Re:start 1

暑い夏の過ぎ去った秋の中頃、両親の命日を一月か二月程過ぎた日の話だ。ジンとユウヤは墓参りに来ていた。世界の命運を賭けての激闘が終われば、二人で墓参りに行こうと約束していたのだ。
執事に頼らず電車を使っての初めての二人旅だ。最寄の駅からミソラ霊園まではかなり遠いがジンはユウヤのことを思い、混雑する時間や車両を避け各駅に停車するものを選んだ。
二人以外の乗客は長年連れ添っただろう老夫婦と、幼い二人の兄弟がいた。向かい側に座っていた兄弟は座席から飛び降り、ジン達に近付いてくる。二人を挟むようにちょこんと座り、弟が黙って折り畳まれた紙と短い鉛筆を差し出す。裏には手書きの地図が書かれていた。
恥ずかしがり屋な弟に代わり、兄がサインください! と元気よく言った。
まさかこんな所でサインをねだられるとは思ってもいなかったが、二人のキラキラと輝いた目には勝てない。電車が停まった間に窓に紙を押し当て、素早くサイン(と言っても普通に名前を書くだけだが)を書いた。
嬉しくて飛び跳ねる兄と弟の姿が微笑ましく、老婦人は控えめに口に手を当て、老人と一緒に笑みを浮かべている。この紙は二人の一生の宝物になるだろう。

次の駅で老夫婦が、その次の駅で兄弟が降りた。この駅で電車を乗り換えられるが、向かいの電車は帰宅途中の会社員や学生で溢れかえっている。このままゆっくりと、ここにいることにした。


◇◆◇◆◇◆


日が暮れ始めた頃に二人は目的の駅に着いた。途中にある花屋で花を買い、霊園の方に足を向ける。
まずはたくさんの墓石の並ぶ共同墓地には行かず、小高い丘を登る。不思議に思ったユウヤだったが、ジンが行くので後を追いかける。ジンは街を見渡せる丘の上に一つひっそりとある、新しい墓の前で足を止めた。
風が訪れる者を出迎えるように優しく吹き、ユウヤの伸びかけの髪を揺らす。
その墓石は決して豪華ではなく、どちらかといえば質素なものだったが、広い丘の緑に白い色が映えている。刻まれている名前は「海道義光」、ジンの義理の祖父だ。
そこに花を置き、ジンは生前の彼を前にしたかのようにひざまずいた。
「海道先生の……お墓?」
「……少し前に亡くなったんだ」
気付かないうちに彼は何者かに殺害されていた。その犯人が営んでいた喫茶店の地下の、そのまた奥深くに遺体は埋められていた。「日本の黒幕」と呼ばれる男が暗殺されたのだ、混乱を防ぐために死因は公表されなかった。

――おじい様は、三度死んだ。
一度目は世界の変革を望む男に撃たれて死んだ。二度目、そして三度目は自らの手によって「死んだ」のだ。
彼は両親を失った自分を引き取って育ててくれた。期待に応えるように、恥をかかせないために何事も頑張った。LBXや他の技術を間違った方向に使っていることに気付き、彼を裏切った。そして最後には自らの手で二度も彼の「偽り」の時を止めた。
彼が崩れ落ちる前に発した言葉は、成長するにつれて言わなくなっていった、自分を呼ぶ声だった。感情を持たないアンドロイドの口から発せられた機械の声。それに惑わされることもなくその場を去った。
脳の代わりに埋め込まれていたコンピューターはショートして火花を散らし、まるで体全体のネジが外れたかのように最期を迎えた。
直接手を下した訳ではないが、これも弑逆だと言えるのだろうか。

生前は多くの人々に囲まれていた祖父だ。中には少なからず彼を憎んでいた者もいただろう。その一人に殺されたのだが、殺した本人も償うように地獄の業火の中で頓死した。
運命とは皮肉なものだ。彼一人がいなくなったからといって世界は変わるものではない。世界に何人といる支配者全てがいなくなれば何か変わるかもしれないのだが。
輝かしい功績を残し、充実した人生を送っていた彼も最期は悲惨だった。命を奪われた後もアンドロイドと成り代わり、生きているかのように操られた。
だから、せめて眠るときくらいは安らかにと静かな場所を選んだ。

「おじい様の罪は許せないが……僕はあの人を尊敬していた」
ジンはそう言って最大の敬意を表し、二人は黙祷を始めた。


◇◆◇◆◇◆


二人は静かな丘から事故の犠牲者を祀る石碑の前に下り立った。
石碑の前には一人の男が立っていた。燃え盛る炎のように赤く長い髪をした男だ。この男は妻と娘を亡くしたと言う。
隣に立ち、ジンは男に挨拶をする。ジンの知り合いだそうなのでユウヤもぺこりと頭を下げた。
そして石碑に刻まれた犠牲者の中からユウヤの両親の名前を探し出す。指差した先にある二つの名前を見てユウヤの顔はさらに蒼白になった。両親の死は聞かされたが、形として刻まれたものを見て本当にそれを実感したからだ。


ユウヤが落ち着いたのを確認してから、ジンはユウヤを連れて両親の墓へと向かった。
あれから一度も行けなかったため、墓石は忘れ去られたように色褪せているのかもしれない。それを見知らぬ誰かがかわいそうに思って花を挿したとしても、もう枯れ始めている頃だろう。なるべく早く行って謝ろう、そう思った。
草を掻き分けながら通りゆくも、どの墓石も綺麗に磨かれ新しい花や供え物が置いてあった。両親の眠る墓はどれだけ探し回っても見付からない。墓自体作られなかったのだろうか。
「こっちだ」
ジンに手を引かれ、一つの墓石前に辿り着く。間違いない。ユウヤの両親のものだ。
他のものと比べても遜色なく、いや、他以上に丁寧に手入れが行き届いていた。さらには新しい花までもがあった。
「あれ……?」


――九年間も監禁され、解放された後も入院していたために行けなかった。
白衣の男に引き取られてからは「先生」のために働けば両親に会えると聞かされた。地獄のような訓練を乗り越えさえすれば、両親に会える。しかし、その苦痛は次第に両親のことも記憶から消し去っていった。
「完成品」として世に送り出される少し前に両親の死を告げられた。離ればなれになったと思っていた三人の家族はとっくの昔に一人になっていた。しかし、両親の元には行けなかった。
意識を失い、死にゆく瞬間にどこからか聞こえてきた声、浮かんできた姿が彼を闇から救ったのだ。それは夢でも幻想でもない、九年前に出会った幼なじみだ。
生きる希望を取り戻し、ついには再会を果たした。
決して幸せとは言えない九年間だったが、その不幸の中にも何か意味があったのだろう。絶望の淵から這い上がった彼は、命の恩人のために生きることを誓った。

「もしかしてずっとジン君が?」
「いや、僕は少しの間だけだ」
ジンが戦いに出かけてからは執事が全てのことをしてくれていたそうだ。
ユウヤは言葉にならない嬉しさでジンを抱き締める。そして九年と少しの思いを込め、手の平を合わせた。
「おいで」
黙祷が終わり、ジンは歩き出す。残るはジンの両親の墓だ。それはユウヤの両親の墓より一段下にある。ユウヤを連れ、ある墓の前でジンは立ち止まった。
「?」
知らない名前を見てユウヤは首を傾げる。墓石の表面には「海道」ではない姓の、夫婦と思われる男女の名が刻まれていた。
「……僕の両親が眠っている」
これが祖父に引き取られて改姓したジンの元の姓だった。他人に自らそれを教えることは初めてだった。
驚いた表情を見せるユウヤに、ジンは数枚の写真を見せる。いつか見せようと思っていたと言う。
最初に見たのは家族で釣りに出かけたとき、家族が揃って写っている最後の写真だった。珍しい髪色は父親のもの、鮮紅の瞳と白く透き通るような肌は母親から受け継いだそうだ。
次の写真は捕まえた小さなカニを持って一緒に笑顔でピースをしているジンが写っている。その次は地面にぺたんと座り、ぬるぬるした魚が服の中に入ったらしく泣いている写真だ。
ユウヤは写真の中の幼い彼と目の前の彼を見比べる。両親を失う前は、明るく表情豊かな子供だったと思われる。今は落ち着いた表情でユウヤに微笑みかける彼だ。あの事故がなかったらどんな風に育っていただろうか。

二人で横に並び、静かに合掌する。長い黙祷の間、隣を見ればわずかにジンの口が動いている。何かを両親に伝えているのだろう。

三つ全て回ったので、これで墓参りは終わりだ。花の入っていた袋をごみ箱に捨て、二人は石碑の前を通り過ぎる。誰かに温かく見守られている気がして二人はふと振り返った。姿は見えないが、おそらく両親達が空から見守っているのだろう。そう思って霊園を去った。


◇◆◇◆◇◆


帰りの電車の中、ジンは言った。
「君とここに来れてよかった」
「僕もだよ。ジン君、ずっと前から言いたかったんだ……ありがとう」
ジンは照れくさそうに頷いた。
帰りも各駅停車の電車に乗った。他の乗客はいない、二人だけの空間だった。
これからの長い人生を表すように、いくつもの道に分かれた線路を迷うことなくまっすぐ進んでいく電車だ。小一時間程が過ぎ、星が見えてきた。
気付けば左肩が少し重い。ユウヤが左側を見ると、疲れたのかジンがこちらにもたれかかって眠っていた。
ユウヤは九年と少し前のことを思い出す。同じ病室にいた頃、こっそりそこから抜け出して冒険し、車で帰ってきたときのことだ。後部座席で穏やかに揺られ、二人でぐっすりと眠っていたあのときと同じだ。
ユウヤは大きくなっても少しも変わらないジンの寝顔を見ると安心し、ゆっくりと目を閉じた。

2012/04/21

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