3

(最初の話)

 上手い具合にボールが飛んだものだ、とつくづく思う。思い切り振ったバットはボールを弾き飛ばし、そのボールは公園の敷地を越え、塀を越え、ケーキ屋さんの敷地まで飛んでいった。結果、窓が割れた。まるで漫画の世界だ。

「すみません」

 ひなたはうなだれていた。近所の子供たちに混じって遊ばなければよかった、と後悔してももう遅い。窓ガラスは割れてしまったのだ。この年でこんな失態を犯すとは思ってもみなかった。どうしよう。

「いや、いいんだけどね。窓ガラスの一枚や二枚、別に」

 鷹揚な口調で店長である男は言う。はっとしてひなたは顔を上げた。怒らないのか。優しい人だ。むしろ不思議な人だと形容した方がいいのかもしれない。

「それよりもさ」

 彼は滑らかな動作で皿を差し出した。一体どこから取り出したのかは定かではないが、簡素な事務机に似合わない白い皿だ。苺のタルトが載っている。電灯の明かりを、艶やかな苺が跳ね返す。美味しそうだった。さあ、と彼はフォークを手渡してきた。事態が飲み込めない。

 え、とひなたは彼の顔を見た。彼は子供のように顔を輝かせている。褒めてと言わんばかりの顔だ。食べればいいのか。この状況で? 普通、窓ガラスを割った女にケーキを勧めるだろうか。わからない人だ。

「感想が聞きたいんだけどね、折角だからついでに、バイトしない? ここで」

 人手不足なんだ、と彼はにこやかに言う。ひなたは彼の顔を見返した。フォークは握ったままだ。

「あの、それはつまり、弁償しろということですか。バイトして」

 怒っている様子を外に出さないだけで、本当は怒っているのだろう。ひなたは再びうつむいた。ガラス代、貯金で払えるだろうか。払えないこともないと思うのだが。

「いや、バイト代は出すよ。普通に」

 だから窓ガラスのことは気にしないで、と彼は笑う。どうにも要領を得ない。弁償の関係はない、ただの勧誘のようだ。

「魔女でも雇ってくれるんですか」

 ひなたは思い切って訊いてみた。よくわからないが、窓ガラスを割ってしまったのは事実だ。正面から店長を見る。年齢のわからない人だ。さすがに年上だとは思うのだが。三十歳前後だろうか。白いシャツが何だか不格好に見えた。
 栗色の髪をした店長は子どものように顔を輝かせた。彼は平然と言う。

「もちろんだよ」

 そう言われて初めて、ひなたはタルトを一口食べた。苺の酸味とカスタードクリームの甘さが、何と言えばいいのかわからないが、美味しかった。


*拍手のお礼でした。

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