「よーし、じゃあ電気消すぞー」
「はーい」

そう言ってリビングの電気を消そうとすれば、床で雑魚寝状態のヒビキとコトネがそう返事をして布団に潜っていった。
それを見てからおれは電気を消すと自室へと引き上げる。
今日はなぜか客が多い。ヒビキやコトネもそうだが、もうひとり。

「お待たせ、レッド」

おれの部屋で雑誌を見ていたレッドに、まさにお待たせというように手を広げてそう言うと、レッドはおれの顔をちらっと見ただけでまた視線を雑誌へと戻した。張り切って広げた手がものすごく虚しい。
今日はレッドが食糧調達で下りてきてるからジムは休み、とヒビキにうっかり言ったのが最後でコトネまでついてきてレッドに会いたいと言ってきた。そしてなんやかんやで遅くなってしまい、子どもを夜遅くに帰らせることなんか出来ず、おれの家に泊めたわけなんだが(まぁおれも子どもですけど)

「…」
「…レッド」
「…」
「レーッド」
「…」
「…」

せっかくの2人っきりな時間を邪魔されて多少はへこんでいたものの、年上なんだしジムリーダーなんだし、と自分に言い聞かせて今に至る。
だが、目の前のレッドはというと多少不機嫌らしい。他のやつがレッドを見ても、普通に雑誌読んでるだけで機嫌が悪いもどうもないだろ、というぐらいにしか見えないだろうが、伊達に幼なじみで長年付き合ってるわけじゃない。無表情が多いレッドからでも喜怒哀楽がわかる。

「…なに怒ってんだよ」
「…」
「仕方ねーだろ、ヒビキとコトネをこの真っ暗な中帰らせるわけにはいかねーんだから」
「…それは別にいい」
「じゃあなんだよ」

もしかして2人っきりになれなかったことで機嫌が悪いのか、と思いきやそれはすぐさま否定され、雑誌をぱたんを閉じたレッドがおれを見てきた。

「床で寝るのがやだ」
「……子どもか!
仕方ねーだろ、今日はヒビキたちも泊まってんだし」
「グリーンが床ならいい」
「ヒビキたちがいるけど気にしないで一緒にベッドで寝るっていう発想はねーのか…?」

ぽつりとレッドから呟かれた台詞に呆れてため息まじりに言ってみるものの、頑なに首を横に振って拒否をするレッドにお手上げ状態になる。こいつ結構頑固なんだよな…。
そして床に敷かれた布団(コトネが敷いてくれた)とベッドを交互に見ると、はぁと大きなため息をまたついてみた。

「わかったよ、それならおれが床で寝るからレッドはベッドな」

深夜にぐだぐだケンカなんかしたくないから(ヒビキたちは寝てるだろうし)、あっさりとおれが折れてみれば、レッドがもう一度首を横に振ってきた。

「もー、何なんだよ。おれが床ならいいって言ったじゃねーか」
「…やっぱりやだ」
「はあ?つーか、もう0時回ってんだから寝るぞ。
ほら、レッドはベッド。おれは床。はい、これでよし」

何が嫌なのかは言わずにただ拒否だけするレッドに痺れを切らすと、おれは床に敷いている布団に潜ると、レッドにベッドを指差すと有無を言わさずに電気を消した。

(ヒビキとコトネがいるんだから明日、つーか今日だけど、朝早く起きねーといけねーんだから早く寝かせろっつーの)

一応、朝ごはんなるものでも作ってやろうとか思ってるから余計にいつもより早起きしないといけない。8時ぐらいにあいつら起こせばいいよな。いや、でもそれよりも前に起きてくる可能性もあるし………おれ、何時に起きればいいんだ…?
最近のお子さまが朝何時に起きるとかいまいちピンとこないため、それを布団のなかでうんうん唸りながら考えていると、どさっという音がした。

「へ?」

それに驚いて音がしたほうを見てみるものの、あいにく部屋は真っ暗で暗闇に目が慣れるのを待つしかない。と思っていると、ごそごそという音が聞こえてきて。

「……なにしてんだ、お前は…」
「…」

おれが寝ている布団のなかにレッドが潜り込んできて、ひとの枕を奪うかのように頭を乗せると、至近距離からおれをじっと見てきた。だいぶ暗闇に目が慣れてきたから、レッドがバツが悪そうな顔をしているのがわかる。

「床は嫌だって言ったじゃねーか。
ひとがせっかくベッド譲ってやったのになんでこっち来てんだ。つーか、一緒に寝る気か?」

そう言ってレッドの額をつん、と指で押してやると、レッドはゆっくりと瞬きをした。それはもうスローモーションのように。

「…やっぱりグリーンと一緒がいい」

そしてぼそっと呟くように言われた台詞に、おれの思考回路が一旦停止する。

(ん?今なんて?やっぱりグリーンと一緒がいい?え?一緒がいい?)

「…っ、レッドー!痛でっ!」
「うるさい。
ヒビキとコトネが起きる」
「す、すみませんでした」

脳内で一周させてから言葉をきちんと飲み込んでその歓喜に叫んでレッドに抱きつこうとしたら、容赦ないほどに脛を蹴られた。弁慶の泣き所とかいうほどあってか、かなり痛い。というかレッドも渾身の一撃みたくして蹴ってこなくてもいいじゃねーか。
そして蹴られてヒリヒリする脛の痛みに耐えて謝ってみると、レッドは目を閉じた。どうやらもう寝るらしい。
なんだかんだでこいつも布団で寝るの久しぶりだろうし、人肌恋しいんだろうなと思って寝ているレッドの腰に手を置いてみれば、閉じられたはずの目がぱちっと音がするように開かれた。

「び、びびった…」
「…言っておくけど、変なことしたら殴るから」
「しねーよ。
つーか、変なことって?」

どうやら身の危険を感じて、釘を刺すために目を開けたらしい。

(おれはそこまで信用されてねーのか)

と思うものの、一緒に寝て何もなかったことのほうが遥かに少ないし、前回も「疲れてるからしない」と宣言してきたレッドを一旦は見送ったものの、眠たそうにしている顔がなんだかえろく思えて強引なまでにヤったし。
そして、変なこと、と抽象的な言葉を使ってきたレッドに内容を問いただしてみれば、レッドはいつもの無表情で口を開いた。

「こういうこと」
「へ?」

そういう回答がくるとは思っていなかったおれが呆気にとられていると、レッドの腕がおれのほうへと伸びてきた。かと思うと、ちゅ、という音がするようなキスをおれの頬にしてくると伸ばした腕でおれに抱きついてきた。
それにおれの思考回路がもう一回一旦停止する。

「…したらだめだから。
ヒビキとコトネがいるの忘れたらだめだよ」
「…お、おう…」
「おやすみ」
「お、おやすみ…」

さらに釘を刺すようにそう言ってくると、レッドはおれに抱きついたまま目を閉じてしまった。
そしてすぐさま、ちいさな寝息が聞こえてきてそれでおれは我に返った。

(え?ちょ、なにこの生殺し状態…)

確かにヒビキとコトネがいるからえっちなことは出来ねーけど、だからって催促がましいことしてくる必要はなかったんじゃないだろうか。言っておくが、最初はマジでそういうこと思ってなかったんだからな。レッドが頬にキスとか抱きついてきたから、おれのなかでふつふつとそれが沸いてきただけで。

(…だけどだめなんだよな…。
つーか、隣りの部屋に後輩というかお子さまがいるのにそんなことしたらだめだろ、おれ。
我慢だ、我慢。大丈夫、おれなら出来る。なんてったって頼れる先輩だし、カントー最強のジムリーダーだし)

ぶつぶつと呪文のように自分に言い聞かせると、いっそ無になろうと悟りの境地へと足を伸ばしてみることにした。
しかし。

「……ん…」

おれに抱きついて眠るレッドが、どうしてもそこへは辿り着けないように試練を与えてくるのだった。

(ね、眠れねぇ…!!)









夢喰いバクは本日定休日


翌朝。

「うっわー、レッドさんとグリーンさん、ちょーかわいい!」
「ちょっ…コトネちゃん、まずいって!」

結局朝方まで眠れずに寝坊してしまったおれと、疲れていたのか安眠したのかぐっすり寝ていたレッドの寝ているところ(しかもレッドがおれに抱きついたまま)を、コトネがこっそり激写しようとしていたのをヒビキが必死で食い止めていたらしい。



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