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 閑古鳥が鳴く以前の問題である。店の鍵を失くしたのだと遠野は言う。店を開けられないのというのは、そもそも土俵にすら立てていない状況だ。店の入り口の前で落ち込む遠野を見て、ひなたは何だか空しさを覚えた。駄目な大人とはこういう人物だろうか。いや、忘れ物も失くし物も、大人になればしなくなるものではない。人のことは言えなかった。

 失くした物は仕方がない。問題はこの勤務態度だろう。あまりに客が来ないので、近くのスーパーにお菓子を買いに行ったのだと店長はのたまったのだ。成る程これでは、鍵を失くしても仕方がないかもしれない。自業自得ではないか。洋菓子店を営業中に、スーパーにジャンクフードを買いに行くからだ。きっと罰が当たったのだろうとひなたは直感した。

 遠野は同一人物なのかと疑いたくなるほど落ち込んでいた。脇の植え込みに腰を下ろし、栗色の髪を乱したままうなだれている。大人として晒してはいけない姿のように思えた。

「ちゃんと真面目に働かないからですよ」ひなたは遠野を見下ろしながら、そう吐き出した。

 うん、と彼はしおらしく頷く。溜息と共にひなたは右方にある郵便受けに少しだけもたれた。この首肯に意味はあるのだろうかと訝しむ。彼はひなたが何と言おうと頻繁に店を休んでしまう。これで生計が成り立つから不思議だ。バイト代もきっちり払われている。看板よろしく植え込みに立てられた銀色の郵便受けが、微かに鈍い音を立てた。

「遠野さんが真面目に働かないから、きっとお菓子の神様が怒ったんですよ」

「そんな!」彼は勢いよく顔を上げた。悲壮とも言うべき顔だった。「そんなまさか」

 ひなたとして大して意味のある発言ではなかったつもりなのに、彼は驚くほどの反応を示した。死刑宣告を受けたかのような悲壮を浮かべている。顔がどことなく青ざめて見えた。

「俺にはこれしかないのに」そう言って、彼は再び頭を下げた。

 遠野はひなたの言葉を真に受けて落ち込んでいる。大の大人が落ち込んでいるのは非常に見苦しかった。それも仮にも年下の女性の前で、だ。恥や外聞やプライドというものはないのだろうか。そこまで考えて、ひなたは思い直した。もし彼がプライドを持っているのならば、営業中に店を抜け出すような真似はせずもっと真摯に取り組んでいるはずだった。

「だったら真面目に働いて下さい」
 素っ気なくひなたが返すと、遠野は何やら思わせぶりな様子で目を伏せた。
「努力する」
「するんですね?」

 本当だろうかと訝りながらもひなたは念押しした。この態度から察するに、きっと彼は彼なりに反省しているのだろうと思うことにする。いくらいつもの態度があれでも、さすがにここまで落ち込んでいる人を見捨てる気持ちにはなれなかった。

 確認の返事を待っていると、小さな声で「うん」と聞こえた、気がする。消え入りそうな声だったが、彼の頭は確かに上下に揺れた。

 こんこん、と郵便受けをノックの要領で叩く。きぃ、と郵便受けがノックに答えるように揺れた。それから中を見てみると、銀色の鍵が入っていた。ひなたはあくまで自然にその鍵を取り出した。

 完全に落ち込んでいる遠野に鍵を差し出す。「はい、どうぞ」
 手の中の鍵が、きらりと銀色の光を反射した。


*拍手のお礼でした。

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