それは、いつもどおりに幼なじみのグリーン家に泊めてもらった日のことで。
お風呂からあがって、そしてソファーに座ってテレビを見ていたら。

「…なぁ、レッド」

隣で同じようにテレビ、何かの映画、を見ているグリーンがそう口を開いた。
僕はそれに何か返事をするわけでもなく、テレビ画面を見つめる。
これ何の映画なんだろう。テレビつけたらやってたから見てるだけなんだけど、気持ち悪い敵が出てきて、男の人がバトルで倒している。
うわぁ、敵が分裂した…。

「キスしてみたいんだけど」

そして隣のグリーンからそう言われ、テレビ画面に食い入って見ていた僕の頭にはその台詞はうまく入ってこなかった。敵が分裂した話題で僕の脳内はいっぱいだ。

「…」
「…」
「……は?」

だけど何かものすごいことを言われたと思って、隣のグリーンを怪訝に見る。
するとグリーンは真剣な顔でテレビを見ていて。

「?」

あれ?さっき何か言われたような…空耳かな…?
とか思っていると、

「?!」

がばっとグリーンがすごい勢いで僕のほうを見てきた。
それに少しだけ驚く。見ていた映画が映画なだけに。

「…っ、だから、キスしてみたいっつったんだよ」

するとグリーンが少し口をまごまごとさせてから、ぶっきらぼうな口調でそう言ってきた。
ああ、やっぱり空耳じゃなかったんだ。
キスしてみたい、って。

「……え?」

今度はちゃんと上手く頭に入ってきた台詞に僕は混乱し始める。
待って。キスしてみたいって、キスってあのキス?
キスってあの、恋人同士がするようなあれ、だよね…?
なんで同じ男で幼なじみの僕にそんなこと言ってくるんだろう。
グリーンはそういうのには困ってなさそうだし……冗談、だよね?

「…なに?」

そしてぐるぐる考えた結果、脳が理解しがたらないようで、回答を拒否る。
でも確かにそうだ。意味がわからない。

「…お前な…。
いや、おれだってレッドとキスしたいってわけじゃねーんだぞ?」
「…」

じゃあ、なんで言ってきたんだろう、このひと。
思いっきり引いてグリーンを見る。

「なんつーか、なんやかんやでレッドの面倒見たり、一緒にいること優先するからさ、コトネとかジムトレーナーたちまでが、それはもう友情じゃなくて愛情ですよ、とか言い出しやがってさ」
「…」
「仮にもしそうでも100パーセント保護者ポジだ、って言ってやったら、キスでもしてみればいいじゃないですかって」
「…」
「それで何にも思わなかったら保護者ポジで、ときめいたりしたらアウトですからねって」
「…」

ぺらぺらとグリーンが呆れたように事情なるものを話してくれるけど、要は討論というか論争に巻き込まれただけ、だよね、僕が。それもあまりよろしくないかんじの。
よくわからないけど、なんでそういう話になったんだろう。

「そんなのするまでもないだろ?だからしないし、ねーよって言ったら恋って気付くのが怖いんですかとか言われてさ」
「…」
「そこまで言うならやってやろうじゃねーか、ってことで」
「…」

ことで?
そして話し終えたグリーンは、やれやれという風に肩を竦めている。
…どっちかというと僕がそうしたい気分なんだけど。
売り言葉に買い言葉じゃないけど、どうしてそっちで負けず嫌いなんだろう。
絶対にないから、で終わればいいじゃない。なんでする方向にもっていったわけ…?
僕はグリーンに呆れに呆れてしまって言葉が出てこない。ため息も出てこないほどだ。

「つーか、正直な話、愛とか恋とかそういうのは絶対にないけど、レッドとはキスできそうな気がするんだよな、なんでだろう」
「…」

最後のその言葉、そのままそっくり返したい。
呆れすぎて、引きすぎて、それが一周してなんだかどうでもよくなってきた。
いや、それじゃだめなんだけど。

「ま、というわけで、」
「!」

ごほん、と改めてグリーンがそう話を切り出してきてそれに体がびくっと震える。
おそるおそるグリーンを見てみると、グリーンはものすごく真剣な顔をしている。
これがためらってる顔とか気まずそうな顔だったら何か言えたかもしれないけど、よりによって真剣な顔ってないと思う。
だからそのせいで、拒否の言葉を紡ごうとした口を僕はきゅっと引き結んでしまった。

「…っ」

どうしよう。ものすごくこの場から逃げたい。
テレポートが使えるのはケーシィだったっけ?捕まえに行きたい。
というか、なんで僕の意見というか意思はまるで無視なんだろう。
グリーンはグリーンであって、僕の保護者でも恋人でもなんでもないのに。
幼なじみで友だちでライバル。
それでいいじゃないか。

「!!」

頭のなかの文字数がオーバーしてしまって、それの対処に追われている僕はそれを声に出すということを忘れてしまっていて。
だから何も言わない僕を、否定ではなく肯定としてグリーンは受け取ったようだ。
グリーンの手が僕の首から滑るように後頭部へとまわされ、それに体がまたびくっとなる。
なにその触り方。なんかくすぐったい。というか、ほんとにするの?しないよね?

「…っ」

真剣な顔で僕を見つめてくるグリーンを、複雑な表情で見つめ返す。
というか、僕の口、頑張って動け。嫌だって言わないと。頭ごちゃごちゃでテンパってる場合じゃない。
グリーンはキスのひとつやふたつし慣れてるだろうからどうでもいいかもしれないけど、僕はこれがファーストキスって結果に終わる可能性もあるのに。

「…っ…や、」
「レッド」
「〜〜〜っ?!」

そして耳朶を指でなぞられ、グリーンから静かにそう名前を呼ばれ、居たたまれなくなって、でも体は金縛りにあったように動かない。
しかも拒否の言葉は飲み込んでしまった。
顔ごと逸らせばよかったのに、テンパっていた僕は視線だけを逸らして視線はテレビのほうへと向く。
するとテレビの映画は話が佳境に入っていったようで、気持ち悪い敵が数え切れないぐらいに増えていて男の人を囲んでいる。
映画もピンチだろうけど、僕のがそうだと思う。とかどこかで冷静に思ってる余裕はどこからくるんだろう。ないはずなのに。

「っ、グリーン…ッ」

する、と頬を指で撫でられそれに体をびくびくっと震わせて視線を元に戻す。
と、目の前にグリーンがいて。

「…〜〜〜っ?!」

最終的に僕は、テレポート、ではなく、かみつく、で攻撃をした。












ろくでもない愛情論


次の日、トキワシティは頬に大きな絆創膏を貼ってジムバトルをするグリーンのことで持ちきりだった。



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