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 高山が何かを呟いた。その小さな声を聞き取ることは出来なかった。

 満はそっと少女を見た。赤いワンピースを着た少女は泣き出しそうに顔を歪めながらも、それでも高山を見続けている。彼女は、彼女なりに考えたのだろう。少女の影がすうっと高山の足下まで伸びている。鎌を半ば抱き締めるように抱える姿は、何だか悪いことをしているように感じさせた。

「それで、助けてあげた悪魔を食ってるわけだ」口調を変えることなく高山は続ける。
 一瞬、彼女は言葉に詰まったように見えた。「変なこと言わないで!」

 少女の声が公園に響く。その声に呼応するように、鋭い風が公園を吹き抜けた。風は満の体を掠め、少女の帽子をさらっていった。白い帽子は闇夜に舞い上がり、ブランコを飛び越えてゆっくりと着地する。その帽子を白い手が拾い上げた。初めて、そこに人がいることに気付く。

 赤いコートを着た男がいた。少女とは対照的な鈍い赤色の上着に、赤茶けた髪。満たちよりも年上に見える。端整な顔立ちだが、どこか違和感を覚えた。

 どういう趣味をしているんだろう。かろうじて満は口にしなかったが、高山が「趣味が悪い」と呟いたように聞こえた。恐らく気のせいだろう。彼もそれぐらいの分別は持ち合わせているはずだ。

 男性はこちらに歩み寄ってくる。ブランコを避けて回り込んでくると、少女にそっと帽子を手渡した。少女は顔を綻ばせてその帽子を受け取る。いそいそと被り直す様がいじらしかった。 

「変な言いがかりは止めてくれるかな」言いながら、彼は少女の肩に手を回す。保護者のような手つきだ。

「気持ち悪いこと言うなよ。低級の雑魚の分際で」いつの間にか下ろしていた剣を、今度は男の方に向ける。

 男が露骨に顔を歪める。高山の発言に気分を害した、という感じだ。低級や雑魚と言われれば起こるのは当然だろう。高山の声音は明らかに相手を馬鹿にしたものだった。あの自信に溢れた態度は理解出来ない。

 それにしても、あの男は一体誰なのだろう。気が付いたらそこにいた。それまで気付かなかった。まるで存在しなかったかのように。満は今一度、男に目をやった。嫌な感じの赤色が目に付く。ふと視線を下ろせば、少女の影が男の足下に伸びていた。黒い靴は影に同化しているようにさえ見える。

「低級はそっちだろう?」

 子どもを諭すような口調で男が言う。だが、意外にも高山の様子は落ち着いていた。すぐに食ってかかりそうなものなのに。

「お前に俺は食えない」自信に満ちた声で高山は言い切る。

 男は何も言わない。だが、少女が持っていた鎌が消え、男の手に現れる。どういう仕組みになっているのだろう。不思議に思っている内に、男が高山に斬りかかっていた。

 高山は男の横薙ぎを難なく受け止める。受け止める、というよりは、壁に遮られて高山を斬ることが出来ないといった風だった。刃が何かに引っかかったかのように動かない。高山は立っているだけだった。何が起きているのかわからない。

 切った張ったは遠慮して貰いたい。事後処理を考えるとうんざりする。嫌だな、と思っても逃げ出すことは出来ないのだ。契約が切れている状態とはいえ、使い魔的存在の男が戦っているのを放って置くわけにはいかない。それに、この円から出ていいのかもわからない。銃は未だに熱を持っている。

 協会の人は誰か来てくれるのだろうか。それとも満のことは信用ならないと言われているのだろうか。急に不安になる。はあっと息を吐く。前方の地面に目を遣る。影が伸びている。

 あれ、と気が付いた。少女の影が伸びている。男の足まで引き伸ばされている。少女の影が男の影になっているのだ。どういうことだろう。繋がっているのだろうか。怪しい。あれを断ち切ることが出来れば、少しくらいは状況が好転するのではないだろうか。そんな気がする。

 主な光源は外灯だ。それを壊せば影は消えるだろうが、それは難しい。辺りを暗くする魔法でもあれば容易いのに。

 乱暴な音がする。満は顔を上げた。高山が鎌を弾いたのだ。弾かれた鎌は大きな弧を描いて、地面に落ちる前に空中で消え失せた。得物を失った男に高山が剣を向ける。じりじりと男が後退する。

「往生際の悪い奴だな。さっさと失せろ」高山が面倒そうに言い放つ。
「どうして殺さない?」男が至極落ち着いた様子で問う。

 高山は答えない。黙って男を見つめている。男の喉元に突きつけた剣が動く気配はなかった。ふっと男が笑みを浮かべる。爽やかな笑みだが、どこか嫌な感じがする。少女は何も言わずに男を見ているだけだった。

「殺せないんだろう?」男が穏やかな声で訊く。赤いコートがはらりとなびく。

 高山はまたも答えなかった。代わりにとばかりに、突きつけていた剣を下ろす。その様子を男は微笑みながら見ていた。

 殺せない。どうして。もしや、彼も高山と同じような悪魔なのだろうか。人間という器に入った悪魔にはそう簡単に手出しが出来ない。世間に「人間」として存在しているからだ。

「方法はある」

 冷ややかに言うと、高山は剣を振り上げた。少女の方へ一歩踏み出す。少女がびくりと肩を震わせる。それには目もくれず、彼は滑らかな動作で剣を振り下ろした。少女と男の間を繋いでいた影を断ち切るように、赤い光が走る。影が二つに別れていく。しゅるしゅるとそれぞれの体へ戻っていく影は蛇のようだった。

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