9、帝都との別れ
走る、走る、走る――!
相変わらず蒸し暑い下町の急勾配の坂を駆け下りる。上って来る下町の住民の勢いに逆らっているものだから足は取られるし次々に身体はぶつかるし、唯一の住民であるユーリは地図を持たされたり金を握らされたりでさっきから感謝したり怒鳴ったりで忙しい。何故こんなことになったかと言うと、数刻前に遡る。
秘密の地下道から抜け出した直後に襲い掛かって来た騎士団の三人、ボッコスとルブラン、アデコールと言ったか。それを道端に転がっていた石を投げつけてのした直後逃亡、下町に逃げてきたのだが。水は引いたものの完全に停止してしまった水道魔導器の前で下町を統括しているというハンクス、とユーリが呼んでいた老人と話をして、三人の方向は完全に決まった。

ユーリは水道魔導器の魔核を探すべくアスピオの街へ。
エステリーゼはフレンを追いかけて花の街ハルルへ。
ルナは生まれ故郷のダングレストに帰るべく港町のカプワ・ノールへ。

取り合えず帝都を出て北上するのは同じだ。恐らくハルルの街が分岐点となるだろう。ルナはそのまま北上、ユーリは西側へ。そこまでは一緒に行くという事で、と話が纏まりかけた時に、のした騎士の一人が大声で青年の名前を叫んで、今に至るというわけで。

「あれ大丈夫なの」
「下町の人間はお偉いさんに虐げられても尚最下層にしがみついて生きてきた人間だからな。早々簡単にへこたれねえし騎士様も余程の事が無い限り手上げたりしないだろ。……しゃーねえ、貰ってくか」

と、耳に届くはがっしゃがっしゃという耳障りな、城の中で何度も聞いた金属同士が交わる耳障りな音と、ええい待て、なんて大声。足止めしていた下町の人間の包囲網から抜け出してきた騎士様だ。どうする――ちらりと出口に目を向けた刹那、大きな金属音と何だという間抜けな声が聞こえて振り向けば、そこには一匹の犬。キセルを咥え、首輪に小刀を吊った青い毛皮に身を包み、片目に傷を負ったしなやかな体躯の大型犬が一匹、そこには居た。犬?と驚くエステリーゼの隣でルナも目を見張る。
しかしユーリは大した動揺も見せず、狙ってただろと話しかけた。どうやら彼の飼い犬らしい。

「じゃ、まずは北のデイドン砦だな」
「えっ?あ、はいっ!」
「どこまで一緒かわかんねえけど ま、よろしくな、エステルにルナ」
「地理的に考えてハルルまでとは思うけど。どーぞ宜しく」
「はい……え?あれ?……エス……テル?エステル、エステル……」

エステリーゼの略称らしいそれを繰り返した桃色の君が嬉しそうに声を弾ませた。エステル……確かに言いやすい略称ではあるが、まだ拭えない不信感のまま彼女をそう呼ぶ気持ちにはならなかった。当分はエステリーゼ呼びのままだな、と結論付けて、帝都をじっと眺める二人を促す。

「ほら、騎士団の追手が来る前に行くわよ」
「あいよ。しばらく留守にするぜ」
「行ってきます」
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