ファーストキスはコーラの味

※過去の企画物でした。

ニックスに滞在していたときのことだ。
待機中倉庫から荷物を取ってくる手伝いをしていたヒロは偶然にもテントを発見した。仲間の帰還後、彼がキャンプを提案した。そして、森林に囲まれた美しい湖でしばしの休息を堪能することになったそうだ。


ある者はたとえ大自然の中だろうとどこだろうといつも通りバトルを始め、またある者はキャンプの定番料理であるカレーを作っている。
そんな中ユウヤは一人、テントから少し離れた森の木に拓也に吊るしてもらったハンモックの中で昼間から眠っていた。穏やかに吹く風がそれを揺らし、木の葉を攫ってゆく。持ってきた枕を頭の下に敷き、腹の上に乗せたリュウビが呼吸に合わせて動いている。
ゆるやかな動きはまるで母親の腕の中、もしくはゆりかごのようで眠り心地は良いものだろう。

なるべく木陰を選んで吊るしたものの、太陽の位置も変わったので徐々に強い光が差し込んでくる。目を閉じていても感じる光が眩しくて目を開くと、こちらを見上げるような影がある。
逆光を受けてキラキラと輝く金髪が眩しいその人物は以前に数度出会った彼だった。
「……せっかくのキャンプなのに寝てるのかよ」
「よく会うね。キリト君こそこんな所で何してるの」
「キリトでいいよ、たまたま通りかかっただけさ」
こんな入り組んだ森にわざわざ、ということは言わなかった。短期間に連続して出会ったのだ。やはり彼は神出鬼没、いや、敢えてユウヤ達が訪れそうな場所を選んでいるのではないか。


まだ眠り足りないのか気だるそうに上体を起こし、両手を上げて伸びをするユウヤ。両手で口を押さえて欠伸をし、何度か瞬きをした。
寝起きのために潤んだ瞳で目線よりも低い位置にいるキリトを見下ろすと、何を思ったのか両手を伸ばしている。来い、とでも言いたいのだろうか。
七分丈まで折られた袖口から見える手首は細い。こんな細い腕に任せても大丈夫なのか、などと不安に思う。
ぶら下がったハンモックと地面までの距離は身長よりも大きい。拓也が乗せてくれたので木を登ったのではない。降りたいときはCCMで拓也を呼ぶ。だから、一人でここから降りられるのかと聞かれるとそれは難しいだろう。

ゆっくりとキリトの両腕に体を預け、ハンモックから完全に離れる。ユウヤは意外なキリトの腕力に驚いた。ここで降ろしてくれるのだろうと思っていたのだが、キリトはユウヤを抱き上げたまま歩き出す。
いつも物音一つ立てずにすやすやと眠っているユウヤのことだ。突然どこかに連れていかれても、気付く者は誰一人いない。枕だけを残し無人になったハンモックが風に吹かれ、空しく揺れていた。


◇◆◇◆◇◆


「僕をどこに連れていく気?」
ユウヤの言葉を聞いているのかいないのか、キリトはどんどん森の奥深くへと進んでいく。キャンプに浮かれ騒いでいた仲間達の声もついには聞こえなくなってしまった。少し会っただけの、得体の知れない人物の誘いに乗ったなどとジン達が知ったら一体どんな顔をされるだろうか。
「一人で歩けるよ。だから降ろして」
キリトは聞く耳を持たない。途中来た道を覚えようとしたのだが、同じような景色ばかりが続く森の中だ。それに、キリトの腕の中にいることによってさらに思考がかき乱される。ユウヤはそれに耐え切れなくなり、無意識に頭を抱えた。


どこに向かっているのかわからないが、湖にあるキャンプ場からはかなり遠く離れているだろう。広葉樹の多い森からさらに一層鬱蒼とした森の中に足を運ぶと針葉樹が高々と生い茂っていた。
「強くなければ、戦う意味はない」
道の途中で足を止め、ひとり言のように呟くキリト。疲れた表情は一切見せないが、長い距離を人を抱えて歩いたため胸の鼓動が疲労を証明している。ユウヤに預けていたコーラを口に含み、再び歩き出す。

向かうのはさらに深い森の奥。そして、切り開かれた場所に着いた。切り株に二人で腰を下ろし、ユウヤは口を開いた。
「……戦う意味がないなんて、そんなことないよ」
イノベーターにいた頃は洗脳のように同じことを吹き込まれてきた。その言葉を純粋な子供達は盲信し、機械のように従順に育った。「強くない」、ただそれだけのことで戦う意味を失い捨てられた。だが、今のユウヤは違う。
「なら、問おう。君の戦う意味は何だ」
キリトはオメガダインでのバトル中、「戦う意味」という言葉を発した途端、ユウヤの表情が一瞬変わったのを見逃さなかった。
「僕の命を救ってくれた人のために、戦って恩返しをする。これが僕の戦う意味だ」
毅然として答えるユウヤにキリトは少し間を置いて返す。
「そいつじゃない、俺の……いや、俺だけのために戦え」
ようやく対等に戦える相手が見つかったと、真剣な表情を浮かべるキリトは引き下がろうとしない。
ユウヤ達と同じNシティに向かう電車に乗り込んだが、強盗のせいでバン、ジン、ユウヤとまとめて戦えるチャンスは失われてしまった。去り際にその不満を吐き捨てたキリトだったが、日を改め戦いを挑みに現れたのだ。

赤い乱舞――その名の通り舞うように何体ものLBXを屠り、その返り血に染まったような真紅の愛機、デクーOZを取り出し、キリトはDキューブを投げる。この戦いを避けられるとは思えず、ユウヤは腰を上げリュウビと共に戦場に躍り出た。

静かな森の中に、剣と剣が激しくぶつかり合う戦いの火花が散る音が響いた。


◇◆◇◆◇◆


両者の放った必殺ファンクションにより、同時にブレイクオーバー。勝負の行方はまたしてもわからなかった。しかし、誰の邪魔も入ることなく一対一で再び戦えたことはキリトにとっても十分な及第点だろう。
念願のバトルを終えたキリトはコーラを浴びるように勢いよく飲み干した。それを見たユウヤは激しいバトルで喉が渇いているのだろう、生唾を飲み込んだ。
空になったペットボトルを切り株の上に投げ置き、キリトはユウヤを抱き寄せた。
「どうしたの?」
少し前まで抱きかかえられていたので、キリトには慣れてきたようだ。他人にこうして触れられることも、もう怖くない。それどころか、温かい風に包まれるようにそこは居心地が良かった。
ユウヤが甘えるように顔を埋めれば、お互いの長い前髪が触れるくらいにキリトが顔を近付けてくる。そうしているうちに髪がぱさりと音を立て、唇が触れ合った。
長い髪に指を絡めてすくい上げ、渇いた喉を潤すように好意の証を深く刻み込む。生まれて初めての経験に戸惑うも、決して拒むこともなく腕の中で瞳を閉じ、ユウヤは静かにそれを受け入れた。
低い気温の中で触れた唇は柔らかく、そして温かかった。

ユウヤはジンと再会してからは毎日のように今までの思い出話をしていた。勿論今日の冒険のことも話すつもりだった。
でも、キリトと過ごした今日のことだけは言えなくなってしまった。過去を知っていて、何でも話せるはずの幼なじみにも言えない秘密ができてしまったのだから。


――ハンモックのように風に吹かれ、揺れ動く淡い恋心。
ほんのわずかの間触れていた舌先から、ほのかに甘く酸味の抜けたコーラの味が広がった。以前は強すぎる刺激に咽返ったが、キリトのくれた「コーラ味のファーストキス」は不思議と甘く、どこか切なく、そしておいしく感じたユウヤだった。

2012/04/14

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