小説 | ナノ
 I love...?


明治東京恋伽













「好きってどんな気持ち?」













紅葉先生とお茶をしにきたのに、先生がいないの。

そう言って迷惑にも僕の部屋に入ってきたナマエは突飛な事を言い出した。

「何?急に。」

「んー、わたし”好き”って分からないから、鏡花ちゃんなら知ってるかなって」

どうしてナマエがそんな事を考えたのか、だからってどうして”ナマエダイスキ人間”の所にいかずに僕の所に来たのかなんて僕には分かるわけがない。

「...川上のやつに何か言われたの?」

”ナマエダイスキ人間”の川上。
女装して芸者やってる癖に女であるナマエの事が大好きな変なやつ。

「うーん。あのね、好きだから辛いって言われたの。」



「...ナマエ、お前はさ俺にとっての毒なんだよね」

「毒、どうして?じゃあわたしは音次郎の近くにいちゃ駄目なの?」

「近くにいると苦しい、けどお前が遠くにいるのは耐えられねぇんだ」

「...?」

「けどお前が芸者である限り駄目、だからさ」

「だめ?」

「好き、なんだよ。ナマエのことが。」



ほんのり火照った頬が音次郎が酔ってる、ということをわたしに伝えた。

昨日の音次郎は悩ましげに、辛そうに、切なそうな瞳でわたしにそう語りかけた。

音次郎が何を伝えたかったのか分かりたい。
けど”好き”がどうして辛いのか分からない。
遠くにいても近くにいても苦しいってどうして?
遠くにいたら寂しいけど、
近くにいたら幸せじゃあないの?


「ナマエは川上のことどう思うの」

「音次郎は好きだよ」

音次郎は好き、優しいし安心する。
芸者やってる時も、役者やってる時も全部好き。

だけど分からない。

「好きだけど、音次郎の苦しいのを理解してあげられない。それが、さびしい。」

分かってあげたい。けどさくや音次郎の瞳が頭から離れない。

わたしの好きと音次郎の好きは違うの?
わたしは間違ってるの?

「あいつがバカなだけだよ。」

「?」

「気になるんだったらあいつに聞いてみた方が早いんじゃない?」

「...えぇ、鏡花ちゃんは答えてくれないの?」

「めんどくさい。僕はナマエとかあのバカに構ってる暇ないんだよ」



だから今日は帰ったら?

そう言われて追い出されてしまったので仕方なく置屋に帰る。


「ナマエ?帰ったのか?」

「おとじろう...」

「ん?どうした?」

「音次郎は今、苦しい?」

「苦しく?ねぇけど」

「ほんと?」

「...あ」


昨夜のことを思い出したのであろう音次郎が珍しくあからさまに困惑する。

「あの、な。俺さ」

「まってまって、やっぱり何にも言わないで。」

こわい、音次郎に捨てられるのが、音次郎から離れるのが。

「やだやだ、嫌いにならないで。」

「は?ナマエ...」

これ以上音次郎を困らせたくない。だけど嫌いだ、と言われてしまうのはもっと嫌なんだ。

「わたしは、音次郎と一緒にいたいの」

「ちょっと待て!俺の話をちゃんと聞けって!」

わたしの肩をがっと掴んでわたしが逸らした目を自分の方に向かせた。

「昨日のは、ナマエを困らせた。わりぃ。
けど俺はナマエが好きだ。だから芸者やらせて他のやつにナマエが酒をついでるの見るのも嫌だし、それがナマエを困らせるって分かってても俺だけに笑ってて欲しいって、思う。」

ごめんな、こんなこと言って。


そう言う音次郎は切なげに瞳を揺らしていて、

「音次郎、わたしは貴方が好きなんだけど、音次郎の好きが分からないの。けどね、音次郎とはずっと一緒にいたいって思うし、音次郎は、わたしの特別なの。」

ーだからね、これからもっと”好き”を教えて?

「もちろんだ。」



生まれてこのかた19年、芸者生まれのわたしに恋だの愛だのはよく分からない。
けど、貴方の事は好きだし特別だから、これから教えてね。


I love...?



特に鏡花ちゃん誰これ状態

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