俺が悠介さんの死のショックで家に引きこもってから五日と少しして、ジンが心配して家に来てくれた。
カズやアミですら通さないように言ったのに母さんはジンのひたむきな説得に折れたのか、彼を家に通したのだった。
母さんの話によると、俺の家までかなりの距離があるというのに、いつもの移動手段である戦闘機を使わずに何駅も電車を乗り継いでここまで来てくれたらしい。
そこを偶然、家の外で掃除をしていた母さんが見つけて俺の部屋まで連れてきてくれたそうだ。
わざわざはるばる遠くからやって来てくれたのをみすみす帰すわけにはいかないと、そう思ってくれた母さんにはとても感謝している。
「バンはジン君を信じてる?」
母さんが俺に問いかける。答えは一つしかない、俺は毅然と答えた。
「……信じてるよ」
「なら、怖がることは何もないわ。きっと、カズ君やアミちゃんも心配してるわよ」
母さんとジンのおかげで吹っ切れた。悠介さんのためにも、二人に会ったらまず今までのことを謝ろう。
それからまたみんなで……イノベーターと戦うんだ。


◇◆◇◆◇◆


――辺りはすっかり夜だった。ジンが来てくれてから結構時間もたっていたようだ。
「あら……もうこんな時間? そろそろあなたもお家に帰らないと。おじいさんも心配しているわ。確か執事さんが……」
「……ッ」
母さんはあまり事情を知らない。俺にはジンが少し浮かない顔をした理由はなんとなくわかる。
一体何なのかははっきりしない。でも、家に帰れないような状況になっているのはおそらく間違いない。
「よかったら俺の家に泊まってく? いいだろ、母さん」
母さんは俺の要求をあっさりと聞き入れてくれた。
そういうわけで、リビングで夕飯ができるまで待つことにした。
「久しぶりだな……こういうの」
そう言われて、ジンの家で見たあの異様に長いテーブルを思い出した。普段はいつもそこで食事をしていたらしい。だから、こうしてみんなで集まって食卓を囲むなんて両親がいたとき以来だという。
「ご飯出来たわよー。二人とも、取りにいらっしゃい」
そう言われて、俺たちはキッチンへと向かう。キッチンからは湯気とおいしそうな食べ物のにおいがしていた。
夕飯はハンバーグとクリームシチュー。三人分なのでハンバーグはいつもより小さめだったが、昨日俺があまり食べなかった分クリームシチューはまだまだおかわりがある。
「はい、ナイフ」
母さんがナイフを持ってきてくれた。
しっかり見ておきなさい、と母さんが俺に向かって小声で言った。
全く……俺だってナイフの使い方くらいわかってるのに。俺はナイフでハンバーグを一口サイズに全部切ってから口に放り込んだ。ナイフはもう使わないから横に置いた。
一方、ジンの方を見ると、一口ずつ切って食べていた。その手つきは美しく、食事ですら一種の芸術品であるかと思えてしまう。
俺と何が違うんだろう? 持ち方?
気になってしまうのでじっとジンの方を見ながら持ち方を真似てみる。
「……何?」
「いや……あ、口に合うかな……って」
これだけ洗練された手つきなんだし、毎日一流のシェフの作るようなすごいものを食べているに違いない。
まずい、なんて言われたらどうしよう。
「……おいしい」
その一言で俺は安心した。母さんが聞いたら嬉しさのあまり、卒倒しそうだな。
「母さん、ごちそうさま! ジンがおいしかったって言ってたよ!」
「ごちそうさまでした」
食べ終わると同時に、風呂が沸いたことを知らせる音が鳴った。
あいにく、俺の家の風呂は一度に何人も入れるほど広くはなく、一人入るだけでお湯が溢れるくらいしかないのだった。
「風呂沸いたけど……どうする? 先に入る?」
「僕は後でいいよ」
「じゃあ先に入ってくるよ? パジャマとかは俺の部屋にあるから適当に選んでて」
いいのかなあ……と思いつつ、ここはお言葉に甘えて先に入ることにした――

「次どうぞー。風呂はここから左行ってまっすぐね」
俺は濡れた髪をバスタオルでわしゃわしゃと拭きながらリビングへに入る。
パジャマを選んだジンは俺と入れ替わりに風呂へと向かった。
――やっぱり、黒っぽいの好きなんだな……


ジンが風呂からあがるまで、俺は適当にテレビを見ていた。画面にはサイバーランス社の社員とLBXが映っている。
台の上に所狭しと並べられるLBXは全て店で売られている、誰もが知っているようなものばかりだった。
「ゼノンは……さすがに映ってないな」
「ゼノン?」
「ああ、ジンの新しいLBXだよ。あれでバルドーマってでかいヤツを止めたりとか……色々したんだ」
母さんはふーん、とだけ言って話題を変えた。
「父さんの布団出すの手伝ってちょうだい。押入れにあるから」
俺は母さんと父さんの昔使っていた布団を取りに行った。
虫がつかないよう、袋に入れていた布団からはどこかなつかしい香りがした。昔は家族みんなで寝ていたことを思い出した。
布団を俺の部屋に置いた後、俺たちはリビングへと戻った。
リビングでは、ジンが風呂からあがってさっきまでかけていた番組を見ていた。
風呂あがりなので上向きだったジンの髪はぺたんとなって雰囲気が少し違って見えた。
「あ、ジン、寝るところだけどさ……俺が床で寝るからベッド使っていいよ」
「僕は泊まらせていただいているだけの客だ。床で寝るのは僕の方だと思うんだが……」
「いいのよ、遠慮しないで……だったら私と父さんの寝室使う?」
それだと母さんの寝る場所がないじゃないか……俺はどうにか三人が普通に寝れるよう、思考を巡らせた。
「いえ、大丈夫です。僕が床で寝ますから」
「そうか、俺が母さんと寝ればいいんだ!」
母さんと一緒に寝るのも久しぶりだ。たまにはこういうのもいいと思う。
俺はもう一度父さんの枕と布団を取りに行こうとした。
「待ってバン君、その……」
急にジンに呼び止められたので俺は振り返る。
「一緒に寝ても……いいかい」
「一緒に!?」
「嫌ならはっきり言ってくれても構わない。強制はしない」
もちろんいいに決まっているし、むしろ嬉しい、と俺は即答した。


一緒にというのはこういうことを言うのだろうか、ベッドがすごく狭い。そっちの馬鹿でかいベッドとは勝手が違うんだ。
寝返りを打つだけでも床に落ちてしまいそうな窮屈さ。おまけに俺は寝相が悪いらしい。
「狭いだろ? やっぱり俺が……」
「……」
返事はなかった。その代わりに、パジャマの袖をつかまれた。
これは俺に行くな、と言っていると取ってもいいのだろうか。
「……わかった。言っとくけど俺、寝相悪いから起こすかも」
「いいよ。お休み、バン君……」
「お休み、ジン……また明日」

落ちないように俺が床側でジンが壁側。この位置なら俺が落ちるだけでジンに被害はない。
でも、壁に挟まれて潰れたりしないか。もう寝よう……


◇◆◇◆◇◆


「……ん?」
壁に当たり俺は目を覚ます。隣を見るとジンの姿がない。
床で寝ているのかと思ったけど、隣に枕はしっかりと残っている。なら、トイレにでも行ったんだと思った。
「……っ」
――ジン?
「おじい様……」
――泣いてる?
暗い中、わずかな月明かりしかない部屋で表情はよく見えないけど、かすかな嗚咽のようなものが聞こえた。俺はそれが放っておけなくてベッドから出てジンのいるところへ近づいた。
「……バ、バン君!?」
「ごめん、さっき目が覚めて……」
この状況の中で何をすればいいのかわからなく、悪いことをしたわけではないのに俺はただ謝ることしかできなかった。
たとえ俺より辛いことがあっても少しも弱みを見せなかったジン。それが今、確かに泣いて――
「見苦しいところを見せてしまったな……このことは忘れてくれ」
「どうして泣いてたんだよ……俺で良かったら話、聞くから。あのときのお礼だよ」
今度は俺が……俺がジンを助けてあげる番なんだから――
「バン君……」


それから俺はジンから色々なことを聞いた。
本当の両親のこと、昔の優しかった祖父のこと、今の祖父のこと、そして、自分の過去のこと……
「月を見るたび思い出すんだ。それで、気付いたら……泣いてた」
俺はカーテンを少しだけ開けると、さっきよりも明るく月光が差し込んだ。そのとき俺は月を見るのではなく、ジンの方をちらりと見て、頬を伝う涙のひとしずくに目を奪われた。

「……」
俺がしばらくそれに見とれているのに気付いたのか、ジンは黙ってゆっくりと下を向く。
見ない方が良かったかもしれないという罪悪感はあるものの、その光景はあまりにも綺麗で、たぶん……もう二度と見せてくれないだろう。
これ以上こうしているのも悪いので俺はカーテンを閉めた。これでもうあの涙は見ることはできないけれど、それでいいんだ。
カーテンに遮られていて真っ暗でも、暗闇に慣れてきた。
しかも、ここは俺の部屋だ。周りに何があるかなんて大体わかる。
唯一違うのは今、俺の目の前にジンがいることだけ――


「……」
言葉より先に体が動き、俺はジンを後ろから抱きしめた。
俺の語彙力なんて、かけてやれる言葉は高が知れている。
辛かったな、と言葉で返すよりも、こうやって抱きしめる方がいいのかどうかはわからない。
嫌がる様子もないので俺はもう少しだけ力を込めた。


「バン君……」
「俺は……生きてるよ。だから……」
この鼓動がその証拠、だからみんなで絶対生きて帰るんだ。もちろん、ジンも一緒に。
俺はその想いを込めて、一度離れると、今度は向きを変えて真正面からジンを抱き込んだ。今はお互い顔が見えないからこんなことができるのかもしれない。
その想いに応えるようにジンも俺の背中に手を回してくれた。


◇◆◇◆◇◆


――次の朝、俺は母さんの一言で目を覚ました。
「何だよ母さん……え? もう朝?」
「ジン君は着替えてもう朝ご飯食べてるわよ!」
布団を頭からかぶる俺を見て、母さんは強引に布団を引っぺがした。
「母さん! 何で起こしてくれなかったんだよ! うわああ……」
俺は滅茶苦茶な寝癖をつけたまま、階段をかけ下りた。

「はい。……拓也さん? ……アミさんたちが!? ……わかりました」

そして、拓也さんからの一本の電話が事態を大きく変えることとなる――

2011/09/25

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