ゲーム
若い、若いって何だ。教室の隅っこに座っている。予想外に早く着いた。友達はまだ来ない。昼休みは長い。前の授業の生徒が教室で騒いでいる。うるさいな。若いな。若いって何だ。自分だってまだ若いはずなのに。
大きめの教室。男子が数人集まって何やら騒いでいる。騒がしい。私は本を立て、アクションゲームに興じていた。今度の発表で必要な本だ。読む気がしない。たまにはゲームも必要だ。さくっとボスを倒しに行こう。
ふっと教室が静かになる。何とはなしに顔を上げてみる。さっきまで散々騒いでいた男子生徒が、何かを企むかの如くひそひそと話し込んでいた。長机に置かれたリュックやバッグが新しい。机上に放り出されているのは、真新しい英語の教科書だ。新入生かもしれない。いいな。若い。それに引き替え、私はもう完全に疲れきっている。考えても虚しくなるだけなので、私はゲームに目を落とした。
やり込みすぎたのか、だいぶ面白くなくなってきたゲームを進める。広大なフィールドを駆け回る主人公。目が回る。歯ごたえのない敵。ボタンを押す音が軽い。かちかち。
急に机に影が落ちた。右から誰かが手元を覗き込んでいる。ゲームを中断する。友人が来たのかと顔を上げてみれば、黒髪をふわりとさせた男の子がいた。見たことのない顔だった。若い。幼さを感じる顔立ちに、きらきらした目。
「あの、師匠って呼んでもいいですか」
「は?」
その前に誰だお前。
ばたり、と本が向こうに倒れて落ちた。慌てて下を覗き込む私に対し、彼はどこかぎこちない動作で本を拾い上げた。ばつが悪い。
「ああ、どうも」我ながらぼんやりしたお礼だ。
差し出されたその本を、私は俯きがちに受け取った。
「何年生ですか」
一体何がしたいのか、彼は私に質問を投げかけてくる。私は居心地の悪さを覚えずにはいられない。拾ってもらった本を机に置いた。褪せた青色の表紙が悲しい。
「三年」ぶっきらぼうに答える。
「電話番号とメールアドレス、教えてくれませんか」
噫、何か変な発言が聞こえた気がする。何を言っているんだ。見ず知らずの人間にいきなり電話番号を聞くなんてどうかしている。何かの勧誘だろうか。顔を上げると、顔を強ばらせた彼と目が合った。
もしかして、と思った。さっきこそこそと話していた男子の様子が思い浮かぶ。「罰ゲームか何か?」だとしたらくだらないな、本当に。
私の問いに、彼はあからさまにうろたえた。何てわかりやすい。あわあわと開いた口に、赤らんだ頬。目が泳いでいる。彼はわかりやすく髪に触れた。くしゃりと髪を撫でる。癖だろうか。
いいな、若くて。結局、まだ高校生――もしかすると中学生かもしれないが――の気分が抜けていないのだ。どんなに書類上が「大学生」となっていたとしても。私にもこんな時期があっただろうか、と考えてはいけない。たった二歳。されど二歳。きっとその差はまだ大きい。
「えっと、そのゲーム、俺も持ってて、その、凄いなあと思って」彼の言葉は弁明に似ている。
「それで?」私はあくまでも至極穏やかに話を促した。
「あの、良かったら、友達になって下さい」
消え入りそうな声に真っ赤な耳。足下を彷徨う視線は落ち着かない。そして、私はどうすればいいのかわからない。最近の罰ゲームは大変だ。
「いいけど、別に」それで君が助かるのなら。別になって困るものでもないのだから。
は、と彼が顔を上げた。恋する少女よろしく頬を赤く染めた彼は真っ直ぐに私を見る。困ったように動く口が、戸惑ったように動く目が、何だか不思議だった。はたはたと彼はズボンのポケットを探る。大きな小動物みたいだ。ハムスターが大きくなったかのような、そんな不思議な感じ。多分彼は私よりもずっと背が高いのに。
「携帯、取ってくる」彼は辺りをきょろきょろする。走り出す。やはり教室の前方で集まっていた男子生徒の一人だったらしい。彼の罰ゲームにわーっと盛り上がっているようだ。
大変だな、本当。これで少しは静かになるといいのだけれど。私は改めてゲームに目を落とした。しばらくポーズ画面にしていたため、画面は真っ暗になっている。ボタンを押して冒険を再開する。危うく世界を救う旅がうやむやになるところだった。かちり。颯爽とボスへ向かう。
右耳に足音が届く。いい加減、彼らも次の授業やバイトへ向かうのかもしれない。それにしては足音の数が少ない。
「え、あの」
頭上で声が聞こえる。どうして。再び、かちり。冒険を中断して右側を見てみれば、先程の彼がそこに立っていた。携帯電話をぎゅっと握っている。顔はまだ少しだけ赤い。柔らかそうな黒髪が少しだけ乱れている。あ、睫が意外と長い。
「なに?」
「何って、連絡先」またも消え入りそうな声で彼は言う。意外な展開だ。
「え、本気?」
焦る、困る。私はぽかりと口を開けて彼を見てしまった。彼は本気と思える表情で、私を見下ろしている。罰ゲームにしては冗談が過ぎる。本気で、私と友達になる気なのだろうか。五分前まで赤の他人だった私と?
彼がはにかんだ。へにゃりとした笑顔を不本意にも可愛いなんて思ってしまう。どこからどこまでが本気なのかわからないまま、彼は携帯電話を私に示した。
end.