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「えーん、えーん」
「嘘泣きはやめて下さい」
遠野がべったりとうなだれている。商品の受け渡しが行われるその場所で、遠野は駄々をこねた。三十を目前に控えている男が嘘泣きをしたところで気持ち悪いだけだと思う。それに、かなりわかりやすい嘘泣きだ。子どもの方がもっと上手くやるに違いない。
泣き落としが効かないとわかると、遠野はぶすりと膨れっ面になった。ショーケースには何も入っていない。頑張らなければならないはずの土曜日に、彼は仕事を放棄している。それでも大人なのだろうか。多分、立派な社会人には程遠い。
「だって、行きたい」ぐすぐすと子どものように彼は言う。
「お店はどうするんですか」わかりきっているが、念のため訊いておく。
ひなたは手元のチラシに目を落とした。最近駅に出来た大型の商業施設のものだ。ポップなデザインで、洋服やら雑貨やらお菓子やらが紹介されている。彼は、そこへ行きたいと駄々をこねているのだ。
「休む」
平然と遠野は言い放つ。彼の生活がどうなっているのかわからない。本当にこれで生活していけるのだろうか。
何を言っても無駄だ。ひなたは溜息を深々と吐いて、「わかりました。じゃあ帰ります」と扉へ向かおうとした。
「えっ?」
背中に声がかかる。ひなたは足を止めた。視線をゆっくり遠野へ向ける。彼は元気よく顔を上げていた。
「何か」言われなくてもわかる気がする。
「行こうよ、一緒に」
彼はへらりと笑う。屈託のない笑顔とはこういうものかもしれない、と思ってしまうような笑顔だ。どう見ても大人のくせに、不思議に子ども染みた笑顔。純粋なのかもしれない。
ひなたは眉間にしわを寄せた。何故、バイト先の上司と一緒にショッピングセンターなる場所へ行かなければならないのか。そもそも、彼はそこで何をするつもりなのか。大方ケーキバイキングにでも行くのだろうと予測はつくが、別に一人でもいいではないか。ひなたと行ったところでちぐはぐな二人組になることは目に見えている。何よりも、ひなた自身が行きたくない。
「嫌ですよ」
たっぷりと態度で拒否しておきながら、言葉でも断る。遠野は寂しげな表情を浮かべ、じいっとひなたを見返してきた。もうすぐ三十路の大人がやるものではない。ひなたはたじろいだ。
「こんなおじさん一人で行ったら怪しまれるじゃないか」
何一つ威張れることではないのに、威張ったように遠野は言う。おじさんだと自覚はしているのか。それでも遠野の視線は揺るがない。何故そんなにも自信に満ち溢れているのかわからない。
しばらく見つめあった後、とうとうひなたは負けた。いつもこうだ。噫、目眩がする。
「行きますよ。行けばいいんでしょう、行けば」
ショーケース越しに、やったあ、とやはり子どものように喜ぶ遠野が見えた。
*拍手のお礼でした。