どうしてこんなことになったんだろうか。 そう思いながらベッドで寝ているレッドを見つめる。 レッドの顔には絆創膏やら湿布やらが貼られ、右目には包帯が巻かれている。その目はもう少し遅ければ失明していたらしい。 そして布団で見えない腕や足にも包帯が巻かれている。 「…」 こういう状況のレッドを見るのはこれで三度目だ。それでもここまでひどいのは初めてで、連れて帰ってこれたのも初めてだ。 どんなに説得してもレッドはシロガネ山から下りようとはしなかった。 挑戦者が来るから、とまるでそれが言い訳のようにして呟いて。 「……無理やりにでも連れて帰るべきだったんだよな」 シロガネ山にいるレッドに会いに行くたびに生傷は増え、そして表情からは色が消えていっていた。 会いに行けばいくほどレッドは傷だらけになって、もともと無表情で言葉数が少ないその表現力は失われていって、最後の最後にはまるで人形のようだった。 それも粗雑に扱えばすぐ壊れてしまいそうな、ガラス細工の人形のような。 (一体なにがお前をこんな風にしたんだ) 医者は言った。 不可解だが、心の傷が体に現れているんだろう、と。 (レッドが弱音を吐いたことなんか一度もないし、弱いとこなんて見たこともない) (……幼なじみなのに、な) それにおれは目眩がしそうだった。 一度目は、腕が擦り傷だらけだった。 どんなに問い詰めても原因を教えてくれることはなく、絆創膏だらけの腕はまるでちいさい子どもが転んだりして怪我をしたようだった。 そのときは挑戦者のなかに強いやつがいたらしく、結果的にはバトルはレッドが勝ったものの、レベルを上げてくれば十分自分を負かせる相手だとレッドは嬉しそうに言っていた。 それでもバトルでレッドがこんなに傷だらけになる意味がわからない。だから止めた。 「もういいだろ」 呆れ気味に言ってやったその言葉を、レッドは首を横に振って拒否をした。 「…まだ負けてないし、答えも出てないから、だめ」 「だけどその怪我は…!」 「…問題ない」 そのときのレッドは確かに、微かだけれども微笑むことが出来ていたんだ。 そして二度目のときは。 前回よりも少ないものの、腕には包帯が巻かれ、ちいさい絆創膏もいくつか貼られていた。そしてそのキレイな頬には湿布。 バトルをするのはレッドじゃない。それなのになぜレッドが大怪我をしているのか。 (レッドとバトルをしたこともあるし、他人とのバトルを見たこともある。 だけどそのときは怪我をするようなことなんて一度もなかったのに) 一体ここで何が起きているんだろうか。 「もう十分だろ! こんなに怪我だらけでどうすんだよ!」 「……問題ない」 「ないわけねーだろ!」 梃子でも動こうとしないレッドを強制的に帰らせようとしてみても、レッドからは冷めた声と目がおれに返ってくるだけだ。 傷だらけの腕を掴むわけにもいかず、また一方的な説得しかおれには出来ない。 「そんなになってまで頂点でいたいのかよ?!」 「………なんだ…」 「は?」 そのときのレッドの目に涙が浮かんでいたように見えたのは、おれの錯覚だったのか、それとも。 「……もう少しで、答えが出そうなんだ…」 「…レッド…」 どうしてお前は、自分を傷つけてまでその『答え』を探そうとする? そしてその『答え』は一体何に対しての『答え』なんだ? 「……だから、帰らない」 そう聞こうとしても、儚く微笑むレッドにおれはそれ以上なにも言えなかった。 寝ているその頬に貼られた大きなガーゼを避けて肌に触れてみても、その肌は驚くほど冷たい。 これで生きているのだから人体は不思議だ。 (……ある意味倒れてくれてよかった。 そうじゃねーと、連れて帰れなかった) 冷たい頬に触れながらそう思う。 今回のように倒れなければ、こうやって下りてくることも治療を受けることもなかっただろう。 でも目を覚ませばすぐにシロガネ山に戻ると言い出すのかもしれない。そのときは監禁まがいでも閉じ込めておくけれど。 (………勝つことに何の意味があるんだよ) チャンピオンになって殿堂入りして、あのときはバトルをしていても楽しそうだった。 それなのにいまは。 (…負かしてほしいと思っているくせに、負けたくないとか) (矛盾している) 上りつめるところまで行ってしまった自分を引き摺り下ろしてくれる人間を待っているとレッドは言っていた。 それでも負けることは許されないとでも言うかのようなバトルをレッドはする。 (自分を追いつめて追いつめて、どこに行こうとしているんだ) 負けることを望んでいるはずなのに、負けることは許されない、と。 きっとレッドが一番わかっているだろう。こんな矛盾した心なんて。 (こんなに傷だらけになってまで、お前が守ろうとしているのは何なんだ?) (頂点の座か?) (プライドか?) (それとも、) 「……もういいだろ、帰ってこいよ」 疲れて死んだように眠るレッドの冷たい頬に触りながらそう呟く。 答えが返ってくることがないとはわかっていながらも。 「…それ以上お前が傷つくのなんて見たくねーよ…」 心の傷が体に現れる。 そんな不可解な現象。有り得るわけがない。 それでもそれが事実だとするのなら。 「そこまでしてお前が見つけようとしている『答え』って何なんだよ…」 失明しそうになるほどまでに心に傷を負って。 渇望と絶望。 お前が頂点の座から見た世界は、一体どんなものだったんだろうか。 右目に映る世界に問う |