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「お前と同じ方法だ」今度は高山がにやりと笑った。
同じ方法って何だろう。とにかく二人の繋がりは切れたようだった。契約を一時的に切ったのだろうか。誰にでも出来ることなのか。悪魔とか魔法使いとか、満には複雑でわからない。解があるだけ数学の方が幾分ましだ。
男が顔をしかめる。少女の方へ駆け寄ろうとするのを、高山が遮る。高山の斬撃が男の胸を掠める。よろめく男に高山が追い打ちをかけたが、後一歩のところで避けられてしまった。切っ先がコートを焦がす。
男が走り出す。少女のところへ向かうのかと満は思った。逆方向、つまり満の方へ走ってくる。
「え」
満は一歩後ずさった。背中が何か硬いものにぶつかる。看板だった。公園のルールが書かれているようなものだろう。高山が逃げろと叫ぶのが聞こえる。この円から出てもいいのか。どうすればいいのか。混乱している。
満は銃を放り投げた。こうなれば自棄だ。満はくるりと振り向きざまに看板を持ち上げた。すんなり抜けた看板を、振り返る流れに任せて振り切る。満の背丈ほどあった看板は、向かってきた男の横っ面に見事に直撃した。漫画に出てきそうな鈍く重たい音が公園中に響いた。男の体は左方に吹き飛んでいた。
満は呆然と看板を見つめるしかなかった。眼鏡がずれている。それでも、ルールが書かれている大事な部分が綺麗にへこんでしまっているのは見えた。直せるだろうか。もう一度逆方向から叩けば均せるかもしれない。満は看板を地面に置いた。土埃が舞う。公共のものを壊してしまうなんて、最低だ。眼鏡を掛け直す。看板の上に屈み込むと、満は握り拳を作った。ひとまず叩いてみよう。
足音が二つ聞こえる。ゆっくりしたものと、慌てた様子のものだ。それに、少女の叫び声に近い声が重なる。
「やめて、お願い殺さないで!」
はた、と顔を上げてみれば、剣を携えた高山の腕を少女が掴んでいた。男は倒れたままだ。少女は泣いている。人ならぬもののために泣いている。
「ルール違反なんだ」高山は呟くように言う。少女に向けられたものなのか只の独り言なのかわからない言葉だった。
男を見下ろす彼の手から剣が消える。残り火が宙に散った。高山はやんわりと少女の手を解いた。
少女の泣きじゃくる声が静かな公園にこだましていた。
協会の人に状況を説明した後、至極穏便に満たちは解放された。後で怒られるのかもしれない。使い魔を支配出来ない飼い主と、公共物を壊した魔法使い。満が注意される理由は十分にある。本当は、満たちの――正確には高山の――独断ではなく協会の判断を仰いで行動すべきだったのだ。
「食い損ねた」ステーキを食べながら高山は呟いた。どこか寂しげで残念そうだ。
「むしろ食い過ぎだと思う」満は食後のデザートを食べながら返した。プリンを口へ運ぶ。
彼はもういいのではないかと思うほど食べていた。最初はハンバーグを食べ、次に和食の何かを食べ、今はステーキを頬張っている。それでもまだ食べ足りないと言うのであれば、それは正気の沙汰ではないと満は思っていた。ファミレスは大食いに挑む場所ではないし、彼はこんなに大食いではなかったはずだ。
「いや、あいつだよ」と言って彼はステーキを食べ、しばらく口を動かしてから、「ほら、さっきの」と続ける。
「人間も食べるの?」やはり正気の沙汰ではない。
彼はステーキを飲み込んでから、「あいつは人間じゃねえよ」と水を飲んだ。
「どういうこと?」
「あれは、大した実体も持てない低級の悪魔なんだよ。だからあの女の子を使ってたんだ」
悪魔を助けるのだと言った少女の姿が脳裏を過る。彼女は何を思っていたのだろう。彼女の行いが数々の事件を引き起こしたという確証はない。決して悪いことではないはずなのだ。
「あの女の子と同化してたから、迂闊に手が出せなかった。契約を切ったら逃げ出すし。満に助けられたな」言いながら、高山は肉の塊にフォークを突き刺した。
看板の件に関しては触れられたくないので、満は黙ってプリンを食べていた。魔法が使えることに憧れを抱く女の子はいても、怪力であることに憧れを抱く女の子はそういない。コンプレックスの一つである。
「大体から、悪魔を助けるために契約を切るっていうのも変なんだよな」言って、高山はステーキを口へ入れた。一体、どれくらい食べれば気が済むのだろう。
「契約が解除されたら自由になれるんじゃないの?」満は首を傾げた。
高山は口の中のものを咀嚼して飲み込んだ。「解除って言っても、あくまで一時的だろ。あれは、上のものが下のものを蹴落とす乱暴な方法で、その上、契約更改の手続きなんだよ。どちらかの力を上回っていればいいんだ」