「…あの〜、レッドさん?」
「動かない」
「……はい」

いまおれは、レッドに膝枕なんざしてもらっている。いや、そこまではいい。
だけどおれを見下ろしているレッドの手に握られているのは、耳垢を取る小さなしゃくし形の用具、つまりは耳掻きを持っていて。
膝枕してもらったうえに耳掻きとか最高じゃねーか、とか最初は思っていたものの、いざ耳掻き開始となるとレッドから漂う威圧感になんだか幸せとときめきを通り越して、不安という言葉しかおれのなかにはない。

(つーか、レッドに耳を任せてもいいのか、おれ。
明日から耳が聞こえねーとか冗談じゃねぇぞ…)

そしてここで思い出したことがひとつある。それは、レッドはとても不器用ということだった。

「…」
「…」
「…レ、レッド?」
「…なに」
「何もされないでこの状態っつーのは、怖いというかなんというか。いや、されたらされたで怖いんだけど」

耳を凝視されても非常に困る。というか、耳のなかに耳掻きを不器用な手つきで突っ込まれてもそれはそれで怖い。
まぁ結論を言えば、膝枕と耳掻きというおいしいシチュエーションとは泣く泣くサヨナラして安堵を勝ち取りたい。
レッドの沈黙が非常に恐ろしく感じたおれがそう言ってみれば、レッドのため息がうえからちいさく聞こえた。そして。

「…どこまで突っ込めばいいのかと思って」
「?!
お前ぜってー耳掻きの仕方わかってねーだろ!
耳のなかに耳掻き突っ込んだら耳垢が取れるわけじゃねーんだぞ?!」

死ぬ。おれの鼓膜が死ぬ。
ため息まじりに告げられたレッドの台詞に、耳掻きが凶器に思えた。
そしてそう叫んでみれば(耳掻きがおれの耳のうえにスタンバイされているため逃げられない)、レッドは面白くなさそうにぼそぼそっと呟く。

「そんなことわかってる」

(ほんとか?!ほんとにわかってんのか?!)

確認しようのないレッドの言葉に焦らないわけがない。そしておれがそれに更に思いとどまらせようと口を開いた瞬間、

「ぎゃー!!」

ズボッという擬音語が聞こえてきそうなほどの勢いで耳に耳掻きが突っ込まれ、おれの脳裏に走馬灯が駆け巡り、さらには鼓膜終了のお知らせが流れていく。

「殺す気か!」

早くなる鼓動に涙目になりながら、耳掻きを持ったレッドの手を掴んで危険領域から脱させる。
幸いにもおれの鼓膜は無事で(勢いだけで耳の奥には突っ込まれなかった)、いまは鼓膜の心配よりもどきどきしすぎな心臓のほうが心配だ。

「…だって、こうしたらグリーンが喜ぶって…」
「は?」

ぼそぼそっと告げられたためよく聞こえなかった言葉をもう一度聞き返すようにマヌケな声を出して、そしてレッドの手を掴んでいた手を離し、顔を動かしてレッドを見上げてみれば、眉毛をハの字にさせて口を尖らせているレッドが見えた。それはもうかわいいったらありゃしねぇ(だけど手には凶器)

「…っ」

それに一瞬以上に絆されそうになるものの、おれの鼓膜の生死がかかっているため、すぐさま我に返った。
もう一回、とか有り得ねーから。

「気持ちはすげー嬉しいぜ、レッド」
「…」
「だけどお前不器用だし、さっきの具合からだと絶対ひとに耳掻きなんざしたことないだろ」
「ない」

こくん、と素直にレッドが頷く。けど逆にレッドが誰かに膝枕をしてやって耳掻きまでしてやってるなんて、想像したくもねーし、そういう誰かがいるのなら探し出して葬り去ってやりたい(バトルで)

(だけどなんで突然耳掻きとか…誰かになんか吹き込まれたか?)

そう思っていると、レッドが今度は大きなため息をつくと、耳掻きを持っていた手を下ろしておれの頭をぽんぽんと叩いてきた。

「ん?」
「…耳掻き諦める。
このままだとなんとなくグリーンの鼓膜突き破りそうな気がしてきた」
「怖っ!」

(なんとなくじゃねーだろうが!さっきの勢いだと確実におれの鼓膜が死ぬ!)

ある意味、殺人未遂な台詞を告げてきたレッドに背筋が凍るような気分になると、おれはレッドの膝枕から体を起こした(といっても殺人未遂なことをされたんだけども)
つーか、膝枕は別にしててもよかったんだけどな。耳掻きが恐怖の対象だったんだから。
少し以上に残念な面持ちでいると、耳掻きをじっと見ているレッドを横目で見る。そんなに耳掻きに未練でもあるのか。止めてくれ。
と、そこで思いついた。

「なぁ、レッド、おれが耳掻きしてやるよ」
「…は?」
「こう見えてもイーブイとかの耳掻きしてるし上手いぜ、おれ」
「…イーブイ…」

ひとからされれば多少はどういうものかわかるだろうし。まして鼓膜を突き破るほど耳掻きを突っ込もうなんざ、もう思わないだろうし(実際してはねーけどあれは怖かった)
そう思って言ってみたものの、イーブイを引き合いに出されたのが不服なのかレッドがおれを怪訝そうな顔で見ている。

「大丈夫だって、ほら」
「っ!」

さっきのレッドに比べたら遥かに上手いと思う。とは言わずに、怪訝そうな顔のままのレッドの腕を引いて、膝枕というよりも胡坐をかいているおれの足にレッドの頭を乗せた。

「グリーン、別に僕は…」
「はいはい、動かない。動いたら鼓膜突き破るかもしれねーだろ」
「…」

遠慮しようとするレッドに、さっきおれが味わった恐怖をさらりと言ってみれば、レッドは抵抗するのを一切止めた。
それをいいことに、レッドの耳へと耳掻きをゆっくりと投入してみる。

「っ!」
「…お前、それでよくひとに耳掻きしようと思ったな…」

ビクッと震える体を見てため息が出る。まぁ身をもって体験しないとわからないって言うしな。
そしてレッドの耳朶を軽く摘まんで、耳掻きを少し奥まで突入させようとすると、レッドがおれのズボンをきゅっと握ってきた。

「…っ」

ぴくん、と体が震えてレッドが耳掻きに耐えている。耐えているのはいいとして、それがなんだか違うことをしてるような気分になってくる。だって。

「っ」
「レッド、動かない」
「む、無理…っ」
「…」
「んっ…」

胡坐かいてる足に頭乗せて、おれのズボンをきゅっと握ってピクピク体は震えて。

(いや、落ち着け、おれ。これは耳掻きだ、耳掻き。台詞だけ聞いてたらえっちだなとか思わない)

それに、見える横顔は目をきゅっと瞑っていて口は固く閉じられていてそれだけでなんだかえろい。

(あれ?おれの目がおかしいのか?欲求不満…じゃねーし、うん)

レッドに耳掻きをしながらそんなことを悶々と思いながら、少し奥のほうに耳掻きを進めてみると、

「あッ」

ちいさくそんな声を出されてしまって、思わず耳掻きを持っている手が震えてしまう。
というか、おれマジで落ち着け。胡坐かいてるとこにレッドが頭乗せてんだから、ナニがどうかなったら即バレる。
なので落ち着こうと思って、円周率を延々と唱えてみることにしてみた。

(3.1415926535…)

「…っ、グ、グリーンっ」
「…なんだよ?」

そして円周率のおかげで耳掻きに集中出来かけていたおれに、レッドが掴んでいるおれのズボンをくいくいと引っ張ってきた。言いたいことがあるらしい。

(…8979323846…)

そしてそれはおれにとって理性メーターを振り切るようなものだった。

「お、奥はやだ…っ。
痛くしないで…」

それに円周率がおれのなかでさよならを告げてきた。









悪いとは思っています


「そういやなんで急に耳掻きとか言い出したんだよ?」
「…コトネがそうしたらグリーンが喜ぶって…」
「…」

とりあえず、コトネに飯を奢りました。



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