オメガダインに潜入したその翌日、灰原ユウヤのCCMにメールが届いていた。
タイトルは無題、適当にフリーのものを取得しただろうメールアドレスのため送信者も不明。本文には一切文章は書かれておらず、くしゃくしゃになった地図を押さえるために置かれた、飲みかけのペットボトルの底が写っている写真だけが添付されているという奇妙なものだった。地図には×印が赤いペンで書かれていた。
仲間達とは全員任務開始前にメールアドレスを交換しているので、送信者名が出るはずだ。それに、このような無礼極まりないメールなど送る者がいるはずない。さらに日本で一時期世話になった八神や真野達からのメールではないことは明らかだ。彼ら以外には知り合いのいないユウヤに心当たりなど、あるはずがない。
ユウヤは場所もそう遠くないので×印の場所に行ってくる、とジン達に言った。しかし、一人で行かせるわけにはいかない、とジンはユウヤを引き止めようとする。そこに罠が仕かけられていたり、帰って来られなくなることもありえる。何より一番怖いのはユウヤの純粋さに付け込んであちら側に取り込もうと企むディテクターからの「招待状」の可能性だ。
反対するのは何もジンだけではない。少しの間任務に同行したバンや、責任者である拓也も反対した。今はヒロやコブラ達とも別行動をしている。知らない土地で任務以外での単独行動など、いつ何が起こるかわからない。

一年前は一人になることを頑なに拒んでいたユウヤが自ら望んで「一人になる」と言い出したのだ。確かにそれは大きな成長かもしれないが、胡散臭い手紙の誘いにホイホイとついていっても良いという訳ではない。
「もう僕は昔の僕じゃない。一人だって、大丈夫だ」
三人はユウヤの真剣な表情に何も言えなかった。ついに三人は折れ、ユウヤの任務外での単独行動を許してしまう。
ほんの数秒の沈黙の後、
「……何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
「うん!」
自分の成長を示すかのように軽快な足音とともに後ろで一つに纏めた髪が風でゆらゆらと揺れ、背筋の伸びた後ろ姿は以前よりどこか頼もしく見えた。


◇◆◇◆◇◆


ユウヤは地図に示された×印の場所――中央公園まで来ていた。もし何かあれば自分だって戦うことは出来る、いつまでも誰かに頼り、守られてばかりではいけない。この前の任務だって、政府の介入によって失敗はしたが初めてにしては及第点だ。
ふと、ユウヤはあることに気付く。メールに日時は書いていなかった。今日で良かったのか、この時間で良かったのか、そもそもここで何をしろというのか。送信者の意図が見えない。
しばらくここで時間を潰し、何もなければ帰ろうと思った。レンガの歩道を歩くと日本ではあまり見ない様々な露店が店を構えている。長い間外界から隔離されていたユウヤにとっては露店どころか、何もかもが珍しく新鮮に感じられた。
この公園のシンボルの噴水から勢いよく噴き出される水、匂いを嗅ぎに足元に寄ってくる犬、砂場に群がる子供達の作った砂山とトンネル。そして、頭上で照り輝く太陽。
この国の国土は日本の何倍もある。そのため広い空はより広く、陽の光は一段と強く感じられる。それに耐え切れず、ユウヤは比較的涼しい木陰へと移動した。

木のベンチから草原に腰を下ろし、伸びをして息を大きく吸い込む。新緑の香りを体内に取り込むと実に気持ちが良かった。
さっきまで腰かけていたベンチには今は家族連れがいる。二十歳代のまだ若い両親と、小さな子供が一人。十年前の自分と同じ家族構成だ。今はもう決して叶うことのない家族との楽しいひととき。
事故で両親を失い、重症ののちに右肩に今も消えない傷を負った。引き取られた施設では自由を、感情を、全てを奪われ機械のように生きてきた。
大きすぎる代償と引き換えに手に入れたのは幼なじみとの運命の再会と、新たな仲間達との出会い。大人達にも世話になり、特に八神は父親のような存在だった。
ジンの留学後、八神に引き取られる前までは大人の姿に訳もわからず怯えていた。彼の執事に対しても例外ではなかった。皆が皆、悪い大人ではない、悪いのはごく一部の大人――例えばユウヤを拾った白の部隊の人間だと彼には教えてもらった。
彼のために生きて精一杯の恩返しをすることが、今のユウヤに課せられた仕事だ。などと、木漏れ日の下で思いを馳せていると、不意に頭上から声がした。


「こんな所に僕を呼び出して、どういうつもりだい」
ユウヤは怯えた素振りを見せず、声がする先に向かって問いかける。
ミシミシと枝を踏み折る音に混じり、素早く風を切る音がした。華麗に着地した影――肩が見えるまで着崩したしま模様の服と首輪。脱獄した囚人を彷彿とさせる風貌、その声の正体は風摩キリトだった。
「君は……!」
任務中にも関わらず突然勝負を持ちかけてきた相手だ、嫌でもその顔を覚えている。
着地後も膝を曲げていたキリトは立ち上がり、ユウヤの元へがに股で歩み寄る。キリトが猫背のため、少し背の低いユウヤを覗き込むような姿勢だ。親しくない者に至近距離で顔を見られることを好まないユウヤは本能的に後ずさる。背中が木に当たった。
「……これを送ったのは、君なのかい?」
CCMを取り出し、先程のメールを見せるユウヤ。声は警戒の色を隠していなかった。
「ああ、俺が送った。そんなに警戒するなよ……俺は君のこと、結構気に入ってるんだぜ?」
お互いが向かい合って片目ごしに見る相手の表情。ユウヤの左目と、キリトの右目の視線がぴったりと食い合った。
「またどこかの国に行くんだろ? それまでにもう一度君の顔を見ておきたいと思ったんだよ」
意味がわからない。ただそれだけの理由で自分を呼び出したのか。ユウヤは呆れた顔でキリトを見上げた。
「コーラは好きか?」
「炭酸は嫌い。オレンジジュースがいい」
写真のペットボトルのコーラはキリトがよく飲んでいるものらしい。
以前バンがおいしそうに飲んでいたのを見て試してみたのはいいが、炭酸特有の刺激に口内が痛くなり、こんなものがおいしいのかと思った。オメガダインに潜入前に拓也に買ってもらったオレンジジュースは酸味があるものの、おいしく飲めたのだが。
キリトは自動販売機で缶ジュースを二本買ってきた。一本はコーラ、そしてもう一本はオレンジジュース。
ごくごくと音を立てながら、休むことなくコーラを飲み続けるキリト。缶をごみ箱に投げ入れると、軽く手を振った。
「じゃあな」

――風のように現れ、風のように去ってゆく不思議な少年、キリト。きっとまた、彼と出会うときは訪れるのだろう。

2012/03/17

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