みんな で おふろ! 中国で救出したアミを日本に帰してから数日が過ぎた。運命に導かれるかのように出会った新たな仲間や環境にもそろそろ慣れてきたと思われるこの頃、つい最近仲間に加わった灰原ユウヤの歓迎会を兼ねたミーティングが行われた。 集合は午後六時。それまで艦内に限り自由行動が許されていた。待ちきれず研究室に飛び込みバトルの予行演習を行う者、LBXのメンテナンスを行う者、部屋で眠る者……その一方でジェシカは、集合時間よりだいぶ前から腕によりをかけて料理を作っていた。中央にあるテーブルには、一人一人のリクエストに合わせながらも現地の食材を生かした様々な料理が並んでいた。 そして午後六時。食事をしながら会話を楽しみ、先日の任務の反省会を行った。戦った敵の種類、武器と技、攻撃方法、それに対しどのように対処したか。また連携はうまくいったか、弱点は見られたか。それぞれが意見を出し合い、次のチーム分けを決めた。 研究室に移動してからは新たなチームの連携を試したり、苦手な攻撃タイプの敵とのバトルを克服しようと、条件をいくつか変えてのミニバトルが行われた。 ◇◆◇◆◇◆ ――研究室の廊下を鳴らすたくさんの足音。ミニバトル終了後、コブラからの明日の予定を聞いてからの帰りのことだった。 「バンさん、明日の目的地なんですけど三番通りを抜けて北に三百メートル、東に……何メートルでしたっけ?」 ヒロが突然こんなことを言い出した。話を聞いていなかった訳ではないが、明日の目的地は少々ややこしい。確認のためもう一度、とのことだろう。 「確か八百……いや、九百だったかな?」 バンは少し自信なさそうに首を傾ける。地図も見せられたはずなのだが思い出せない。記憶力の良さを自負するジェシカは今、食事の後片付けをしている。CCMにメモくらいしておけばよかった、と思った。 そこにランが口を挟んだ。 「西に七百じゃない?」 東とは真逆の方向をランは言う。通りの名前と北へ行くのはおそらく合っているのだろう。しかしそれからの方角と距離がわからない。目的地までは同じような造りの通りや建物がいくつもある。適当に進んでは、辿り着くことも難しいだろう。 「ん? 待てよ……四番通りだったかもしれない」 ヒロが思い出したかのように言った。 三または四番通りを抜けて、北におそらく三百メートル。そして東または西に七〜九百メートル。いよいよ訳がわからなくなってきた。 「ジンはどう思う?」 混乱する三人を横目で見ながら歩くジンに、バンは聞いてみた。ジンなら話を聞いているのは勿論、メモを取っているかもしれない。 「三番通りを北に四百、西に八百メートルだったと思う」 ジンの袖を何かが引っ張る。視線を向けると何か言いたげにユウヤの口が動いていた。 「どうした?」 「……八百メートルじゃないよ」 ぼそりと呟いたはずなのに、残りの三人も振り返る。これだけ人がいる、一人くらい正確に覚えている者がいても不思議ではない。そんな希望を持ちながら三人はユウヤに口々に問いかけた。 「この中に正解はあった!?」 「あんな暗号みたいな目的地をですか!?」 「本当に覚えてるんでしょうね!?」 ユウヤは三人の身を乗り出しての大声に圧倒されながらも、ミーティングで覚えたことを言った。驚いたことに、録音でもされていたかのように一字一句そのままだった。 「三番通りを抜けて北に四百、西に六百メートル。そこから目立つ赤い看板のある店の裏を……」 コブラがユウヤの頭を二、三度撫で回したかと思うとどこかに通り去っていった。突然のことに五人は呆然となる。その沈黙を打ち破ろうと、真っ先に口を開いたのはヒロだった。 「そうだ、この際親睦を深めるためにみんなでお風呂に入りましょうよ! せっかく広いんですし!」 突拍子もないことを言われて石のように固まるラン、何を想像したのか真っ赤になるバン、急な大声に驚くジンとユウヤ。足音と話し声が聞こえていた廊下は沈黙に包まれた。 「あれ? どうかしましたか?」 ヒロは沈黙の意味がよくわかっていないのか、首を傾げる。少し後ろにいたランが恐ろしい形相を浮かべて近付いてくる。 「嫌よ! 男子と一緒なんて何されるかわからないもの!」 一瞬にして血の気が引くヒロと、さらに真っ赤になるバン。聞かれたので今の状況を説明するジンと不思議そうな表情で聞いているユウヤ。そこに、後片付けを終えたジェシカが通りかかった。 「何してるの?」 「聞いてよジェシカ! ヒロってば……」 ヒロはやめて下さいと言わんばかりに両手を振って二人の間に入る。ヒロだって本当は仲間達との親睦を深めたいという一心で、性別など二の次だったのだ。思春期の男女の集団が裸で集まるなど、何が起こるかわからない。仲間を疑うのは良くないが、場合が場合だ。 ――結局、当然と言っては当然だが、男女分かれての入浴となった。まずは女子二人が入浴しに風呂場へ向かった。男子四人は部屋に戻り、適当に時間を潰していた。 「ジン君」 ユウヤは部屋の隅にあるジンのベッドの上を借りて荷物の準備をしている。着替えや洗面道具を肩にかけられるビニールバッグに詰め、忘れ物はないか確認しているところだ。 「これ見たら怖がられるかな……」 ユウヤが言うのは、右肩に残る古傷のことだ。今までは大人数で入浴することはなかったため傷を見られることを特に気にしていなかったが、今日は男子全員で入浴することになっている。 体の成長ごとに少しずつ大きく、広がっていく痛々しい傷跡。皮膚の薄いそこは肌色ではなく、薄いピンク色をしている。一番目立つ傷は右肩だが、服で隠れている部分にも小さな傷がいくつもある。 「びっくりされるかもしれないが、あの二人なら大丈夫だろう」 ベッドの隅で膝を抱えるユウヤにジンは励ますように言った。 一番の新入りだというのもあるが、まだ新しい仲間にあまり慣れていない自分をせっかく風呂での親睦会に誘ってくれた。今の仲間なら傷のことも、暗い過去も受け入れてくれる。そう信じたかった。 「そうだよね。みんなわかってくれる」 「終わったよー」 丁度いい頃に男子部屋のドアがノックされた。風呂上がりなので、ポニーテールだったランは髪を下ろし、ジェシカは帽子を脱いでいた。 終わった、との合図の後四人は各自荷物を持って風呂場へ向かった。 脱いだ服や下着を洗濯機の中にポイポイとうまく投げ入れるバンと、少し外したもののそれを拾ってきちんと入れ直したヒロは大勢での風呂にはしゃぎながらドアを開けた。かごに入れた服を一枚ずつ丁寧に入れていたジンは少し遅れて中に入った。 他に人も入るのでタオルを申し訳程度に巻きながらも、洗面器にお湯をすくって体にかけた後はバンはゆっくりと滑らないように足を入れ、ヒロは体操のような動きをした後一気に飛び込んだ。 「まったく……プールじゃないんだから」 「そう言うバン君も僕の別荘の風呂場でこっそり泳いでいただろう」 バンが人差し指を立ててシッと音を立てた。ジンはヒロが呑気に背泳ぎで水面を流れてゆく姿を見て、一年前のバンのことを思い出して笑っていた。そんなヒロに悟られないよう、バンは浴槽の壁にもたれながら体を大の字にする。 「タオル巻くの手間取っちゃって……」 ロックが解除される音と共に、風呂のドアが開いた。ぷかぷかと水面に浮かんでいたヒロも、くつろいでいたバンもドアから入って来る者の姿に目が釘付けになった。ジンは特に気にしている様子ではなかったが。 「……って、ええっ!?」 「あわわわ……」 もくもくした湯気の合間から見えるのは湯気と同じ、白い肌。ペタペタと音を立てるたどたどしい足取り。頭にはタオルが巻かれていた。その隙間からほどけた長い髪が胸元まで伸びている。 その人物は滑らないようにゆっくりと歩きながらこちらに近付いてくる。洗面器で体にお湯をかけ、肩まで浸かった。ようやく顔が見えたかと思うと、見覚えのある人物だったため、 「一瞬女の子が間違えて入ってきたかと……」 「俺も」 ◇◆◇◆◇◆ 四人がお湯に浸かってから十分程たってのことだった。 「その傷、どうしたんですか?」 ヒロがユウヤの右肩の傷を見て言った。いくら体にタオルを巻いても隠し切れない、さらには一番目立つ傷。ヒロの好奇心が十年たっても消えなかったそれの存在を意識させる。 「……!」 悪気はないのはわかっているがユウヤのことを考えろ、とジンはヒロを止めようとする。聞いてはいけないことだったのかと思ったヒロは申し訳なさそうな顔をした。 「いいんだ」 「十年前の事故」で傷を負ってしまった、とユウヤは説明した。「十年前の事故」といえば連想されるものは一つ。その年で最も話題になったニュースだったが、あえて名前は言わなかった。 「この下もね」 上半身に巻いていたタオルの下には無数の傷跡があった。流石に驚いた表情を隠しきれなかったバンとヒロだが、特に何も言うこともなく理解したように思われた。 「明日からは短いタオルにするよ」 「はい、ぜひ!」 何故かヒロが立ち上がる。腰に巻いたタオルが落ちたのにも気付かず、本人しかわからないセンシマンの名シーンを再現しているようだ。 「ヒロ、さっき女の子と間違えたもんね」 「バンさんもでしょう!」 エコーのかかった四人の笑い声が風呂場に響いた。ここに来て間もないユウヤもジンとは勿論、新しく二人との絆が深まったのは表情を見れば明らかだ。 「……そんなに女の子と一緒に入りたかったの?」 「わー! あ、あれは変な意味じゃなくて……あ!」 ヒロは慌ててお湯の中に潜った。中で何か言っているようだが、ぶくぶくと泡が出るばかりだった。それを三人は笑いながら眺めていた。 2012/03/08 ← 目次 → TOP |