3

「行ってどうするの」苦し紛れに訊いてみる。
「たまには、それらしいこともしないとな」振り返ることなく高山は言う。意気込んでいる。

 公園の敷地内に入っていく。ぱっと手が離されたので、満は入り口のところで立ち止まった。注意書きの書かれた看板の傍で行方を見守るしかない。どうせ「お荷物」だ。何も出来ない。袋とバッグを地面に置く。一応銃を手に持ってはみたが、あの黒い毛玉に効くのかは定かではない。

「生きてたんだ」

 ひやりと冷えた声を少女が発する。その視線は満に向けられている。彼女がブランコから立ち上がる。その手に鎌が現れる。すっぱりと首が切れてしまうのではないかと思った。背筋が冷える。

 うー、と低い唸り声が聞こえる。下の方からだ。地面を這うように足下から響いてくる。何事かと辺りを見回す。あの黒い物体からあの声が出ているようだった。黒い毛玉が唸っている。いつの間にか毛玉は三つに増えていた。じっとこちらを見ているような気がする。威嚇されているのかもしれない。住宅街にはふさわしくない風景だ。

 住宅街。その言葉にはっとする。そうだ、住宅街だ。満は、意外にもまだ動いていなかった高山に慌てて声をかけた。

「待って、誰かに見られたら」

 もしそうなれば、お荷物から昇格するどころではない。既に誰かに見られた可能性もあるが、いなかったのだからそれは仕方がない。一般人の生活に変なものを持ち込まないようにするのも大切な仕事だ。

 高山は一寸考えた後に、地面に爪先で適当に円を一つ描いた。その中に満を引っ張る。

「その中から出るなよ」と言いながら、満の銃に触れる。「で、これからも手を離すな」

 高山の手が離れる。途端にグリップの部分が熱くなった。あまりの熱さに取り落としそうになるが、銃身を持つことで何とか堪えた。銃身を持っていても、少し熱い。何をしたのかはわからないが、何かしてくれたのだろうと信用することにする。それ以外にどうしようもない。

 高山は少女と対峙した。奇妙な場面だった。茶髪の男が、赤いワンピースを着て鎌を携えた少女と向かい合っているのだ。二人の間には、黒い毛玉がうごめいている。

「どうして、彼女は生きているの?」静かに彼女は問う。
「俺は、こいつらとは違って行儀が良いんだよ」

 彼が毛玉を蹴った。黒い毛玉はぱっと霧散するが、すぐに集まって元に戻ってしまう。あまり力のあるやつには見えない。問題は少女の方だろう。

 満はバッグから携帯電話を取り出した。銃を落とさないように気を付けながらメールを打つ。協会に送っておけば、誰かが応援に来てくれるだろう。高山は妙にやる気だが、やはり満では処理出来ない。

「わからない。どうして、わざわざ人間に飼われているの? それも、あんな魔力のない人間に」

 それを聞きたいのはこっちだ。満は高山の背中を見た。満の気持ちを知ってか知らずか、高山は軽々と答えてしまう。

「魔力じゃ人の価値は計れねえよ」

 こいつは一体何を考えているのだろう。魔法を使わない魔法使いと一緒にいることにメリットなどあるはずがない。満には、彼が自分と行動を共にする理由が思いつかない。それとも、彼は気づいていない振りをしているだけなのか。満は足下に置いたスーパーの袋に目を落とした。ひらひらとビニール袋が風でなびく。マカロニが時折見える。

 少女が鼻で笑った。鎌を構える。漫画のようだ。

「魔力のない魔法使いなんて無意味よ。あなたは好い様に使われているだけ。早く目を覚まして」

 明るさに乏しい電灯の光が揺れる。明滅する。鎌が、電灯を鈍く反射する。少女のワンピースがふわりと膨らむ。黒い毛玉は相変わらずうごめいている。

 ぴしり、と頬を叩くような音がした。黒い毛玉が一気に宙へ広がる。高山が赤い閃光を闇に描く。いとも簡単に毛玉が薙ぎ払われる。霧散した黒色は、灰のような屑となって宙を舞った。

「目を覚ますのはそっちだろ」飄々として彼は言ってのける。

 高山は剣を少女に突きつける。現代の若者には不似合いな細身の剣は炎をまとい、少女の喉を狙う。少女の鎌がゆらりと揺れる。鎌を持つ少女の手が震えているのかもしれない。

「何を、言って」心なしか少女の声も震えている気がする。
「言わせているのか本心なのかは知らないが、好い加減にしないと平和的解決は望めないな」

 高山の声は真剣だ。平和的解決がどういうものかはわからないが、斬ると脅しているのだろう。でも、何を脅しているのだろう。少女に抵抗する様子は見えない。さっきから彼女は鎌を構えたままなのだ。剣を突きつけられた今、鎌が動く気配はない。

「言わせている? 何を言っているの?」少女は震える声で言う。その視線は真っ直ぐに高山を捉えている。

「じゃあ訊くけどな、どうして人の契約を邪魔してるんだ?」責めるような口調で高山は少女に問う。大人として如何なものかと問いかけたくなるような口調だった。

「みんな騙されてるのよ。だから解放してあげるの」彼女は最早泣き出しそうな声で、「助けてあげなきゃいけないの!」と言い切った。まるで自分に言い聞かせているようでもあった。

 最近、悪魔による人間を襲う事件が多発していた。もしかしかして、彼女が契約を一時的に解除していったからなのだろうか。確かに、契約を交わした相手を殺してしまえば、悪魔としては助かったことになるのかもしれない。悪魔を扱き使う人間がいることは事実なのだから。

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