目の前にいるシロガネ山の頂点様はあまいものが好きだ。
だけど本人に聞いてみれば、嫌いじゃないだけ、とか言ってきたけど、それってつまりは好きなんだろう。

「ほら、言ってたケーキ」

そう言って地面に座っているレッドに小さな箱を渡せば、いつも無表情な顔がまるで光りが差したかのように明るくなった。

「ありがと、グリーン」

本当に嬉しいようでそうお礼を述べてくるとレッドがにこ、と笑う。いつになくご機嫌なそれにこっちの顔も緩む。

(あーかわいいな、ちくしょう…!)

レッドに買ってきたケーキはハナダシティで売られている限定品で、それが食べたいと言われて今朝早く起きて女の子やおばちゃんたちに揉みくちゃにされながらなんとか買ってきたものだった(カスミに頼んだけど即答で断られた)
大体こっちはカントーじゃ顔知られてんだから、ケーキ屋に並ぶのはすごい恥ずかしかった。周りは女子ばっかだから余計に目立つし。
そして女の子たちからは「あまいの好きなんですか?」「今度作っていってもいいですか?」とか変なアピールポイントにされるし(食えなくはねーけど甘いのは苦手だ)

「それだろ?レッドが言ってたやつ」
「…黒い…」
「ごちゃごちゃ文句言うんじゃありません」

箱を開けてなかに収められているケーキを見ると、レッドが一言そう呟く。
確かに黒いけども別に焦げてるわけでもねーし、チョコレートケーキだから黒くていいんじゃね?
あまいものにさほど興味のないおれにとってみれば黒かろうが白かろうがあまいのなら遠慮だ。

「…って、手で食うな!」
「…けち」
「けちじゃねーよ!行儀悪いだろ!
ほら、フォーク!」

そしてチョコレートケーキを手で鷲掴みしそうになったレッドの頭を叩き、それに恨めしそうな顔で見てきたレッドにそう言い聞かせる。
そりゃ野宿というかこんな山のなか洞窟のなかに住んでいらっしゃれば、多少はワイルドな食生活になるかもしれねーけど。
前に何回かケーキを買ってきたときも手づかみで食べようとしていたから(大福とかなら手づかみでもいいけど)、ケーキを買っていくときはフォークも一緒に、というのがおれのなかの決まりだった。というか、使うんなら置いとけ、ここに。

「…お母さんみたい」
「誰がそうさせてんだ、誰が」

レッドの隣りにしゃがみこんだおれからフォークを受け取るとぼそっとそう呟くレッドにイラッとくる。世話好きの血筋なんだから仕方ねーだろうが。
そしてフォークを手にしたレッドはチョコレートケーキをひとくち分取ると、それを口へと運んだ。

「美味しい」

口に入れた瞬間にそう呟いたレッドは、ぱくぱくと無言で食べ進めている。その様子なら言葉どおり美味しいんだろう。
まぁあんだけ苦労したんだから嬉しそうに食べてくれるのはこっちも嬉しい。だけどいい加減このおつかいどうにかならないだろうか。

「レッド、悪いけどおれこれで帰るわ」
「ん?」

嬉しそうにケーキを食べてるレッドをじっと見ていたい気もするけど、あいにくそんな時間はおれにはない。
ジムリーダーという仕事が待っている。

「おとといもジム空けたのに今日もですかってジムトレーナーに怒られてさ。
まぁいつものことなんだけどたまには頑張ろうかと」

そう、おとといもおれはここに来た。ケーキじゃなくて食糧を持って。
そのときにレッドから「ここのこのケーキが食べたい」って言われたから今日は買ってやって来ただけで、長居するつもりはない。
だから立ち上がってそう言ってレッドを見れば、レッドはフォークをがじがじと噛みながらおれを見てきた。

(…なんだその可愛い仕草は…!)

おれが立っていてレッドが座り込んでいるから、レッドがおれを見ると上目使いになるのは必然だが、それでも大きな赤い目がじっと見上げてくる様はぐっとこないわけがない。
これって無意識にあまえてきてるんだろうか。ほら、帰らないでもう少しいて、とか。

「グリーンも食べる?」
「は?」

だけどレッドから発せられたのは、あまえるような台詞でもおれがジムがどうこう言っていたことへの台詞でもなく、レッドがいま食べているケーキのお裾分けな台詞だった。
もともとこういうやつだとはわかってはいたけど、こうも会話のキャッチボールが出来ないもんなんだろうか。いや、おれの勝手な推測ではあったんですがね。

「いや、おれあまいの苦手だし」
「…これあまくないよ」

とりあえずはツッコミどころ満載だが、レッドへの質問に返すのが一番だろうとそう断ると、レッドはフォークにひとくち分のケーキを突き刺しておれに向けてくるとそう言ってきた。

「…じゃあ、もらう」
「はい、あーん」

こうなってしまったら、あまいだろ、あまくないよ、の延々とした言い争いになりそうで、ひとくちだけなら大丈夫か、と思ってまたレッドの隣りにしゃがみこむと、差し出されたフォークに向かって口を開けた。

「…」
「ね、あまくないでしょ」
「ん、そうだな。ビターチョコのケーキか?」

確かにあまいというよりはちょっとほろ苦いような気がする。あまさ控え目なんだろうか。
そんなことを思いながら、もぐもぐと咀嚼しながらそう答えてみる。

「…」
「…」

そしてレッドはというと、残りのチョコレートケーキを食べてしまうと、ごちそうさまでした、とちゃんと手を合わせていた。

「…」

いや、待て。
待て待て待て待て。

「グリーン?」
「…っ、やっぱあまいじゃねーか…っ」
「?」







世界で一番あまいのは、

『はい、あーん』

チョコレートケーキに気をとられていたから完全にスルーしたけども、このときの雰囲気はどう考えても。

(…あとからくるあまさってハンパねぇ…っ。
ちくしょう、ちゃんと見ておけばよかった…!!)



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