20、「贅沢な心」は、悪い事?
「ここがシャイコス遺跡よ」

アスピオを出て青々と生い茂る草原を東に進んだ先。険しい岩山の麓にシャイコス遺跡はあった。
切り取った石積みの建造物に昏々と湧き出る流水は太陽の光を受けてきらきらと輝いている。確かに荘厳な雰囲気、神聖な空気が満ち満ちているようにも思えるが、彼らが求めるのはその荘厳、神聖さとは真逆の盗人一味である。人間の何十倍も鼻が利くラピードがその鼻先を向けた石畳には足跡が点々と付いている。目を凝らしたカロルが足跡が新しいと声を張る。数も多い。足跡の正体は盗賊一味か騎士団かその両方か、という所で先行するリタから声が掛かる。

「ほら、こっち。早く来て」
「モルディオさんは暗がりに連れ込んでオレ達を始末するつもりだな」
「始末……ね。その方があたし好みだったかも」

腕を組んで口角を上げる天才魔導士にカロルとエステルの抗議が入る。
無駄話に付き合ってられないとばかりにその周辺を探索していたルナは首を傾げた。シャイコス遺跡は屋根があるような建築物は無く、視界を遮るものはほぼ何もない。序にお天道様は真上で燦燦と輝いている。暗がりもそう多くなく、大人数が隠れられるような場所があるようには思えない。……ということは、だ。

「リタ、って言ったっけ。この遺跡、隠し通路とかない訳?」
「……ここ最近になって地下への入り口が見つかったわ。ただ、それはまだ一部の魔導士にしか伝わってない筈なのに……」
「それをオレらに教えていいのかよ」
「しょうがないでしょ。身の潔白を証明する為だから」
「身の潔白ねえ……」
「ユーリは逐一突っかからないで、しつこい」

疑う気持ちは分かるが彼女の言動一つ一つに疑ってかかられては進む会話も進まない。じろりと睨みつければ青年は肩を竦めた。隣でラピードがくーん、と鳴く。
リタが指さした石像の下が地下への入り口らしい。カロルが押してもびくともしないそれを男二人がかりで何とかこじ開けるのを見ているとびゅお、と前髪を巻き上げるように空気が噴出した。……風が通っている、地下へと続く道だ。石像で道を塞ぐのはザーフィアス城で既視感があったが、向こうは梯子で此方は階段。それをゆっくり降りた先には想像以上に広い遺跡が広がっていた。エメラルドの瞳を丸々とさせるエステリーゼに滑る箇所を指差して注意を促したと同時に、彼女の興味はリタに切り替わる。

「リタはいつも、一人でこの遺跡の調査に来るんです?」
「そうよ」
「罠とか魔物とか、危険なんじゃありません?」
「何かを得る為にリスクがあるなんて当たり前じゃない。その結果、何かを傷付けてもあたしはそれを受け入れる」

傷付くのが自分自身でも、目の前の自分と同い年かそれよりも幼くさえ見える少女は何の躊躇いもなく頷く。
エステリーゼは気付いているのだろうか。もう既に、「何かを得るためには相応のリスクが伴う」現実に何回も直面している事を。ザーフィアス城で身軽なユーリが連れを増やして見つかるリスクを重ねた事。デイドン砦で少女が大切にする縫いぐるみを拾い上げる為にボアの群れと閉まる砦の大扉、滑りこめなければ死待ったなしの状況下であった事、ハルルの街で貴重なルルリエの花弁を消費して作ったパナシーアボトルを使って大樹の復活に賭けた事――。まあ身体を張っているのは貧乏くじを引きがちらしいユーリの方なのだが。
帝都の城の中、自由はなくとも貧窮を知らず、危険を知らず、望めば自由以外は大抵のものが手に入って来ただろう彼女には危険やリスクを冒してまで望むものを手に入れる感覚が分からないらしい。でなければリタに質問を重ねないだろう。……ルナには分かる。ルナは、自分の人生全てを賭けて今此処に居る。少なくとも10年近くの年月は、ルナの果たすべき、果たさなければこの胸の内に燻ぶる炎を消す事は出来ないそれの為に、全てを賭けてきた。

「何も傷つけずに望みを叶えようなんて悩み、心が贅沢だから出来るのよ」

リタはそう告げ一瞥すると慣れた足取りで遺跡の奥へと進んでいく。その少し後ろをルナも迷いのない足取りで付いていく。遅れて続くカロルも、エステルと一言二言交わして背を向けたユーリとラピードも、直ぐそこに居るはずなのに何故か、自分だけがそこに取り残された様に、エステリーゼには彼らの背中が遠く感じた。
prev * 20/72 * next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -