それは春休みに入ってすぐのこと。つき合いだしてから一年もたたないうちにジンが俺に別れたい、なんて言ってきた。 あまりにも唐突で俺にはジンが何を言っているのかわからなかった。 俺が嫌いになったの、と聞くとジンは首を振った。別れる必要はないかもしれないけれど、二人ともつらくなるって言って。 「……しばらくは会えなくなる」 「それでも……いいよ」 それだけ言い残し、飛行機のチケットに書かれた文字を指で隠しながらジンは出発時刻だけを見せた。そして行き先も告げず、俺の部屋を出ていった。俺はそのとき見送るだけで、何も……できなかった。 前より少し活動的に見える新しい服を着て、きっと遠い所に行くんだろう。せっかく学校にも戻ってクラスにもとけ込み始めてきたというのに、二年生になる前にまたお別れだなんて…… ――俺はジンと過ごした、あまりにも短すぎる時間を振り返った。 初めは競い合えるライバルとしてお互いを意識する程度だった。俺の家やジンの別荘で何度もバトルをした。勝ったり負けたり引き分けたり。 その後はたくさん話をした。俺の平凡な生活の話を何が珍しいのか、興味深そうに聞いてくれた。俺にとってはジンの生活の方が驚きでいっぱいだった。 同い年であることとLBXが好きなこと以外はほとんど共通点のない俺たちだったけど、むしろ、だからこそ引き込まれたのかもしれない。LBXのこと以外にもジンのことだったら何でも知りたいと思った。 イノベーターとの戦いから戻ってきた後はジンの心に何か変化があったのだろうか、学校で色々な人と話したり、バトルをするようになっていた。 ある日の放課後、俺は何を考えたのか他の人との約束があるのにジンを連れ出した。約束の相手は女の子。そうやって何人もの女の子に告白されたと聞いていた。なんだか胸の奥がもやもやした。 二人で走れるだけ走って、着いた場所は河川敷。ジンが約束のことを思い出さないように必死で言葉を繋いだ。ジンが誰かのものになるのが嫌だった。 よくわからないけれど、この気持ちが恋なんだとわかった。二人ともこういうことにはかなり奥手でお互いの気持ちに気づくまでには長い時間がかかった。 つき合いたての頃は目を見て話すことも、名前を呼ぶことすら恥ずかしかった。ただの友達だったときは何ともなかったのに、すごく不思議だった。 初めて手を繋いだ二人きりの夜。せっかくの二人きりだというのに頭は回らず、こうするのが精一杯だった。ジンは元々低体温なのか、俺の温かい手に触れたひんやりとした手の感触が気持ちよかった。 それから一ヶ月くらい後に初めて唇を重ねた。なかなかくっつかないからおかしいな、と思ったら二人とも目を閉じたまま待っていたらしくて面白かった。結局俺が思い切って最初にした。 冬のいつだっただろう、その先は。雪の降る寒い夜に冷える体を温め合うように重ねたあの日。ジンが俺の家に遊びに来て、戦闘機が雪で動かなくて帰れないから泊まっていくことになったんだ。最初は寒いから布団の中でくっついて手を擦り合っていただけなのに、俺がうっかり変な所を触っちゃって。さらにはいつの間にか怪しい雰囲気になってついにはあんなことに。 友達だった頃も恋人になってからも色々なことがあったけれど、俺はみんな覚えているよ。 ――本当は俺の部屋に閉じ込めて飛行機の出発時刻が迫る頃、いや、過ぎて飛行機に乗れなくなるときまでずっと俺の傍にいてほしかった。あのとき後ろから抱きしめていたら行かないでいてくれたかもしれない。でも、ジンの夢を邪魔することはできなかった。 ジンが俺の家を出ても、空港までは着いて行けなかった。黒い車がやってきて、すぐにジンはいなくなってしまった。 しばらくバトルすることも、恋人として過ごすこともできないのは少し寂しいな。でも、ジンがやりたいことをすればいい。次会うときジンは今よりもっと強くなっているだろうから、俺ももっと頑張って同じくらい強くなるんだ。 俺はカーテンを開け、窓を開けて空を見た。そろそろジンの乗る飛行機の出発時間だ。ここから飛行機が見えるかどうかわからないけれど、俺は目を閉じてジンの姿を思い浮かべた。そして深く息を吸い込んだ。 「ジン! また会おうな!」 この声はきっと届くはずもない、それでも俺はありったけの声で名前を呼んで、今は遠くにいるだろう恋人を見送った。 俺は部屋の窓を閉めてベッドに体を埋めた。生きているならまた会える、それなのに涙は止まらなかった。世界にたった一人取り残されたような喪失感に身を震わせ、俺は声を上げて泣いた。 ◇◆◇◆◇ 飛行機の窓から小さくなってゆく町を、市内を、そして日本を見ながら、この手紙を読んで俺のことを思い出して誰にも見せずひっそりと泣いてくれたらいいな。 今度会ったらしつこいって言われるくらい抱きしめて、今日できなかったキスを贈ってあげよう…… 2012/02/29 ← 目次 → TOP |