次の機会に

 あれ、おかしいなと思った。同じように作ったはずなのだが、何故こうも違うのだろう。嬉々として冷蔵庫から取り出したゼリーは固まっていない。たぷんと揺れる薄桃色の液体は、液体だ。固まっていない。ゼリーになっていない。あれ、おかしいな。予定ではすでにゼリーとして完成しているはずなのだけれど。優姫はううんと唸ってゼリーとなる予定だった液体を眺めた。

「何してるの?」

 ひょいっと後ろから覗き込まれた。何故か優姫の肩越しに手元を覗いてくる彼は、脇から液体の入った銀色のカップを持ち上げた。液体が波打つ。彼は黙ってそれを見ているようだった。死角に立っているのでよくわからない。しかし、盛大なそしてあからさまな溜息はきちんとわかった。

「ヒメ、固まってないよ」

 突かれたくないところを指摘されて優姫は俯いた。わかっている。わかっているのだが、固まらなかったものは仕方がない。きっとゼラチンの機嫌が悪かったに違いない。だから固まらなかったんだ、そうだ、そういうことに出来たらいいのに。かたん、というカップがお盆の上に置かれる音が切ない。

 大野が傍らに置いてある本を手に取った。「簡単」と銘打たれたゼリーの作り方で失敗してしまうとは、つくづく料理のセンスがないのかもしれない。そもそもゼリーの作り方に「簡単」とか「難しい」とかあるのだろうか。単純なお菓子だと思っていたのだが、油断ならない。ぱらぱらとページを繰る音が台所に響く。優姫が参考にしたゼリーの作り方を紹介するページが開かれたまま本が安置された。

「ちゃんとレシピ通りに作ったの?」
「作ったよ、今度はちゃんと!」

 もう、「私は悪くない。悪いのはゼラチンだ!」と主張したくなるほど切ない。前回はざっくりにクッキーを作ってしまい、結果的に何故かクッキーが膨らむという不思議な事態に陥ってしまった。その経験を生かし今度はきちんと書かれている通りに作った、はずだ多分。言われると自信がなくなってくるのが悲しいところである。

 大野がもう一度確かめるように液体をちょんっとつついた。やはりどう見ても液体だ。何故か液体だ。

「冷やす時間が足りなかったとか」

 思い返してみる。作ったのは午後二時。今はもうすでに午後九時を回っている。十分というくらい冷やし固めたと思うのだが、まだこれでも足りないのだろうか。それでも少しくらいは固まってくれてもいいはずだ。それとも、ゼリーというのはこんなに手のかかるものなのか。驚きの事実だ。

 ううんと再び唸って優姫が液体を覗き込んでいると、大野がぽんと頭に手を置いた。置きやすい位置なのか彼は度々優姫の頭に手を置く。優姫は顔を上げた。振り返り気味に大野の顔を見上げる。ふわりと大野が笑む。不覚にも少しかっこいいと思ってしまった。頬の熱をごまかすように本を持ち上げる。

「明日の朝まで冷やして、固まってなかったらもう一回作り直そう。今度は手伝うから」

 大野は料理が上手い。だからこそ見返してやろうと思ってこそこそ作っていたのだが、これでは意味がないではないか。しかし失敗のまま終わってしまうのもそれはそれで悔しいので、優姫は大人しく頷いた。返す言葉もない。


end.

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