「…」

どうしよう。そう思ってもいまのこの状況はどうすることも出来ない。
久しぶりに町に下りてきたというのに、町のなかを数歩あるいたら天候が急に変わってどしゃ降りになってしまって。
傘なんて持ってないから建物の軒下で雨宿りなんかしてるけど、止む気配がないから完全に立ち往生になってしまった。

(…濡れるの覚悟で町出たら晴れてるかな…)

町を出ても他に行くところは違う町しかないけど。だけど濡れたままで歩き回るのは避けたい。
こういう時期は雨が降ると寒い。雪山に篭ってる人間が言うのもなんだけど、正直雪山の寒さよりも雨の寒さのほうが僕には堪える。

(…どうしよう)

やっぱり雨が止むのを待とうか、と思っていると後ろから聞きなれた声がした。

「レッド?」
「!」

そしてその声に振り向いてみればそこにいたのはグリーンで。
グリーンを見ると僕は慌ててそこから逃げようとするものの、どしゃ降りのなかをどこに逃げていいかなんてわからない。
仕方がないから数歩後退してグリーンと間をとってみる。

「なーんで逃げようとしてんだ」
「…っ」
「別に連絡もなくて下りてきたの怒ったりしねーよ、毎回だし」

そう言うとグリーンは僕の隣りにやって来ると傘をパタンと閉じた。
随分前に食糧調達で町に下りてきたときに偶然グリーンに会って、そのときに「下りてくるなら前もって連絡しろ!」と怒られた。
なんで前もってグリーンに連絡しないといけないんだろう、とか、なんでそんなことで怒られなきゃいけないんだろう、とかそのときいろいろ思ってそれは口には出さなかったけど顔に出てたらしく、そのあとまた怒られたりなんかした。
だけど今回は怒られないらしい。
でも別に怒られると思ったから逃げようとしたわけじゃない。グリーンに怒られるのそんなに怖くないし(つまりは慣れた)

「で、食糧調達?」
「…うん」

逃げたかったのは、グリーンに会うと胸がぎゅって痛くなるから。会いたくないわけじゃない、会えるなら会いたい。
だけどグリーンに会って話をして目が合うと、僕のちいさな心臓は今にも張り裂けそうになる。昔はこんなことなかったのに。
これをそれとなくコトネに言ってみたら、それは『恋』ですよ、と言われた。
いまいちピンとこなかったけど、この感情に『恋』という名前がついた瞬間に、グリーンのことを思うと胸が痛くなるようになった。それもちくちくとしたあまい痛みで。

(…こんなの、女の子みたいだ)

誰かに恋して胸が痛くなるなんて。まさか自分がそうなるなんて。
だからいまグリーンと一緒にいるのは嬉しいけど、僕はどうしていいかわからなくなる。普通でいいのに。

「…仕方ねーなぁ」
「え?」

グリーンと目を合わせることなんか出来なくて目を伏せて自分の足元を見つめていたら、隣りからそんな声が聞こえてきたかと思うと、ふわっと肩になにかをかけられた。それに驚いてグリーンのほうを見てみれば、グリーンが着ていたパーカーを肩にかけられたんだとわかった。

「な、なにして…」
「雪山は平気なのに雨降りはダメとか矛盾してんな」
「は?」
「鳥肌立ってましたけど。寒いんだろ?それ着とけよ」

世話の焼けるやつ、とちいさく付け加えて言われ、思考回路がフルスピードで回っても追いつかない。
なんでこんなことに?
こんなことされたら、僕は。

「…っ」
「レッド?まだ寒いか?」
「………っ…、……ありがと…」
「…」

鼓動が早い。どう返していいかわからなくて、グリーンも寒いだろうからいらない、という台詞は上手く僕の口を出ることはなく、短く感謝の言葉を告げるだけに終わった。下を向いてるから顔を見られることはないだろうけど、きっといま僕の顔は真っ赤なんだろう。
するとそんな僕をグリーンはじっと見つめると、ふっと苦笑すると僕の頭を少し乱暴に撫でてきた。

「なんだよ、今日はやけに素直だなー」
「…う、うるさいっ」
「かわいい」
「!」

グリーンが頭をがしがしと撫でてくるもんだから帽子がずり落ちそうになってしまい、帽子の縁を掴んでせめてもの愛想のない言葉を言ってみればグリーンからは苦笑まじりでそんな言葉が返ってきて、もうだめだと思った。

(もう、無理だ)

恥ずかしすぎる。
グリーンに『恋』をしている僕にとってこれは耐えられない。
そう思っていたのに。

「なぁ、雨止むまでおれの家にでもいろよ」
「え?」

そう言ってグリーンがバサっと傘を広げて、戸惑い気味の僕の手を掴んでどしゃ降りの雨のなかを歩き出した。

「ちょっ、グ、グリーンっ」
「あんなとこ突っ立ってたら風邪引くだけだって。
どうせジム休みだし、ゲームでもしようぜ」
「〜〜っ」

手を引っ張られるから歩くしかないし、傘はひとり分だから僕がついて行かないと必然的にグリーンも雨に濡れてしまうから傘のなかにお邪魔しないといけない。
しかもグリーンが僕のほうに傘を傾けてくれてるから僕がグリーンから離れれば離れるほどグリーンが濡れることになる。

(…………ばか、ひとの気も知らないで)

どうか、この心臓の音がグリーンには聞こえませんように。
そう願いながら歩いていたのに、この男は僕の心臓を壊すつもりなんだろう。

「レッド、寒くね?」
「……大丈夫」
「そうか?でも冷たそう…」
「え?」

立ち止まったかと思うと、ちゅ、と音がして触れられたそれに目眩がしそうになった。








恋をしたほうの負け

(きみも『恋』してるの?)
(僕と同じで、ふたりとも耳まで真っ赤だったから)



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