「…あれ?閉まってる…」

久しぶりにトキワジムに足を運んでみれば、入り口に『本日休み』と書かれた紙が貼られていた。
すると、通りがかりのトレーナーが僕に声をかけてきた。

「きみ、トキワジムに挑戦するのかい?」
「え?いや…」
「トキワジムはお休み中だよ。今日で5日目かな」
「…5日目?」

トレーナーの話を聞いて僕は首を傾げた。だってグリーンがジムを5日も休むなんて。
会議とか云々で1日空けることはよく聞くけど5日なんてない。

「なんかね、ジムリーダーの都合らしいんだけど詳しいことはわかってないのさ」

そしてトレーナーが肩を竦めてそう言ってきた。

「まあ前もしょっちゅうジム空けてたみたいだけど、今回は続くからね。みんな噂で…」

ぺらぺらとよく喋るトレーナーにとりあえず一礼して(気付いてなかったけど)、僕はすたすたと歩き出した。グリーンの家に。
でもグリーンの家に行っていなかったらどうしよう。生憎、グリーンが行きそうな場所なんてシロガネ山ぐらいしか浮かばない。
そしてグリーンの家までやってくると、インターホンを押した。

「…」

だけど反応がない。
ドアノブを回しても開かないし、やっぱりいないとか?

「…レッドだけど」

それでももう一回と思ってインターホンを鳴らした後にそう告げてみる。いつもの音量とトーンだったから中に聞こえてるかはわからないけど。だけど。

「?!」

いきなりドアが開いたかと思うと、腕が伸びてきて僕の腕を掴むと家の中へと引きずり込んだ。
それにびっくりするけど、いま僕の目の前にいるのはグリーンで。

「…グ、グリーン?」

目の前のグリーンは部屋着姿で、見たところ変わったとこなんてない。怪我とかもしてなさそうだし。
するとグリーンが話し始めた。
だけど。

「…っ…っ」
「……?」
「…っ、…〜〜…っ!」
「……なに?」

確かにグリーンは口を開けて喋ってるけど、僕の耳には何も届かなくて。
一瞬、耳が悪くなったんじゃないかと焦る。
だけどグリーンの声が出ていない、というのが正解のようで。

「…『だから声が出なくなったんだよ』…。
へー…そうなんだ」

最初からそうすればいいのに、グリーンは玄関の棚のとこに置かれていた紙にすらすらと書いてそう見せてきた。
それになるほど、と納得すると、グリーンがイラッとしたように顔をしかめた。

「…え?『それだけかよ!』…、うん」

声が出なかったらバトルの指示も出来ないし、だからジムが休みだったんだ、と僕にしてはすぐに話が繋がった。
だからそれに満足しているとグリーンがため息をついて、

「…『上がれよ』、…おじゃまします」

そんな紙を見せてきたから、僕は遠慮せず中に上がった。

「…風邪でも引いたの?」

ソファーに座ってると、ミネラルウォーターの入ったコップを出され、それを受け取って聞いてみる。
するとグリーンは首を横に振った。
…そう言えば、こんなこと前にもあったようなないような。

「『前にレッドがこんなことになっただろ。あのときどうやって治したっけ?』…。
…うーん…?」

グリーンがつらつらと書いたことを淡々と読み上げていく。
やっぱり前にもあったんだよね。だけどそのときどうやって僕の声が出たかは覚えてない。グリーンが治してくれたような気がするんだけど。

「…覚えてない。グリーンは?
…『覚えてたらすぐにしてる』…それもそうだね…」

肝心なとこがふたりしてダメなんだから。
というか、僕が声が出なくなったときのそもそもの原因も覚えてない。

「…あ、飴とかはちみつは?」

前は飴をくれたような気がするけど、記憶が曖昧すぎる。
でも喉が悪くて声が出ないなら、喉を潤せばいいはずだし。
だけどグリーンはそれに首を横に振った。

「…『してみたけどダメだった』…そっか。
というか、病院行けばいいのに」

僕が言うのもなんだけど、病院に行ったほうが治るだろうし原因もわかるだろうし。
するとグリーンはまた首を横に振る。

「…『病院行ったら他のやつに知られるだろ』…。別にいいんじゃないの?
…『レッドでダメなら病院に行く』…、……僕はね、お医者さんじゃないんだよ…?」

どういう理屈なの、それ。子どもなの?
それでもグリーンは立場が立場だし、騒がれたくない気持ちはわからなくもない。
だけど、こんなの僕が治せるわけないのに。
まぁ僕のときはグリーンがどうにかして治してくれたからそう言うのかもしれないけど。

「…じゃあ、ちょっと待ってて。
ポケセンに行ってくる」

仕方ない、と思ってソファーから立ち上がると、そんな僕の服をグリーンが掴んできた。
そして紙を見せてくる。

「『なんで?』
…ショック療法でアイアンテールぐらい喰らえば声出るんじゃないかとおもっ、」

するとすかさず青ざめた顔で、『殺す気か!』と書いた紙を見せてきたから、ふうとため息をつくと、

「大丈夫だってば。
ちょっと痛いかもしれないけど」

にこ、と笑顔を浮かべて言ってやれば、青ざめたままのグリーンから『ちょっとじゃねーだろ!無理!』と返ってきた。

「…もー、文句多いなぁ」

せっかく治してあげようと思ったのに。
唇を尖らせてそう言うと、またソファーに座る。
ショック療法がだめってなったら、やっぱりリハビリとか?まだ一音も声が出る段階ではないけど。

「…じゃあ、僕が今から言うこと続けて言って」

それでも何もしないよりはマシだと思って、早速リハビリへと取りかかる。
そしてグリーンのほうを向いて、今度は何する気だ、と警戒しているグリーンに口を開く。

「あ」
「…」
「い」
「…」
「う」
「…」
「え、なに?」

一音ずつ発声し出した僕を、グリーンが呆然と見つめてくる。
そして続けようとする僕を遮って紙を見せてくる。

「『ん、までいく気か?』…、そうだけど…だめ?」

グリーンはだめだと胸の前で手をバツにしてジェスチャーしてくる。あ、から始まったんだから最後までいかないと、と思ったのに。
するとグリーンが呆れた表情で大きなため息をつく。
こっちは頑張ってるっていうのに、その態度はいただけない。
グリーンの態度にむすっと膨れると、そんな僕を見てグリーンが何かを身ぶり手ぶりで言う。
でもその声は僕には届かない。

「…何言ってるかわからない」

むすっとしたままそう言えば、グリーンはああそうだったというかんじで頬を掻く。
なんだろう。グリーンが大人しいのって変な感じ。大人しいっていうか、声が出ないだけなんだけど。
それでもふたりでいるとき、だいたい響くのはグリーンの声だ。僕はどっちかっていうと頷いたりとかでべらべら喋るほうではないから。

「…」

グリーンといるのに、グリーンの声が聞こえない。
目の前にグリーンはちゃんといるのに。まるでいないみたいだ。

「……ねぇ、何でもいいから喋ってよ」
『だから声が出ないんだって』
「……グリーンのけち」
『そういう問題じゃねーだろ』
「……グリーンのばか。あほ。へたれ。いくじなし」

なんだか急に胸が切なくなってきて、ソファーのうえで膝を抱えると、膝小僧に額をくっつけるようにして顔を埋める。

「………グリーン、好き…、
っ?!」

すると急に腕を引っ張られ、グリーンのほうに倒れ込むようにして抱きしめられた。
ぎゅう、と痛いほどに抱きしめられるそれに胸がますます切なくなってくる。なんだろう、これ。

「……グリーン、痛いよ」

強く抱きしめられるそれに文句でも不満でもなく、ただそうぽつりと漏らす。
だけどグリーンは腕の力を緩めることはない。
だから僕もグリーンの背中に手を回して、ぎゅう、と抱きつき返した。

「…………何でもいいから、喋ってよ」
「…っ」
「…グリーンが喋らないとつまんない…」
「…」

だんだんと弱くなっていく自分の声色に気付くことはなく、ぼそぼそっとそう告げる。
するとグリーンが僕の肩を掴んで僕を引き剥がすと、肩を掴んだまま僕をじっと見てきた。
そして僕を見てくると、なにかを告げてきた。

「    」

でもそれはやっぱり聞こえなくて。
僕がこうなったとき、グリーンはどうやって治してくれたっけ。
頑張って思い出そうとしても、ぼんやりとしか思い出せない。
なんでだろう。僕は、グリーンの声が聞きたいのに。

「!」

じっとグリーンの顔を見ていたら、グリーンが驚いたように目を丸くした。
それが僕が泣いてるせいだとは、僕が気付くわけもなく。
するとグリーンは唇をきゅっと噛みしめると、一度目を閉じてゆっくりと開いた。
そして。

「すきだよ」

ちいさく響いたそれは、僕の耳にちゃんと届いた。














まほうをとくのはきみ


それからグリーンの声は元通りになって。
でも原因不明だから一応病院に行ってみたけど、ストレスでしょう、の一言で終わらされたらしい。
そしてグリーンは、区切りがいいから、という理由でジムを1週間休みにしてしまった。
ただし、

「……もう無理。バトルも見たくねぇ…」
「…また声出なくなるんじゃない?」

休み明けにジムに殺到した挑戦者たちに忙殺されてるグリーンだった。



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