9.それでも幸せだったよ






この間呼び出された校舎裏。
今度は1対1で、いい加減終わらせようと思う。

「先輩、今日は来ていただいてありがとうございました」

実はあの呼びたしの後にも数回、下駄箱の中に嫌がらせラブレター(仮)、まぁ呪いのラブレターとも言われる所謂「別れろ」と書かれた紙と丁寧に剃刀の刃まで付けられた手紙が入っていたり、その後水をかけられたり(体育終わりだったから劉くんには水浴びをして遊んだで済ませた)正直少し、いやかなりムカついた。

なにより、それが私の大好きな氷室くん関係で行われてたことが気に食わない。
百歩譲って私に対する個人的な恨みだったらいいんだけど、氷室くんと別れて欲しいからといって嫌がらせをして、氷室くんを穢されてしまうのが堪らなく嫌だった。

「なぁに?氷室君と別れる気にでもなったわけ?」

「え、と、とりあえず嫌がらせを止めていただきたくて。」

「、気に食わない子ね。どうしてそこまでして氷室君と別れようと思わないの!?どうせ氷室君にとっても貴女なんてただのお飾りだとしか思われてないんでしょ!?」

...その通りなのかもしれない。
けど私はお飾り同然だ、それでも氷室くんの隣にいたいと思ったのは私だ。

だから別に多少の嫌がらせだって全然我慢できた。


けど氷室くんは優しいから、もし私の事が要らなくなっても私を隣に置いといてくれるだろうから、私からこの関係を辞めなくちゃいけないんだよね?

だから少なくとも最後に決着をつけようと思ってここに先輩を呼んだし、私もけじめをつけようと思った。

「先輩、もし私が氷室くんと別れたら、氷室くんに以前のように会いに行きますか?」

「当たり前じゃない!」

「じゃあ別れてあげません」

「はぁ!?」

先輩を出来るだけ怒らせるんだ。
そりゃあ怖いけど、それでも感情が高ぶってくれた方が交渉もしやすい。
私、あんまり頭とか良くないから、取り敢えずニセモノ彼女の役割を果たして、この関係を辞めようと思ってさ。


「先輩に、氷室くんに近づかないで下さい、とかそんな事はいいません。」

ー私には言う権利もないんだもの。

「けど、氷室くんのことを好きならば、氷室くんのことも考えてあげてください。氷室くんはバスケが1番なんです。だからその時間を邪魔しないであげてほしいんです。」

「私がいつ邪魔したっていうのよ!そういう貴女の方が邪魔だったんじゃないの!?」


...ここで怯んでたらいつまで経ってもこの先輩が氷室くんにまとわりつくのを止めないのだろう。
だったら...

「少なくとも先輩よりは邪魔になっていません」

「なにそれ!?」

叩かれるんだろうなぁ、痛いのやだなぁ、なんて思ってる内に右の頬に衝撃が走った。

...痛い。痛いのはこれだけで終わらしたいのだけれど...

「氷室くんが好きなら、もっと氷室くんを見てあげて下さい。彼だって人なんです。ずっと笑ってたら疲れちゃう、休みたい時だってあるんですよ。」

氷室くんはみんなが思った以上に完璧な人なんかじゃないんだ。
朝、ちょっと眠そうにしてるときだってあれば、メールで眠かったんだろうって分かるくらいの誤字。
教科書を忘れる日だってあるし、疲れたって表情してる時だって皆に気づかせないだけであるんだよ。

「...その休みたい時っていうのを私が潰してるって言いたいの?」

「そうです」

「...っ!?」

「だからもうちょっと氷室くんの事見て、好きなんだったらわかってあげて下さいませんか?」


先輩は何も言ってこないで下を向いている。
...分かってくれたかな?
安心してホット溜息をつこうとした、
んだけれどそれは目の前の先輩の行動によって出来なかった。

「...っ!」

あろうことか先輩は、私の腕目掛けて木の枝で殴ってきたのだ。
せめて枝だったら女の子らしく細いのでやってくれたらまだ良かったのに、校舎裏、という木が沢山あるところで話し合いをしてしまったため幹ほどではないが太い枝で力一杯殴られてしまったのだ。

まさかここまでバイオレンスな事をされると予想してなかった私の顔面はきっと真っ青だ。
もうなんか、何言っても聞いてくれなさそうな勢いだ。


ニセモノだと知ってて、何も言わないで氷室くんの隣にいて。
たくさん泣いたよ。
それでも幸せだったんだよ。

だから、氷室くんに恩返しがしたくてこの先輩を呼びたしたのに、やっぱり君に迷惑かけちゃったんだね。

「何してんだ!!」

まさか氷室くんが来てくれるとは思ってなかったな。

ごめんね、最後まで迷惑かけちゃって。最後くらいカッコつけて終わりたかったのになぁ。

「氷室君は本当はこんな子のこと好きじゃないんでしょ!?仕方なく一緒にいてあげただけなんでしょう!?」

「何言ってんだよ!俺は!」

氷室くんが先輩の事を殴ろうとばかりに睨みつける。

「氷室くん、先輩、怖がっちゃってるから。」

「けど、その腕...!」

「だいじょーぶだよ?」

ね?と私は笑う。
ダメだよ、私は君に笑ってて欲しかったのにそんなに怒らないでよ。

「...もう、何処かに行ってくれないか。」

氷室くんが先輩の方を向かないまま低い声で言う。
先輩は木を離し、やっと我に返ったようで私にした事に気づき顔が真っ青になっていった。

「ぁ...私っ...!」

「先輩、私が言ったことが分かってくださればそれで良いですから。私は大丈夫ですから」

流石に、微笑むことはできなかったけど、我に返った先輩に向けてできるだけ落ち着かせるように言う。

先輩はそのまま走って去ってしまった。

「....し..だ..」

「氷室くん?」

「どうして、こんな大事なこと言わなかったんだ!」

氷室くんの怒った顔、初めて見たなぁ

「もしもあの木が頭に当たってたら大変だったんだぞ!?」

「うん、そうだね。ごめんなさい」

氷室くんも自分の事で怪我をする人が出るのは流石に嫌だろう。
そう思って素直に謝る。

「...どうして、名字さんはそんなに...」

「え?」

あまりにも氷室くんが弱々しく私の腕を掴んで言うものだから聞き取れなかった。

「...いいや、取り敢えず保健室にいこうか」

いつもの、までとは言わないが優しく笑って氷室くんは私の怪我をしてない方の腕を掴んで立ち上がった。













保健室に行く道中、氷室くんはポツリと呟いた。

「劉と福井先輩に、今名字さんがあの先輩といるって聞いたんだ。
この間、あの先輩たちに呼び出されたっていうのも聞いたよ。」

あー、やっぱり福井さん言っちゃったか。
福井さんにも劉くんにも、そしてなにより氷室くんに申し訳ないことをした。
結局私は、色んな人に迷惑をかけてしまったんだ。

そして突然立ち止まった氷室くん。

「氷室くん、ご「ごめん。」え?」

私がごめんと言おうとしたら、先に氷室くんに言われてしまった。
どうして、氷室くんは悪くないのに。
本当に悪いのは全部分かってなお、黙って君の隣にいた私なんだよ?

「気づいてあげられなくてごめん。名字さんがこうなってしまうかもって分かってたのに助けてあげられなくて、ごめん。」

氷室くんはやっぱり優しい。
どうして私の周りにはこんなに優しい人が多いのだろう。

「ううん、1番ズルいのは私なの。結局みんなに迷惑かけて馬鹿みたい。私が欲張るから、だから駄目だったの、本当にごめんなさい。」

黙ってて、気づかないフリをしててごめんなさい。






あれから会話はなくて、2人ともなにも言わないまま氷室くんが私のほっぺと腕を治療してくれている。

私がずっと考えてたのとは違うけど、結果は同じになった。

だからあとは私が君を解放してあげるだけ、なんだよね?



ごめんね、好きになっちゃって。
けど私は君を好きになれて、どんな形であろうと君の隣にいることができて、君の物語に登場できて私は幸せだったよ。

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