冬休みも終わってから数週間。男女共に待ちに待ったあの日がやってきた。二月十四日、一年に一度の告白のチャンスとも言われるバレンタインデーだ。
女子達は直接、またはこっそり机の中へと、各々の想い人に想いを伝えるためにチョコレートを贈る。さらにはチョコレートを友達と交換したり、クラスの男子達に義理チョコを渡している。男子はいつも以上に身だしなみを整え、貰ったチョコレートの数を比較し、一喜一憂している。ここにもそんな者が二人。
「バン、チョコ何個もらった?」
「えっと……母さんとアミとミカの義理チョコで三個と……あとはジンに渡してって頼まれたお礼にこれだけ」
バンは今手元にあるアミとミカの義理チョコと、その何倍もの数もある「ついでの」チョコレートをカズに見せた。カズが貰ったのは母親からの義理チョコが一個だ。それにアミとミカの義理チョコを足して三個。それでもバンの方が数は多い。最も、どちらも本命チョコとやらを一つも貰っていないのだが。
小学校にいた間は二人ともそれなりに、と言っても義理チョコばかりだが――女子達からはいくつもチョコレートを貰っていた。
ミソラ小学校から校区によりミソラ第一および第二中学校に進学し、ほとんどが顔見知りだというのに今年のバレンタインでは異変が起きている。誰かがチョコレートを独占しているに違いない――
その元凶は彼だ。入れ替わり立ち代り女子達が彼にチョコレートを渡している。同級生も上級生も、驚くことに先生までが人だかりを作っている。こんな少女マンガみたいな光景があるかと目を疑うが、実際それは目の前で起きている。
抱えきれない程のチョコレートを抱え、立っているのが精一杯な男子生徒が一人いた。
全学年二クラスしかないが、その量は凄まじいものだった。彼は窓の傍で迎えの戦闘機が来るのを待っている。だが、次々と女子達がチョコレートを渡すので帰ろうにも帰れないのだ。
「ジン、大丈夫? 持とうか?」
「いや、もうすぐじいやが来る」
ジンは学校に来てすぐ、今必死で抱えている分以上のチョコレートを貰った。登校のついでに貰った分は執事が戦闘機に一旦積んで帰った。今は朝や休み時間に渡しそびれた者達が放課後が最後のチャンス、とばかりに押し寄せている。
ジンは戦闘機の到着後すぐにヘルメットをかぶって座席に座り、積めるだけのチョコレートを積んで飛び立ってしまった。戦闘機はチョコレートの入った箱や袋でいっぱいで、墜落してしまわないか心配だ。
「はあ……モテる奴はいいよな……」
放課後少し学校に残っていればと思っていたが効果はなく、二人は飛行機雲を眺めていた。


――ミソラ第二中学校、スラム。
「腹減ったな……」
スラムの奥にあるとある一室で郷田は何かを食べ終わった後の箱や包み紙を見ながら言った。四時間目終了のチャイムが鳴らないうちに早弁をしていたが、まるで朝から何も食べていなかったようにお腹が鳴っている。スラムのアジトから一歩も出ずに授業をサボっていたところにギンジとテツオが大量の菓子類を持ってきてくれた。どうしたんだ、と聞くとそれは全部女子から郷田へのバレンタインチョコだと言う。もうそんな時期なのかと郷田は思った。
郷田は少し前までは「地獄の破壊神」として学校中から恐れられていたが、今では大分丸く収まった。「破壊」のために剣を振るっていた彼が「守る」ために剣を振るうようになったのだ。番長を張り、荒っぽい性格でガサツな印象を与えるが元々顔は整っている方だ。家柄も良く、性格も昔と比べて変わった。女子生徒からは「優しくなった」と噂され、男子生徒からは「頼れる男」だと言われるようにもなった。そんな彼を放っておく訳にはいかないのか、最近はよく女子達から声をかけられている。
そういう訳で今年は貰うチョコレートの数が驚く程増えたのだが、弁当だけでは物足りずそれらを全て食べ尽くしていた。早弁をした後に困ることはよくあるが、郷田はいつもレックスのいるブルーキャッツで軽食を食べていた。しかしレックスはもういないし、ブルーキャッツは閉まっている。アジトにある家から持ってきた小さな冷蔵庫も何も入っていない。
「帰って飯でも食うか……」
溢れる程の箱や包み紙をゴミ袋に詰め、郷田はアジトを出た。


「――――!」
どこかから女子生徒のものだと思われる悲鳴が聞こえた。ここからはそう遠くないだろう。もしかすると二中の生徒が他校の生徒に襲われているかもしれない。ここは番長の出番だと思い、郷田は悲鳴のしたと思われる場所に駆けていった。


スラムの道に下駄の音が響く。この学校で時代錯誤な下駄の音を鳴らす者は一人しかいない。いや、一人で十分だ。長い上着を翻し、郷田は走っていた。途中、スラムでは見かけたことのない二人の女子達に声をかけられる。二人は郷田にチョコレートを渡そうとスラムの中まで勇気を出して入ってきたのだ。それを郷田は後で受け取る、と言い、誰かの悲鳴を聞かなかったかと聞いた。
「さっきそこでリボンを付けた女の子が変な二人組に絡まれて……」
二人の顔は青ざめていた。
自分の管轄内でこのようなことは決してあってはならない。郷田は二人から聞いた情報を元に階段を駆け下りた。郷田は小部屋を一つずつ開けて中を確認する。一つ、二つ、三つ……残る小部屋はあと一つ、一番奥の小部屋だ。案の定そこには鍵がしてあった。だが、小部屋には鍵はない。おそらく棒状の物で扉を押さえているのだろう。
扉は何かで閉ざされている。だからといってここで諦めるはずがない。郷田は扉を蹴り開けた。建物自体長く使われず老朽化していたので、それを接合していた部分は簡単に壊れ、大きな音を立てて倒れた。小部屋の中には言われた通り、リボンを付けた少女――ミカと二人組の不良がいた。
「ミカ! 大丈夫か!?」
ミカは二人の元を離れ、郷田の元へ駆け寄った。ミカを心配して郷田は頭を軽く撫でてやる。頬を赤らめ、体を預けてくるミカの前に庇うように立ち、郷田は不良達を威嚇した。
「へぇ……ミカちゃんって言うんだ、可愛い名前じゃねぇか」
郷田はこの不良達の顔に見覚えがなかった。スラムにたむろする者達はお互いの顔を全て把握している。怪しい者が進入すればすぐに番長である郷田に連絡が行く。しかし、今は放課後なのでそれ程人はいず、連絡は来なかったようだ。
態度から判断するとこの二人は二中の不良ではない、郷田はそう確信した。二中の不良達は皆、すれ違えば挨拶をしてくれる。しかし、この二人は挨拶どころか礼の一つすらしなかった。
「お前らは二中の奴らじゃねぇな……」
「俺ら? 俺らは一中の……」
二人は仙道のいる一中の不良だった。二中には可愛い女が多い、という馬鹿げた噂を聞いてやってきたらしい。なかなか目ぼしい者は見つからず、とうとうスラムの中まで足を踏み入れた二人は偶然ミカを見つけ、小部屋まで引きずり込んだ。抵抗しようとミカは二人にLBXバトルを挑み、なんとか勝ったのだが機体の消耗はやはり激しかった。その後、一人の不良がミカの腕を掴んだ。そこに郷田が入ってきたのだ。
「こいつ、お前の女か?」
ミカは郷田の後ろから顔を覗かせる。不良達はゲラゲラと口汚い言葉を吐きながら笑っている。
「違う。大切な仲間だ」
「あっそ、じゃあ俺らが貰ってもいいよな? たっぷり可愛がってやるからさ」
不良達は両手をモミモミと動かしている。その気持ち悪い動きを見てミカは再び引っ込んだ。
こいつらには少し痛い目を見てもらわなければ気が済まない。周りにいるのが全員不良で一般人の目がないのならば軽くひねり潰せばいい。しかし、ここにはミカがいる。
LBXが危険なため販売禁止されていた頃はよく殴り合いの喧嘩をしてボロボロになって帰って来た。その姿を見ては皆恐れをなして逃げていった。強化ダンボールにより再びLBXが発売されるようになってからは自身の特権を活かし、父親に難題を押し付けた。吹っ飛ばし、泣き叫ぶ相手のLBXを形がなくなるまで叩きのめす……それが至上の喜びとなった。いつしか「地獄の破壊神」という異名も付いた。
そんな彼もシーカーでの活動に参加してからは嫌がる他人のLBXを破壊することはなくなった。だが、今回ばかりは話は別だ。ミカを嫌な目に合わせた不良達は許せない。
「お前ら、俺と戦え」
郷田はメンテナンスグリスLを二本投げた。先程のバトルですっかりブレイクオーバーし、グリス切れを起こしていた不良達のLBXは元の姿を取り戻した。
「久々に……暴れてやるか」



◇◆◇◆◇◆


「う、うわあああぁぁ! 何だこいつ!?」
「やめ……やめてくれぇぇ! 高かったんだ!」
小部屋にLBXを壊された不良達の悲鳴がこだまする。叫び声はいつしか泣き声へと変わり、威勢をなくした不良達は小さな破片となったLBXを両手で抱え床にへたり込んだ。
「郷田さん!」
ミカは思わず叫んだ。郷田の名前を耳にした不良達の泣き腫らし真っ赤になっていた顔は一瞬にして真っ青となった。
「郷田だと!? じ、地獄の破壊神の……!」
「ダイキによりも強いぜこいつ……!」
不良のうちの一人はミカを見て表情を変えた。
「だがこいつはどうだ!?」
その不良は近くにあった鉄パイプを拾い上げ、ミカに殴りかかろうとする。
「危ねえ!」
不良のミカへの攻撃を郷田は庇った。鉄パイプを右腕で受け止め、左手で不良の手を掴む。鉄パイプが折れてしまいそうな程に左手に力を入れ、郷田は不良を睨み付けた。
「ぎゃあああああ」
手にとてつもない圧力がかかった激痛のあまり不良はパイプを落として悲鳴を上げた。それを見ていたもう一人の不良は仲間とLBXを置いて小部屋から逃げ出した。部屋に残された不良は何も持たず後を追った。
――やっちまった……
床に散らばる二体のLBXの破片。転がる曲がった鉄パイプ。もしこの部屋に他の者が入ればすぐさま逃げ出すに違いない。極力、いや、決して女子の前でこんな姿は見せたくなかった。ミカは自分を頼っているし、自分もミカを信頼している。
骨が折れないように力加減はしたが、LBXだけでなく直接相手にも危害を与えたのだ。ミカはその現場を間近で見ていた。また皆に恐れられるだけの不良に成り下がってしまうのか。そんな思いに郷田は苛まれた。
「……郷田さん」
ミカは消え入りそうな程小さな声で言った。
「あたしを助けてくれたんだ……」
頭一つ分以上の身長差がある郷田をミカは見上げた。先程のことがあったにもかかわらず、ミカは怯えた様子には見えなかった。
「ああ。でも見苦しいところを見せちまったな……」
ミカはそんなことない、と首を振った。水色のリボンが揺れた。


事態はようやく落ち着いたようだ。そんな静まり返った小部屋で郷田の方から奇妙な音が鳴った。
「…………」
音の正体は郷田の腹の音だった。郷田は騒動が起きる前からずっと何も食べていなかったのだ。それを聞いたミカは持っていた紙袋から青いリボンの付いた、可愛らしくラッピングされた箱を取り出した。
「ちょっと崩れちゃったけど……良かったら」
ふたを開けると大きなチョコレートケーキが入っていた。さっきの拍子で少し崩れてしまってはいるが、チョコレートの香りは郷田の食欲をそそるには十分すぎる程だった。
「俺に……くれるのか?」
ミカは口元に笑みを浮かべて郷田にスプーンを差し出した。食べてもいい、とのことらしいので郷田は床に座り、スプーンを手にケーキを口に運び始めた。ケーキにチョコレートはたっぷりと使われていたが他の女子達から貰ったもののように甘すぎず苦すぎず、ミカのそれは程よいものだった。
順調にケーキは減っていったが、郷田の手を動かすスピードは遅くなっていった。満腹になったり、飽きた訳ではない。食べ盛りの底知らずの胃袋はまだまだ空きがある。
「っ、痛ぇ……」
不良の持っていた鉄パイプで殴られた右腕が今になって痛んできたのだ。痛みはじわじわと指先まで広がり、右手でスプーンを持つことが困難になってきていた。痛みのない左手にスプーンを持ち替えて食べようとするが、利き手ではないために上手く扱えない。ついにはスプーンをケーキの皿に落としてしまった。
「郷田さん……あたしが」
左手でスプーンを取ろうとする郷田の手をミカが止めた。手が触れ合うとミカは全く違う郷田の手の感触に驚いた。慌てて手をスプーンに戻し、ケーキをすくった。
「……どうぞ」
「おう、ありがとうな」
こうして人から食べ物を食べさせて貰うのはいつ以来だろうか。喧嘩で利き手を怪我しても意地でも自分で食べようと使用人達の手伝いを断った。いつもならプライドがそれを許さないのだが、ミカの場合は違った。自分でもわからない何かが郷田の中に芽生え始めたのかもしれない。仲間としての信頼か、それともまた別の感情なのか。
「あたし、バトルで郷田さんがLBXを壊してるところがかっこいいって思ってたんだ……」
どんどん胃袋の中に消えていくケーキとは正反対にミカの気持ちは満たされていった――

2012/02/14

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