17、花咲かせ、ハルルの樹
それは神聖なる儀式のようであった。
途中ご苦労な事にクオイの森にまで追いかけてきた騎士様一行を足止めする為に工作活動をし、お尋ね者という身分がカロルにバレて質問攻めにされる、という事がありつつも無事にハルルの街に帰還したユーリ達は早速道具屋でパナシーアボトルを合成して貰い、街の守り神も同然の大樹の前に代表としてカロルがその貴重な一本を手に立っている。周囲には樹を復活させるという噂でも聞いたのか、街の住民が野次馬の如く集まっていた。いつまた魔物に脅かされるか分からない状況の中、藁にも縋りたい思いなのだろう。
カロルが緊張した面持ちでボトルの括れた先の蓋を開ける。貴重な一本分の薬を注ぐのは一番地面の汚染が色濃い場所だ。そこさえ浄化出来れば後はハルルの樹の自浄作用でどうにか出来る、はずだ。ゆっくりと傾けられたボトルから透明な液体が地面に注がれる、と同時にそれに呼応するようにハルルの樹の萎れた花弁たちが光を放ち始める。わあ、と歓声が沸いた。樹が、とぽつりと零したエステルの横で町長が祈りを捧げるように呟く。

「お願いします。結界よ、ハルルの樹よ、蘇ってくだされ……」

しかし願いは届かない、と言わんばかりに灯った筈の光は程なくして弱まり、今にも消えそうになってしまう。狼狽えるカロル、項垂れる町長や街の住民たち。

「もう一度、パナシーアボトルを!」
「それは無理です。もうルルリエの花弁は残っていません……」
「ほかの街に調達するにしても、その間にハルルの街は警備がほぼ無しも同然。ハルルの樹はどんどん毒にやられていく。……万事休す、ね」
「そんな、そんなのって……」

エステルの純粋無垢な瞳が悲しみと痛みに彩られる。険しい表情でハルルの樹を見上げるユーリとやるせなさそうに視線を逸らすルナの前で彼女は閉じた瞼を開き、青年と同じように樹を見上げると胸の前で指を組む。再度閉じられた瞼と同時に、ふわりとエアルの光が彼女を包み込んだ。

「エステリーゼ……?」
「お願い」

唐突なエアルの流れに訝し気な視線を向けるルナを遮るようにそう呟くと彼女を取り巻くエアルの量が爆発的に膨らむ。それはエステルだけでなくハルルの樹にも纏わりつくように包み込み、白の光を放ち始めた。彼女が組み上げている術式は間違いなく治癒術のそれだが、それにしたって樹に直接作用させるなんて聞いたことも見た事もましてや読んだことも無い。彼女が今為そうとしている事は、未知の世界にあるものだ。ぞわりとルナの腕に鳥肌が立つ。

「――咲いて」

そして本当に、彼女はそれを成し遂げてしまった。
白い治癒の光が完全にハルルの樹を包み込む、一際強く桃色の光を放ったハルルの樹を構成する三種類の花弁が輝き、先ず力なく下を向いていた枝がぐっと上を向いた。心なしか伸びて見える。そしてくすんでいた花びらがあっという間に鮮やかな色に再度色付き、萎れていたそれは瑞々しく花開く。正しく、ハルルの樹の復活。そして融合先の樹が復活した事により機能を取り戻したらしい結界魔導器も、機能が正しく機能している証拠である三つの輪と紋章を樹の天辺より少し上に具現させ、そこから町全体を覆うように幕が降りた。つまりは、結界も復活したという事。

「す、すごい……」
「こんなことが……」

ハルルの樹の復活と共に包んでいたあの光は飛散し花びらと共に彼らの下に舞い降りる。信じられないと言わんばかりの街の人々の中で、力を使い果たしたエステルはそのまま膝から崩れ落ちた。エステリーゼ、と咄嗟に膝を折ったルナが背中を擦る。

「わ、わたし、今なにを……?」
「……すげえな。エステル、立てるか?」

まだ荒い息を繰り返すエステル。その隣で美味しい所は持っていかれたものの大役を果たしきったカロルが青年の名前を呼び手を上げる。に、と笑ってハイタッチをした男二人を横目にルナがはい、と手を差し伸べた。ゆっくりと彼女の海色の瞳を見上げて、躊躇したように手を伸ばした少女はその手に己の手を重ね合わせた。ぱちん、という音。差し伸べられた手に向かって上から下へと手を合わせる何とも奇妙なハイタッチではあるが、それを予想外だったらしいルナは目を見開いたものの咎める事無く、その手を握って立ち上がらせた。

「フレンの奴、戻ってきたら花が咲いててびっくりだろうな。……ざまあみろ」
「ユーリとフレンって不思議な関係ですよね。友達じゃないんですか?」
「ただの昔馴染みってだけだよ」
「男同士の友情なんて女の私達には分からないわよ。エステリーゼ、体調は?必要なら治癒術掛けるけど」
「だ、だいじょうぶです。ちょっと頭がぼうっとしますけど、歩けないわけでは無いので……お気遣いありがとうございます、ルナさん」
「……さんはもういい」
「え?」

不思議そうな顔でエステリーゼが自分よりほんの少しだけ高い場所にあるルナの顔を見上げる。夜の帳が下りているからして、表情をはっきり判別する事は出来なかったが、ハルルの花が未だに仄かに灯の役割を担ってくれているお陰でぱちりと視線が合った時の反応だけは見る事が出来た。……一瞬瞬きをして、ふいと視線を外す姿を、エステリーゼは確かに、見た。

「だから、呼び捨てで良いって言ってんの」
「……ふふ」
「何」
「いいえ、何でも。じゃあ、これからはルナ、って呼びますね」
「――、……どっちにしろ、あんな馬鹿みたいな規模の治癒術使ったんだから一回休んだ方がいいんじゃないの」
「……そうもいかないみたいだぜ、お二人さん」

ラピードが見据える先を見ていたユーリに合わせるように全員が同じ場所を見る。そしてエステルとルナの二人が表情を強張らせた。極彩色の二刀の男と長いフードローブにマスクの男。ザーフィアス城で襲い掛かって来た奴らである。おちおちゆっくりしてられねーのな、と肩を竦めたユーリに苦い顔で同意した女二人は全く話についていけていないカロルを引き連れハルルの街を後にする準備を始めたのだった。
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