微かに軋んだ(1/40)
予備校の校舎を出てみれば辺りはすっかり暗くなっており、危ない空気がプンプン漂っていた。
自ら危ない事に首を突っ込む程馬鹿じゃないし、面倒である。
家もちょうど反対方向なので小走りで、かつ急いで帰っていった………のだが。
ヒュン、と風を切る音が鳴る。中々に聞き覚えのあるそれは、かなりのスピードで何かが放たれた証拠。しかもそれは自分の方に向かってきているではないか。
今世においての至上命題はいかに普通に生きるか、である。
つまり下手にサッと避けてしまえば怪しまれるのは明白で。
そこから導き出されるのは、ちょっと躓いて運よく避けてラッキー………が最善であろうということ。
あまり痛くならないように細心の注意を払って躓いた……ように見せかけた。
「いってえ!!?あーいたたたた………」
転んで痛いだろうそこを擦りつつさり気無く頭上を何かが通過するのを確認。
とりあえず第一関門突破、といったところだろう。
第二関門は言わずもがな目の前に現れた金髪が眩しい同じ年頃の少年と空飛ぶ赤ん坊である。
「ししっ。上手い具合にコケてやんの」
「何遊んでんのさ…………」
隙無く立つ丁寧な作りのティアラを頭に乗せているその少年は扇状に広げた繊細な作りのナイフをチラつかせてくる。
確かこれにはワイヤーがついていたんだっけ?いったい何処にしまってるんだ……。
呆れたように話す赤ん坊は未だにフワフワと浮いていた。
………おかしいな。危ない事に首突っ込んでないし、そういうところから一番離れて暮らしていたのに何でこいつ等俺を追っているんだ?
「………えーと、俺になんか用……?」
わけがわからないよ、と言わんばかりの視線を投げ掛ければシンプルな回答が返ってきた。
「ボスが君を連れてこいって言ってるんだ。悪いけどついてきて貰うよ」
「争奪戦にも必要なんだっけ?王子あんまり話聞いてなかったから知らないけど」
「………は、はぁ?な………んだよ、それ………」
本当に意味が分からない。つか、争奪戦ってあれか?リング争奪戦のことか?
それに俺が必要って……どういうことだ?モスカどうしたよ?
てーかあれだよね、君等のボスってコォオォォ!ってことだよね?
とりあえず、ここはあれだな。
「…………っし、失礼しまっ、す!」
三十六計逃げるに如かずってヤツだ、うん。
たぶん向こうは俺を普通の高校生と疑ってないだろう…………大丈夫、だよな。始終困惑顔してたし、バレてないバレてない。
今なら俺ハリウッド顔負けの俳優になれる気が………無いな。むしろ顔は俺のが負けてる。演技でも勝てるか微妙だな。
「しししっ。逃がすか、よっ!」
投げられたナイフを細い路地に入ることで回避。カカカッと誰かん家の垣根に刺さる音がした。そして真正面に空飛ぶ赤ん坊。
素晴らしいチームワークだな、感服するよ本当に。
でも、ぶっちゃけこの赤ん坊は俺の敵になり得ないから特に問題視してない。
「逃がさないよ。せっかくの報酬がパァになる……それに、ボスに焼かれるのも嫌だからね」
さてどうしようか。下手に幻術にかかったフリっていうのもバレそうだからな………スルーするか。こういう時面倒だよな、幻術効かないってのも。
緩くスピードを上げて赤ん坊の横を通り過ぎる。「なっ!」とか言ってるけど正直可愛い以外の何物でもない。
本音を言えばお持ち帰りしたいんだけどな………金取られそうだし、止めとくか。
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