5

 おにぎりが目の前に現れた。白い皿に、三角に握られた白米がちょこんと鎮座している。丁寧に海苔が巻かれていた。

「食べない?」頭上から軽い声が落ちてくる。

 続いて遠野が現れた。レジの前でじっとしているひなたに対し半ば無理矢理におにぎりを押しつけてくる。曖昧な返事とともにそれを受け取る。何が入っているのだろうとひとまず眺めてみた。さりげなく遠野が隣に着席する様子が視界に入った。

 うん、と遠野は満足げにおにぎりを頬張る。「やっぱりお米は美味しい」

 仮にもケーキを売っている店で、それもショーケースの前で言う台詞ではないと思うのだが、遠野には何を言っても無意味であることはもうわかっている。ひなたは「はあ」とか何とか返事をするに留めて自らもおにぎりを口にした。確かに美味しい。具は鮭だった。

 ケーキがずらりと並べられている前でおにぎりを食べる。何ておかしい光景だろう。白米を咀嚼しながら思う。今お客さんが入ってきたら滑稽だ。いくらお昼時とはいえ、それは表でやってはいけないことだ。そう考えながらもひなたはおにぎりを食べた。指についた海苔を舐める。

「どうしてお米って毎日食べても飽きないんだろうねえ」のんびりした口調で遠野が言う。

「さあ。主食だからじゃないですか」ひなたは適当に返す。

「え、でも、俺がお米食べるようになったのって最近だよ」近年米が主食になったばかりなのだと彼は主張する。意味がわからない。

「じゃあ今まで何を食べてたんですか」かたん、とひなたはカウンターに皿を置いた。

 ううん、と遠野は大げさに首をひねってから、「小麦と砂糖、かなあ」といやにぼんやりした言葉を寄越してきた。

 小麦。パンなのだろうか。まさか小麦をそのまま食べることはないだろう。砂糖がどういうことなのか全く理解出来ないが、パンを食べてきたのだろう。もしかしたら、菓子パンばかり食べていたのかもしれない。だからこんな大人になったのだろうか。

「小麦って外国みたいですね」何気ない一言だった。

「うん」とあっけない答えが聞こえる。「出身、日本じゃないから」

 意外だった。ひなたは無言で遠野をしげしげと見てみた。そこら辺にいる男性と何ら変わりない風貌に見える。童顔で、どちらかというと可愛らしい顔立ちではあるが、ただそれだけだ。名前だって「遠野」だ。いや、日本出身でないからといって、そこら辺にいる日本人と顔立ちが異なるとは限らない。引っ越しした人の子孫かもしれない。

 深く考えるまい。面倒なのでひなたはそう片付けることにした。遠野はにこやかにしているだけで詳しく語ろうとはしない。遠野のことを詳かにしてどうするんだ。そうだ。その通りだ。

 ああでも、と遠野が口を開く。そうして、「気に入ってるんだよね、今の生活」と再びおにぎりを頬張った。


*拍手のお礼でした。

menu / index

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -