「はあ?声が出なくなった?」

久しぶりにシロガネ山にレッドに会いに行ってみれば、そういう内容のものが書かれた紙をレッドが見せてきた。

「いやいや、んなわけねーだろ。
あれだろ、声枯れてるとか」
「―――っ!!」
「…すみませんでした」

冗談言うやつではないけど俄かに信じられないのでそう言ってみると、レッドが大きな口を開けておれに何か言ってきたものの、それはまったく聞こえない。ちゃんと唇は動いてるし、口がぱくぱく言ってるから何かを言ってのは確かのようだ。
なので、何かを叫んでおれをキッと睨んできたレッドにそう謝ってみる。

「つーか、また変な木の実食ったんじゃねーだろうな」

前に得体の知れない木の実を食べて、笑い上戸のようにずっとにこにこしていてある意味怖かった記憶がある。
だからそれを思い出して聞いてみると、レッドは首を横に振った。

「じゃあ、なんだよ?」

そしておれの問いかけに、「さあ?」とでも言うかのように首を傾げてくる。
ここで思った。こいつは元々お喋りなほうじゃないし、少しだけ喋られなくても支障なんてないんじゃないんだろうか。まぁどれぐらいこの状態なのかはわかんねーけど。
それに喜怒哀楽も乏しいレッドだが、幼なじみなおかげなのかおれはレッドの些細な表情の変化とかわかるし。
別に声が出なくても、おれには支障がないような気がする。

「よーく思い出してみろよ、なんか変なことしてねーか。
それかあと変なもん食ってねーか」

それでもずっとこのままなのは良くないだろうと思って、原因究明のためにレッドにそう提案してみると、むっとしたような表情のレッドが紙にさらさらと何かを書いておれに見せてきた。

「えーと、『グリーンのバカ』。
…って、なんでこの流れでその文句が出てくるんだよ?!」

おれ、怒られるようなこと言ったか?
ああ、変なことに変なもんって言ったのが悪かったとか?
だけどそれは前科ありだろーが!
そうイライラしながら思っていると、またレッドが紙に何かを書いて見せてくる。

「…『言いたくなっただけ』…。
てめぇ、ひとが心配してやってんのに…!
っ、『うるさい』だとぉ?!」

紙に字を書くのがすげー早くないか、レッド。
普段よりも軽快なツッコミように多少驚いてみる。

「…っとに…」

だけどこれじゃあ不便だということを思い知る。
だってレッドが言いたいことはおれが字が書かれた紙を見ないと意味がない。
おれが無視してしまえば、レッドの言葉は字にはならずに消えていってしまう。
そう、おれが見ていないと。

「あ、そうだ。
アメ持ってたからやるよ」

声枯れで声が出ないってわけじゃなさそうだけど、それでも一応と思ってポケットをごそごそと探ると、道端で会ったマダムにもらった高級そうなアメを取り出すとそれをレッドへと渡してやった。
するとレッドが手のひらのうえのアメを見つめてきょとんとしている。

「?
どした?」

別にアメとか珍しいもんでもないのに。
そう思って声をかけてみれば、レッドがアメから視線を移しておれを見ると何かを言った。
少し微笑んで、確かになにかを。

「…っ」

それでもそれは何も聞こえなくて。
きっと咄嗟の行動だったんだろう。自分が声が出ないというのを忘れて。

「!」

するとレッドはそれに今更ながらに自分の声が出ないということを再確認したのか、それに愕然とした表情になると、唇をきゅっと噛んで手のひらのうえのアメを握りしめると俯いてしまった。

「…レッド…」

普段そんなに喋るほうじゃないし、表情見ればなんて言いたいかわかるとしても。
別に声が出なくても支障がないとか、そんなの前言撤回だ。

(困る。
レッドの声が聞けないのは、困る)

俯いてしまったレッドに手を伸ばして頭を撫でてやると、レッドがさも迷惑そうな表情でその手を払いのけてきた。
それでもわかる。迷惑そうにしてても、本当はそうされたいと望んでいることが。
だけど声が聞きたい。

「なぁ、レッド。
おれの名前呼んでみろよ」
「?」
「おれの名前」

レッドの頬を撫でるように擦ってやりながらそう告げてみる。
すると案の定というように、レッドはそれにむっとしたように首を横に振ってきた。
声が出ないんだから呼べるわけがない、と。

「大丈夫だから。
おれの名前呼んで」
「…」

にこ、とそれに笑ってやるとレッドは視線をぐるぐると泳がせると、はあとちいさくため息をついて決心したかのように口を開いた。

「    」

それでも声は出てくることはなく、レッドはやっぱりという顔をして唇をきゅっと噛む。

「レッド、もう一回呼んで」
「?」
「レッドが呼んだら、おれ、返事するから」
「!」

そう言ってやると頬を擦っていた片手を頭へと移動させると、さっきと同じように頭を優しく撫でる。
それにレッドの目が、驚いたのか何なのか見開かれたように大きくなった。
そして大きな目はふにゃりと歪むと潤いを纏う。

「    」
「ん?」
「    」
「おう」
「    …」
「なに」
「…っ    」
「レッド」
「っ…    ン」
「聞こえてるよ」
「…っグ  ーンっ」

ぽろぽろと流れ落ちる涙のように、レッドの唇から色がぽろぽろと零れてきた。
最初はちいさく。
そしてだんだんとおおきく。

「もっかい、呼んで」

滲んでいくレッドの目を見つめて、微笑みながらそう言ってやると、レッドの目からぽろりと涙が零れた。

「…ーーー……ッ……グリーン…っ」

ひゅう、と息を吸った音がしておれの名前が呼ばれる。

「なー?
ちゃんと呼べただろ?」

色がついた言葉がおれの耳へと届くと、レッドがぎゅっとおれに抱きついてきた。
それに少し驚きながらも(レッドから抱きついてくるとか明日は吹雪きかもしれない)、その背中をさすってやると、

「………っ、グリーン…っ、グリーンっ」

レッドの色がぱちん、と弾けた。











まほうをといてください、おうじさま



結局理由はわからなかったものの、その後レッドは無事に声が出るようになった。

「グリーン」
「なんだよ」
「グリーン、グリーングリーン」
「…あれをとれと?」
「グリーン」
「…」

ただし他の言葉は出てこず、おれの名前しか声が出なくて。
グリーン、だけで会話されるはめになってそれはめんどうで。
レッドがちゃんと声が出るようになったのはそれから1週間も後のことだった。



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