*星に願いを
このプロジェクトを受けてから、少し見える世界が変わった気がする。
仕事と仕事の間の隙間時間、次の仕事先が近場だったら自分の足で動く事もそう少ないことではない。芸歴もそこそこ、元国民的アイドルユニットの一員。ありがたいことにVAZZYの中でも比較的多忙な孝明はこの短い移動の時間は案外好きだった。元々一人であれこれするのは嫌いでは無かったし、それに今の彼にとって少し前までは何の気も留めなかったものがそうではなくなっている。

かちっとした黒のライダースジャケットは一紗に似合いそうだ、とか。
新学期に向けて所狭しと陳列された手帳や筆記類を見れば、真面目な性格がよく表れた優馬がメモを取る為にボールペンを消費していたのを思い出す。
柔らかな淡い紫のストールは凰香っぽいし、フロアの一角に並べられたガチャガチャのラインナップの一部が直助がやっていたゲームのキャラクターだとか、料理教室の近くを通ればそういえば二葉が昨日のスープの余りがまだ鍋の中にあるとか言ってたな、とか。

世界が変われば見える物も変わって来る。あの日、あの時変化を恐れていた自分に胸を張って言ってやりたい。
変わるのも案外悪くないものだ、と。
鼻歌交じりの彼の足取りは軽やかだ。と、その軽やかな足取りがぴたりと止まる。文具店の一角に特設コーナーとして場所を取られていたのは、ミニチュアの世界だった。孝明の親指の先程度しか大きさが無いそれは、しかし本物と見間違えるほど精巧に出来ている。よく出来たもんだ、と感心する彼の脳裏に、家族に等しき仲間たちと同じように一人の少女の姿が浮かんだ。彼女が、好きそうな世界だ、と。

彼女は自分をクリエイター、と呼んだ。
物を作る事が好きだと。それが、たった唯一の生きがいなのだと。それがたった唯一、自分に価値を与えてくれるものなのだと。物を作らなくなった自分は、今でさえその辺に落ちている石ころと変わりないのにもっと価値が無くなってしまう。薄ら積もる埃と同じレベルに格下げだ、とも。
自己肯定が苦手だとはいえあんまりな評価だが、しかしそれでも彼女の熱意は本物だった。自分の頭に描いた通りのものが出来上がった時の達成感と喜びは、何にも代えられないと噛み締める彼女が、孝明は羨ましかった。一途に、一心に、物を作る事へ情熱を捧げる彼女は、眩しくて尊いもののように見えた。

彼女は自分が羨ましいと言う。生来器用で大体の事を熟せる自分が羨ましいと。
だからきっと彼女は微塵にも思っていないのだろう。孝明もその情熱を燃やせるものを持っている彼女が羨ましいと。

仕事を一通り終えて事務所に戻って来た孝明の手には荷物が増えていた。仕事先で誕生日だからと贈られた品々の数々である。次の仕事の台本を貰った彼は早急に今日のメインイベントの為に帰寮しようと思ったのだが、その足はエントランスに遠回りになる道を選んでいた。時刻はもう単針が9を指している。こんな時間に居るわけがないと思いながらも、もう通いなれた角を曲がった。

「……もう9時近いのに何でいるのかなあ、飛鳥ちゃん」
「ヒエッ!?!?ななな、っいやそれは私の台詞ですけど!?」

面白い程に分かり安く飛び上がった彼女は眞宮さん、と何時もどおり、伺うように自分を見上げた。
タレントの孝明と庶務の飛鳥。殆ど接点がない筈の二人が接点を持った場所。何となく、此処でだけの邂逅が増えた、形容しがたい関係の二人。

「急いで寮に帰られた方がいいんじゃないですか、だって今日、お誕生日でしょう」
「あ、やっぱ知っててくれたんだ。嬉しいなあ」
「推しの誕生日を把握しないオタ……ファンは居ませんよ」
「で。飛鳥ちゃんはこんな時間まで何で事務所に居るのかな」

言い逃れをしようとする飛鳥ににっこりと圧を掛ければ案の定、終わらなかった仕事を片付けていたらこんな時間だったらしい。自分をとことんなまでに卑下する飛鳥だが、根は善良で真面目で責任感も強い。だからこそこんな風に真面目が過ぎて裏目に出てしまうのは、孝明ももう知るところだ。もう帰るところだったのがまだ救いと言えよう。

「あんまり根を詰めすぎないように。仕事中とはいえ息抜き出来る時にしないとしんどいだけだからな?」
「う……だ、大丈夫ですよ!自分の身体の限界くらい自分で分かって、」
「飛鳥ちゃんの場合自分の身体の限界寸前まで自分を追い込むからなあ。思ってる以上に危なっかしいって分かったし」

言い逃れできずに窘められ唸りながら肩を落とす飛鳥に真面目なのはいいことだよ、と頭を軽く撫でた孝明はエントランスまで一緒に行くことを提案する。手持ちの缶の中身はもう空っぽで、ここを去る以外選択肢はなかった飛鳥は躊躇いながらも首を縦に振る。足元に置きっぱなしの鞄をじっと見てから立ち上がった彼女はお待たせしました、と孝明の少し後ろに着いた。隣歩いても此処ならまだ大丈夫なのに、そういう所が本当に真面目で何も言わずとも気配り上手だなあとしみじみと思う。その位置なら例え「何か」があったとしても、タレントとマネージャー或いは連れ添いの職員に見えるだろう。

「なあ、飛鳥ちゃん。お兄さん一つ、自惚れたこと言っていい?」
「う、うぬ……?何でしょう」
「もしかして、鞄の中に俺宛の何かが入ってたりしない?」
「……眞宮さんってエスパーです?」
「残念ながらエスパーじゃないなあ」

そんな素振りは一瞬も見せたつもりがないのにさらっと言い当ててくる孝明に思わず足が止まる。必要最低限の灯りしか点いていない薄暗い廊下で眞宮はゆっくりと口角を上げた。

「目の前に宛先が居るのにくれないの?」
「……本当に、狡い人だなあ……」
「褒め言葉として受け取っておくよ」

狡い大人だ。同じ大人なのに、どうしてこんなにも狡くて、格好良くて、魅力的なのか。細められた目元に、胸がときめく。飛鳥がこうでも言わないと何だかんだと言い訳して渡そうとしないと分かってたから促すような口ぶりをしたのだ。きっと普段の彼なら促すような事はしないだろうに。他者の事なら兎も角、自分の誕生日プレゼントなら尚の事。狡い人。狡くて、世界一格好良くて、素敵な人。
鞄の中から取り出されたのは大きめの紙袋だった。一日中入れていたのか、きっと綺麗に包装されていたのだろう紙袋は彼方此方が少し折れたり、寄れたりしてしまっている。

「あの、これ」
「常套句は言ってくれないの?お決まりの言葉」
「……お誕生日、おめでとうございます。眞宮、さん」
「……ありがとう、飛鳥ちゃん。大切にするよ」

じんわりと広がる今日何度目かの生誕を祝う言葉に、眞宮はゆるりとかんばせを浮かべる。
ねえ、飛鳥ちゃん。俺は思ってた以上に、君の「誕生日おめでとう」を楽しみにしていたみたいだ。


***
「眞宮さーん!次のカット、そろそろ準備お願いしまーす!」
「はーい。今向かいます」

孝明がパタンと閉じた台本から何かが揺れる。その小さな輝きを視界の端で拾った共演している歩は疑問符を浮かべて「それ」を覗き込んだ。猫のフレームに、宇宙や銀河といった輝きを流し込んだような美しい色のそれにブックマーカーのチャームだよ、とジャケットを着こんだ孝明は笑った。

「随分と可愛らしいものをお持ちなんですね。意外です」
「んー、まあそれ、貰い物でお守りみたいなもんだから。じゃ、行ってくる」
「お守り……?」

歩の再びの疑問符に応える事無く孝明は椅子を蹴って立ち上がった。
それは飛鳥からの贈り物の中に入っていたもの。きっと恐らく、飛鳥の手作りであろうもの。飛鳥の熱意の結晶とも言えるそれを、寮の部屋で燻ぶらせたくなくて台本のしおり用として持ち歩いている。

お守りに掛ける願いは、彼女との薄らとした何時切れてもおかしく無い繋がりが消えない事――なんて願い事は、彼だけが知る事である。だって願いは、口にしたら叶わないって言うだろ?
_2/4
PREV NOVEL NEXT
[ back / TOP ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -