5.冷たいキスでいいから







ああ、そんな辛そうな顔はしないで。
私ならこれで良いんだよ。



















私の予想が確信になったと感じた時、
ああ、やっぱりって思った。



「氷室くん!おはよう!」

3年生の先輩が氷室くんに話かけてきた。
話しかけるだけなら良いんだけど、先輩、ボディタッチが激しくないですか?
私、一応彼女なんですけど。

なんて考えてるうちに氷室くんが何かを女の先輩に言って、先輩は私の方を睨みながら去っていった。

氷室くんがフゥ、ときっと私に気づかれないように溜息をついた。
その表情はまさに疲労困憊ですって感じ。

「ねぇ、氷室くん。あの先輩とはいつから知り合い?」

ああ、知りたくない。聞きたくない。
けど、やっぱりハッキリさせとかなくちゃ、辛いのは私自身なんだから。


「え?俺が転入して1週間くらいからかな、色々話しかけていただいてるよ。」
あ、あの先輩のこと女性として好き、とかじゃないから安心してね。


誰もが見惚れるんじゃないかという笑顔でそう言う氷室くん。


「そっか!よかった!あの先輩綺麗だったから!」

エヘヘなんて言って誤魔化す。

何も良くない。
君の表情で分かっちゃった。

君は知らないだろうし、知られたらきっと引かれちゃうから言わないけど、
君の転入時からずっと見てきましたから、分かるよ。

優しい君のことだから、きっと私には本当の事は伝えないんでしょ?

私も何も言わないから、何も気づかない子でいるから。
ニセモノでもいいから、少しの間だけ、彼女でいさせて。



君にとって私はバスケに集中するための手段でしょ?

劉くん、言ってたよ。
練習の休憩中ですら女の子に呼び出されるんでしょ。

それと、あの先輩、かな。

バスケ部で仲良い人は劉くんくらいしかいないけどさ、
みんなバスケが好きで優勝したいって気持ちは劉くんとの話だけでも伝わってきちゃう。

そのために邪魔なものを少しでも排除できるなら、
利用するだけでもいいんです。

今だけでも私を君の隣においてください。


















「ねえ、名字さん。氷室くんと別れてよ。」

朝も会った女の先輩、とそのお仲間さん。
綺麗なんだけどな、化粧と香水をもうちょっと薄くしてほしい。

まあ今そんなこと言ったら余計怒らせちゃうから言えないけど。

「嫌です。」

「私、氷室くんの事本当に好きなの。なのに顔だけで選んだようなアンタが氷室くんと付き合うとかあり得ない。」

顔だけじゃないもん。
最初は一目惚れだったけど、ずっと(一方的だけど)見てきて、氷室くんの事、凄い好きなんだよ。

「か、勝手なこと言わないで下さい!」

「ちょ急に怒鳴るとかウケる。」
「なんで氷室くんもこんなん選ぶのかねぇ」



他の先輩たちが言ってる事なんて気にしない。
怖いけど、私が今嫌な役を請け負えばきっと氷室くんの方に行く回数が減るはず。

「ひ、氷室くんの邪魔しないでください!」

「いい加減にしなさいよっ!氷室くんにあんたは釣り合わないっつてんの!邪魔はあんたでしょ!?」

ヒステリック気味なんじゃないか、この人は。
それに今はまだ邪魔な奴じゃないよ。
少なくともあなたが氷室くんにちょっかいを出す内はね、


「うわ、こいつうざ。ほら、邪魔ものは消えなよ」

右にいた先輩が手に持ってるペットボトルの中身を私にかける。

バシャリとかけられた水、
教室でどう劉くんに言い訳しようかな、なんて頭の隅で考える。

「もう言うことは終わりかしら」

イヤらしく笑う真ん中のヒステリック先輩、
つまり氷室くんに付きまとってる先輩。

「何よ、その目。感じ悪いわね。文句あるなら言ってみなさいよ」

言い返したいが今口を開くと絶対泣いてしまう。
泣いたりなんかしたらこの人たちの思うつぼだ。


「ああ、むかつく!」

ヒステリック先輩は右手を大きく私の頬目掛けて振り落とす。

「いっ」

口の中切れたんじゃないのか。
ほんのり鉄の味がする。

痛いなあ、これ以上殴られたくないなぁ。




「てめーら何やってんだよ!!」

そんな怒号が聞こえてきた方を見る。

あ、バスケ部の副主将さんだ。

「ふ、福井」

「てめえら何やってんだよ」

「なんでもないわよ!!」

そう言って去って行く先輩3人組。


「お前、氷室の彼女だろ?」

「し、ってるんですか。」

ああ、助かった。
駄目だ、泣きそう。

「劉に聞いた。このこと氷室は知ってんの?」

「しりません、おねがいします!氷室くんには、黙っててください!」

だめ、氷室くんに知られたら。
氷室くんは何も悪くないの。
これが嫌だったらニセモノ彼女を私がやめればいいだけ。

けど、それだけは絶対に嫌なの。

「....分かった。氷室には言わねぇよ。お前、寮か?」

「はい、」

「じゃあ今日はもう帰れ。」
荷物はとってきてやるよ、

そんな先輩の優しい言葉に申し訳なく思いながら、この姿を劉くんに見られるわけにもいかないから素直に頷いた。







氷室くんの女の子除けと気づいてしまう事は思った以上に悲しいことだな。

福井さんを待ちながら考える事は氷室くんの事ばかり。

私は必要なくなったらまた何も話さないで、私が一方的に思う関係に戻るんだろうな。
本当はずっと側にいたいけど、そんな事叶うわけないんだから、
女の子除けでもなんでもいい。
君の隣にいたいよ。


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