ジンが遠い所に行ってしまってから何ヶ月が過ぎただろう。俺は二年生に進級し、新しくなったクラス、と言っても二クラスしかないのでメンバーは半分近く変わらないが、以前と変わらず楽しく学生生活を送っていた。
一年生だった頃は学校のある日は窓際が大賑わいだった。チャイムが鳴る前の決まった時間にいつも空から聞こえてくる戦闘機の轟音。輝いた目で戦闘機を見ようと近くに集まる男子と、その中から舞い降りる人物を見ようと駆け寄る女子達で教室の一番前にある窓の近くは、人だかりでいっぱいだった。
二年生の今は、戦闘機のエンジン音は聞こえてこない。休み時間だろうと授業中だろうと、空からエンジン音が聞こえてくると今でもつい窓の方を見てしまう。ジンがこの学校に来ることなんてもうないとわかっているのに、寂しくなって戻ってきたんじゃないか。もしそうだったら窓を開けて両手を広げて待っていてやるのにと、そんなことをいつも思う。
学校の近くを飛んでいくものは戦闘機ではなく、ただの飛行機だ。でも、青い空に残された飛行機雲を見ると無性に切なくなる。
あれからまるで忘れ去られたようにクラスの中でも、上級生からも、この町からも、ジンの話をする人は俺と何人かを除いては誰一人いなくなった。ジンに黄色い声を上げていた女子達も、今ではまた新しい恋を始めているようだった。

でも、俺に新しい恋なんて……

俺は父さんが新しく作ってくれたLBX、エルシオンに目をやった。
ジンは今頃何をしているんだろう。行き先もわからない、連絡すらしてこないから追いかけることもできなかった。
いつかどこかで会えたら、エルシオンとジンの愛機、ゼノンなのか、それともまた新しいLBXなのか……とにかくまたバトルがしたい。強くなった俺を見てほしい。それから、もっと俺のことを好きって言ってほしい。



任務でA国に行くことが決まった前日に、俺の家に一通のエアメールが届いた。俺は最初、海外にいる父さんからだろうと思った。外国の切手が貼られている表側を見ると、驚いたことに宛て名には俺の名前、差出人にはジンの名前が書かれていた。書かれていた住所はA国。ジンはNシティのとある名門校に留学しているらしい。
もしかしたら会えるかもしれない、俺はそれが嬉しくて母さんに報告した。


◇◆◇◆◇◆


願いは叶って今はA国からジンを連れて中国に渡り、海上に浮かべたホテル代わりのダックシャトルの中にいる。名前の通りアヒルのくちばしのような頭部に青色が塗られた白い翼をしている。面白い名前とは裏腹にどこでも離着陸できるすごい性能、これが俺たちの足や翼となっている。
世界中の至る所でディテクターによる事件が発生している、それを食い止めるために俺たちは戦うんだ……そんな話を遅くまでしていると、コブラから疲れを取るために早く寝ろ、と言われた。


「むにゃ……センシマン……キック……」
「いてっ」
皆が寝静まった夜、と言ってもうるさくて俺はまだ眠れていなかった。日本からA国、A国から中国、短期間で三つの国を行き来することになって時差ボケで疲れ始めてきたというのに、隣のヒロは俺を眠らせてくれないからだ。肝心の本人は爆睡状態だというのに。
うたた寝を始める頃には狙ったかのように足が伸びてきて「センシマンキック」なるものが飛んでくる。寝言もうるさい。俺のベッドは入って奥、ヒロはあろうことかど真ん中。ジンは隅の方に隔離されたベッドで熟睡している。
「食らえ……ビッグバン、パンチ……」
「はぁ……もう、何なんだよ……!」
かけ布団を頭までかぶって避難していると、中に何か温かいものがあった。誰かがもぐり込んでもぞもぞと動いているようだ。どうせまたヒロが寝ぼけて何かしているんだろうと、お返しのつもりで軽く叩いてみる。ぺしん、と小気味よい音が鳴った。
俺はかけ布団をめくって中を見ようとした。暗い中でも目立つ、白いものが見えた。俺の背筋を冷たいものが通り過ぎた。
「ジン!? さ、さっきはヒロと間違えちゃって……ごめん!」
そう言うとジンに頭まで布団をかけられて、さらにはその中で押し倒された。何が起こったのかわからず呆然としているとあごに手を添えられ、柔らかいもので口を塞がれた。長い前髪が当たってくすぐったい。俺はそれがジンの唇だと確信した。
「ね……ここじゃ、ダメだよ……?」
ジンは俺の手を取って眠っているみんなを起こさないように外に出た。隣の女子部屋の前を通り過ぎてブリーフィングルームの前に着いた。
こっそり俺をどこかに連れ出して……それが昔俺がジンを河川敷まで連れ出したことに少し似ていると思った。


◇◆◇◆◇◆


自動販売機で買った紙コップに入れたお茶を飲んで一息つきながらジンは俺に言った。
「行き先も告げず、勝手に行ってしまってすまなかった」
ジンは俺がこのことについて怒っていると思っていたらしい。確かに最初の頃は少しいたたまれなかった。でも、俺はそれがジンの望むことなら、と受け入れた。
俺の方こそ言いたいことがいくつもある。それが言っていいのか、それともいけないのかはわからない。何度も口ごもって、そのたびにお茶を飲んだ。
「……言った方が」
すっきりする、声に出すつもりはなかったのについそれが外に漏れてしまった。底に残った少しのお茶をコップの中で回しながら思っていたことを告げた。
「俺さ……本当はあのとき、引き止めたかったんだ。ジンが俺の全然知らない所で知らない人に出会って、いつか心変わりして俺への気持ちが薄れていくんじゃないかって思ってた」
これがジンが遠くに行ってしまってから俺のずっと思っていたことの全てだった。それを吐き出して少しすっきりした。そして、喉の渇きを潤すために最後の一杯を口にした。
「僕がそんなことをするわけないだろう」
俺がコップをテーブルに置くと同時にジンは言った。どこまでも真っ直ぐな目で俺を見て、俺はうまく目が合わせられなかった。
深く目を閉じて、それから開いて息を吸った。
「そうだよね」
二人しかいない、静かな部屋に俺らしくもない、泣きそうな声が漏れた。そんな俺を見てか、ジンはテーブルに両手を置いて腰を上げた。
「……バン君」
それ以上何も言わなかったけれど、証拠を見せるとでも言いたげにジンの顔が近づいてきた。さっきのキスよりもずっと優しいキスだった。唇の先がほんの少し触れただけなのに、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。ライバルとして久し振りのバトルも楽しかったけれど、恋人としての時間も俺たちにはかけがえのないものなんだ。
向かいにいたジンは俺のすぐ隣まで来た。何の合図もなく、磁力にでも引き寄せられるかのように自然と唇と唇が重なった。次第に深くなっていく甘い口づけと合間の声に、まだ空を飛んでいるみたいに頭も耳も変になってきた。
「ずっと言えなかったが、僕だって会いたかった……!」
俺の隣でジンが涙を浮かべて飛び込んできた。
会えなかった日々に感じた悲しみ、寂しさ、切なさと、離れた地で出会えた喜び、満足、心強さ。様々な感情の入り混じった、今の俺の全てを込めてジンを抱きしめた。
「おかえり、ジン」
「ただいま、バン君……」

2012/03/01

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