃい」 そう呟いてくれたレッドの声色がなんだか寂しそうな気がして。 「やっぱりあとちょっとだけ!」 「…は?」 荷物をどさどさっとその場に置くと、もう一度強く抱きしめた。 手を繋ぐ。 抱きしめる。 頬をすり寄せる。 キスをする。 こういう関係を普通は、恋人同士って言うんだろう。 恋愛以上恋愛未満 学会の手伝いから帰ってきたら、今日こそ言おう。 「好きだ」って。 そして、 手を繋いで、 抱きしめて、 頬をすり寄せて、 キスをして。 もう一度あまい言葉を囁こう。 |