カニと水着と砂浜と

長いようで短かった冬休みも終わってしまった。窓の外には今日も雪が降っている。冬だから見られる光景と言ってもいいけれど、もう何日もこれでは飽きてきた。初雪の日だけはみんなで外に出て雪で遊んだ。雪が降るといつも遊んでいたのは小学生の間だけで、中学生になってからは遊ぶ気もないくらいだ。俺たちも大人になったのかなあ、と思った。
寒くて暖房のかかっている学校の教室から一歩も出たくない。移動教室のときはチャイムの鳴るギリギリまで教室にいて、それから走った。廊下を猛スピードで駆けてゆくと、寒さで耳が痛い。もしこのまま引っ張ったら痛む感覚すらなくて耳が千切れてしまうかもしれない。
これは、そんな寒い時期にあった話だ。


「真夏に戻って海に行きてえ……」
休み時間に教室でアミとカズと三人で話をしていると、カズが突然こんなことを言った。カズは歯をガタガタ言わせながらストーブの前に陣取り、教室では脱ぐように言われているコートを頭からかぶっている。
「行けるわけないでしょ、今は真冬よ」
アミはカズからコートを半ば強引に引っぺがす。カズは寒さのあまりに大きなくしゃみをして、鼻をかんでいる。カズは寒い冬が大の苦手だ。休みは長いし海に行けるしアイスやスイカがおいしいし、俺もどちらかと言えば冬より夏の方が好きだ。
「寒い、死ぬ、助けてくれー……」
そのうちコタツに入ったまま登校してきそうなほど寒がりのカズはコートの代わりに今度は近くにいたリュウにしがみついている。冬でも教室の中では半袖半ズボンのリュウの体は温かそうだ。
「アミちゃんも温めてあげるからさ、こっちこっち」
リュウがアミを手招きする。それをあっさり断ったアミは冬の必需品であるカイロを取り出した。落ち込むリュウを気に留めず、アミはカイロを揉んでいる。
「バン、お前も海行きたいだろ!? ああぁ寒みぃぃぃ冬眠してえ……」
カズは泣きそうな声で俺に同意を求める。アミの言う通り、今は最低気温が一ケタの真冬だ。俺だって行けるならカズと同じで真夏に戻って海に行ってみたい。
「俺だって行きたいけどさ、絶対無理だよ……」
俺たちはレックスの野望を阻止し、世界を救った。たとえ世界を救った俺たちでも季節は変えられない。俺たちは神様でも何でもなくて、今はただの子どもだ。寒い冬を耐え切ったら温かい春が待っている。春が過ぎれば待ちに待った夏だ。
「ジンも何か言ってくれよ……うぅ寒い」
ジンは窓際で俺たちの話をさっきから一言も話さず聞いている。ジンはいつも戦闘機で窓から入って来るので雪の積もる地獄のような道を歩かなくていいし、冷たい風の吹きつける廊下もトイレと移動教室以外はほとんど歩かなくていい。雪のひどい日は戦闘機をなかなか動かせなくて遅れて学校に来るけれど。
「夏の海に行きたいのかい?」
「まさか本当に行けるのか!?」
「おじい様がとある島を買われたんだが……結局使わなくて観光客に貸している所があるんだ」
ジンが言うには、祖父である海道義光が数年前にリゾート用に常夏の無人島を買ったらしい。そして買ったのはいいものの、一度も使わずに彼は死んでしまった。使わないのももったいないので今はプライベートビーチにホテルを建て、観光客に貸しているらしい。俺たちには考えられない話だ。
「明日から二日間、おじい様の買われた島を貸切にして欲しい」
ジンは執事さんに電話をかけている。ジンの電話一本で無人島が一つ貸切になってしまった。俺たちは一瞬のことで何が何なのかわからず、呆然とジンを見ていた。とんでもない友達を持ってしまった。
今日は金曜日。明日と明後日は学校が休みだから俺とアミ、カズ、ジン、リュウにそれからミカの六人が無人島に行くことになった。二日間は寒いのも忘れ、常夏の島で遊び尽くそうと思った。


◇◆◇◆◇◆


次の日、俺の家の前に大きな黒い車が来た。運転席には執事さんがいて、その後ろにジンが座っている。俺はかばんを持って車に乗り込み、ジンの隣に座った。俺たちを乗せた車は次に近いアミの家の前に停まった。それから他の三人も車に乗り込んで、出発した。
車に乗ってから一時間ほどで港のような場所に着いた。ここも海道家のものらしい。そこにあったのはテレビでしか見たことのない、豪華客船のような船だ。サスペンスドラマの中だと探偵が招待されて、乗ったら連続殺人事件が起こったりするんだ。それから船に爆弾が仕かけられていて、沈没するところを助けられるんだろう。
ジンはこの船ですら貸切だと言う。旅行でこんな船に乗ったら一体いくらするんだろう。

船に揺られて何時間かたった。いつの間にか眠っていたようだ。執事さんに聞いてみると、到着までもう少しかかるらしい。俺は暇なので寝てるみんなを起こさないように船の甲板まで出て行った。
船首の近くに人影が見える。太陽が眩しくてよく見えないけれど、帽子をかぶった誰かの影が見える。俺は誰だろうと思い、その人影にゆっくりと近づいた。
帽子の下から覗く黒髪と、強いコントラストを彩る銀色の髪。その下にはサングラス。メッシュを入れている人には何人か会ったけど、みんな染めているらしい。地毛がこんなに珍しい髪色をした人にはそこにいる一人以外に出会ったことはない。顔を隠していても、俺は一目でジンだとわかった。
「ジン!」
「バン君?」
俺はジンに呼びかけると、ジンは振り向いた。ジンは船の手すりから景色を眺めているようだ。俺はそこから見える景色はどんなものなんだろうと思い、ジンの隣に行ってみる。
「わっ」
突然船が揺れた。俺はバランスを崩して転びそうになる。とっさに手すりを持とうと手を伸ばしても届かなかった。船体は少し斜めを向いている。このままでは転んで怪我をするどころか、海に落ちてしまうかもしれない。執事さんと話していたとき、この辺りには何種類もの人食いザメが生息していると聞いた。
俺は手を伸ばしたままごろごろと転がっていった。
「バン君!」
ジンが走って俺を引き上げる。その拍子にサングラスが顔から落ち、手すりの隙間から海に落ちた。落ちたサングラスはちゃぽんと水音を立て、透き通った海の中へと沈んでいった。海の中にはサメや他の魚の姿が見える。もしあれが俺だったと考えると恐ろしい。
「助かった……」
船の向きは元の水平に戻り、今は穏やかに揺れている。それにしてもさっきの揺れは本当に怖かった。ジンがここにいなかったら今頃俺はサメのエサだったかもしれない。まだ心臓が激しく鳴っている。
仰向けに転んだまま俺は空を見上げた。が、そこに見えたのは青ではなくて赤い色。心配したのかジンが俺の顔を覗き込んでいた。それも、俺の手をつかんだままで。帽子の影が俺の顔一面に広がるくらいに顔が近い。こんなに近くで顔を見たのはそんなにないと思う。帽子の影で白い肌はもっと白く見えるし、その辺の女子より長いかもしれないまつ毛と血のように赤い瞳――クラスどころか学校中の女子が騒ぐのもわかる気がする。
「無事で良かった」
「うん。でも、サングラスが……」

あれからずいぶん遠くに行ったけれど、ジンのつけていたサングラスは海に落ちて、どこに行ってしまったんだろう。人食いザメがいないのなら潜ってでも探しに行きたい。ジンは気にしないと言ってくれた。でも何とかしてあげたい。母さんにお土産代としてもらったお小遣いから少し出して新しいサングラスを買ってあげたい。
「着いたら俺が買うよ」
「いや、大丈夫だ」
俺はジンが心配だ。俺の茶色い目とは違ってジンの目は色素が薄いらしく、赤い。だから日差しがあると眩しそうにしているし、なるべく日陰を通っているのは知っている。今日は何故だか灼熱の太陽の下にいたけれど。
「そろそろ戻ろう」
「う、うん……」
俺たちは部屋へと戻った。


◇◆◇◆◇◆


『到着でございます』
船内放送がかかった。長い桟橋を渡って着いたのは自然に溢れた無人島。たくさんの鳥が空を飛び、見たこともないような植物が生い茂っている。その島の東側には大自然にそぐわない大きな建物が建っている。
建物は世界中のセレブが御用達の五つ星ホテルの一つらしい。そんな所に俺たちみたいな一般人が来るなんて場違いなくらいだ。
ホテルの中に入ると、受付の人が俺たちに話しかけてきた。英語で何を言ってるのかよくわからないけれど、ウェルカムぐらいはわかった。超高級ホテルだから堅苦しいのかと思っていたけれど、意外と親しみやすい雰囲気だった。その人たちに向かってジンはどこで習ったのか、すごく流暢な英語で何か話している。
「良い部屋を三つ用意してもらった」
まず俺とジン、カズとリュウ、アミとミカの三組に分かれ、それぞれの部屋に向かった。


「うわあ……」
部屋に入ってすぐ見えたのは、大きな窓から見える海。透き通ったアクアブルーの海に、ここからでも魚の姿が見える。窓に近づいて外を眺めるとゴミ一つ落ちていない、真っ白な砂浜が見える。窓の外に見惚れてばかりいると、ジンが俺のかばんを置くように言った。
かばんから使うものだけを出した後はそれを棚に入れ、傍にあったキングサイズのベッドに靴を脱いでダイブした。家のベッドなら嫌な音を立てるのに、このベッドは何も言わない。ふかふかの枕に顔を埋めるといいにおいがした。
「しまった! ここ俺の家じゃないんだ!」
ベッドが柔らかそうだったのでうっかりやってしまった。俺がいきなり飛び込んだのでベッドのシーツは皺をつけ、かけ布団は少しめくれていた。
「自分の家だと思っても構わない。ただし、加減はするように」
「はーい……」
これが二日間自分の家の代わりになるなんて、まるで俺は王子様にでもなったみたいだ。
「行かなくていいのか?」
窓の外から声が聞こえる。窓を覗き込むと、俺たち以外の四人は外で楽しそうに遊んでいた。俺も慌てて荷物を持って部屋を飛び出した。


外には日本語で「男子更衣室」と書かれた建物があった。その中で俺は水着――仕方なく持ってきたスクール水着に着替えた。靴下を椅子に座って脱いでいると、遅れてジンが入ってきた。
ジンは荷物から巻きタオルを取り出している。どんな水着を着るのか、すごく気になる。だからといってずっと見ているのもおかしいので俺は先に外に出た。
「おまたせ! 俺も入れてよ!」
「ブフッ」
俺の格好を見るや否や、カズが俺を指差して吹き出した。リュウも腹をかかえて大笑いしている。たぶんこの水着のせいだ。そういうカズの水着は迷彩柄で、リュウはオレンジ色の中にブルドがプリントされた水着を着ていた。恥ずかしくて帰りたくなってきた……
「タンスの奥にあるから出せなかったんだ!」
俺は事実を言った。それでも二人の笑いは止まらない。二人が大声で笑っているのを聞きつけたアミとミカもこっちに来た。アミはピンクのワンピース状の水着で、ミカはリボンとフリルのついた黒い水着を着ている。いつもよりも露出度が高くて目のやり所に困る。
アミも手で口を押さえて笑っている。表情には出さないけれど、ミカは肩を震わせている。
「何がそんなに面白いんだ?」
俺たちは声のした方に振り向いた。そこにはジンがいた。長袖のパーカーと半ズボンを着て、ビーチサンダルを履いていた。頭には船にいたときにかぶっていた帽子と、海に沈んでしまったはずのサングラス。
ジンだけは俺の格好を見ても笑わない。救いの天使だと思えるくらいだ。
「だってこいつ、スクール水着……ぶっ」
カズは砂浜を転げ回りそうなくらい笑っている。俺だって好きでこんな水着で来たわけじゃないんだ。
「これが『スクール水着』というものか……」
ジンはジャングルで新種の動物でも発見したかのように俺の水着を興味深そうに上から下まで見ている。スクール水着がそんなに珍しいものなのだろうか。確かに俺たちはジンがスクール水着を着ている姿を見たことがない。水泳の授業が始まる前に一度転校したからだ。
「前にいた学校には水泳、いや、体育自体がなかったんだ」
お金持ちの行く学校はすごい。俺の唯一成績が五である教科の体育がない学校なんて地獄のようだ。その代わり、乗馬とか射撃とかよくわからない教科があったりして。
「まあとにかく続きやろうぜ」
四人はさっきまでビーチバレーをしていたらしい。ネットとボールを借りたらしく、ホテルの名前が書かれていた。男女に分かれての試合で、得点はまだどちらにも入っていない。ちょうど六人いるのでチームをもう一度決め直すことになった。
「僕は見ているだけでいい」
そう言ってジンは執事さんのいるパラソルの下の椅子に座りにいった。


二対二のチームで、俺は遅れて来たから審判。四人とも楽しそうだ。時々俺の方にボールが飛んでくるので、それをかわしながら俺は二つのチームを公平に見る。見たところ女子チームが優勢だ。
アミが飛び上がってアタックを仕かけた。それをリュウが打ち返そうと両手を差し出す。ボールは砂の上に落ち、何度か回転して止まった。女子チームに一点。
審判の仕事をしながらジンは何をしているのかが気になって様子を見てみる。ジンはパラソルの陰でサングラスを上げ、レモンとハイビスカスで飾られたアイスティーを飲んでいた。いつ頼んだんだろう。
じっと見ているとジンと目が合った気がした。サングラス越しだからわからないけど。
「今のアウトよ!」
「いや、セーフだ! この線の外だった!」
男子チームと女子チームがボールが線の中か外に落ちたかで争っている。線は足に踏まれてほとんど消えかかっているし、俺もはっきりとボールが落ちる瞬間を見ていなかった。
「「審判、どっち!?」」
「え、えっと……」
この後、俺はちゃんと試合を見ていなかった理由に困ることとなった。


結局、ビーチバレーの結果は引き分けとなった。その後は各自海で泳いだりアイスを頼んで食べたり砂で城を作ったりと、有意義な時間を過ごした。俺はしばらく泳いだ後、ジンが一人でずっと陰で座っているのを見て声をかけた。更衣室のロッカーに置いているオーディーンとゼノンを取りに行って、綺麗な海を背景にバトルをした。それを見てみんなもLBXを取りに行く。
バトルをしていると、じりじりと照りつけていた太陽も沈み、もうすっかり夜だった。
夜はホテルの中のレストランでバイキングだ。島で採れた魚や野菜や果物に、どこかから取り寄せたおいしそうな肉。修学旅行で食べたバイキングとは比べ物にならない料理の数と味に、俺たちはお腹いっぱいになった。
「よし、風呂入って枕投げだ!」
カズは暑い所に来たからか、すごく気合いが入っている。俺も混ざりたかったけれど、お風呂の前にやることがある。明日でもできることだけど、みんなに見られるわけにはいかないんだ。
レストランを出てカズとリュウは男湯に、アミとミカは女湯に行った。ジンは時間を置いて後からお風呂に入るらしく、一旦部屋へと向かった。俺も後から入る、と告げて外に出た。




外に出てみたものの、何をすればいいんだろう。俺はジンのサングラスの代わりに何かをあげようとずっと考えていた。事故とはいえ、あれは俺が悪い。売店で売っているものなんて、ジンには必要ないし……
考えを整理するために俺は海の中を泳いでいた。誰もいない夜の海は静かで落ち着く。海の中に潜ってみても魚やサンゴがいるだけで、ジンにあげられそうなものは何もなかった。暗いし寒いし何も見つからない――そんな俺は肩に海草をつけたまま砂浜で干からびたクラゲのように横たわった。少し離れた所に綺麗なピンクの巻き貝が流れ着いていた。手を貝に伸ばそうとすると波がやってきて、俺の肩の海草とその貝もろともどこかに持ち去ってしまった。
「はぁ……ダメだ」
今日はもう疲れた。明日に木でも登って果物でも取ってきてあげようか。俺は諦めてとぼとぼと砂浜を歩いた。
「?」
砂浜を歩いていると、小さな笑い声と、パシャパシャと水音のようなものが聞こえた。それも、一人の声だ。岩の陰から聞こえてくる。そこに誰かいるのかもしれない。
「誰かいるのー?」
ほとんどの鳥も寝静まって虫の鳴き声が聞こえる。こんな時間だし、少し怖い。俺は恐怖を振り払おうと岩陰にいるだろう人物に呼びかけた。
「バン君?」
岩陰からひょっこりと頭を覗かせるジンがいた。それにしても、なんでこんな所で一人で楽しそうに笑っていたんだろう。ジンはそこから出てきて俺の所に来た。足元を見るとズボンの裾を折り曲げて裸足だった。
「何してるの?」
「……ここにカニがいるんだ」
ジンはしゃがんで岩陰の近くの砂浜を歩いているカニを指差した。大きいカニが二匹と、小さいカニが一匹。親子だろうか。親ガニは横歩きでどんどん進んでいく。子ガニがそれに一生懸命ついてきている。昔の俺を見ているようで、人間もカニも家族は同じなんだと思った。
「僕は昔両親と三人でよく釣りに行ったんだ」
ジンが昔の話をしてくれた。悠介さんが亡くなった後、俺の家に来てくれたときも昔の話をしてくれた。けど、今回は少し違う内容だった。
いつも釣りに行ってはおじさんは魚をたくさん釣り上げて、おばさんは帰って料理をして。ジンは魚に興味を示さないでカニばかり追いかけていたらしい。魚はぬるぬるして気持ち悪い、なんて言っていたのが面白い。
「その帰りだった。トキオブリッジの倒壊事故が起こったのは……」
ジンの表情はとてもつらそうで、見ていられなかった。ジンは事故で両親を失って、俺は父さんが死んだとずっと聞かされていたけれど、本当は生きていて。ジンはもうあのカニたちとは違って家族揃ってどこにも行けないんだ……
「いや、もう止めよう。これでは旅行の楽しさがなくなってしまうな」
さっきのカニたちは俺がジンの話を聞いている間にどこかに行ってしまった。ジンはつらいはずなのに、笑みを浮かべている。それは無理して笑っているんだと、俺でもわかった。
「家族にはなれないけど、俺が傍にいるよ」
俺たちは友達なんだ。出会ってからまだ一年もたっていないけれど、時間なんて関係ない。
最初は敵として出会った。圧倒的な強さに俺は目を奪われた。それから何度か戦って、仲間になって。今は俺の親友でライバルだ。
「俺さ……ジンと会えて本当に嬉しかった」
「僕もだ」
ジンと出会えたのも父さんがLBXを作ってくれたおかげなんだと思う。父さんがこの空の星のような数の人がいる中で、一番信頼できる俺に託した一機のLBX。それが俺とジンを巡り合わせてくれた。
俺は砂浜に寝転んだ。仰向けになって空を見る。満天の星空に月が綺麗に光っている。ミソラタウンで見る夜空よりも星の数が多くて、まるでプラネタリウムにでも来たみたいだ。
俺の隣でジンも砂浜に体を埋めた。二人で星が輝く空を見た。
「あ、流れ星」
俺は流れ星を指差した。何を願おうか考えているうちに、流れ星はどこかに消えてしまった。後になって願いたいことがいくつも出てきた。LBXバトルがもっと強くなりますように、お小遣いがもっともらえますように、ジンが喜ぶようなものを何かあげられますように……
「ジンは何か願った?」
「何も」
ジンは一回俺の方を見た後、また空の方に顔を向けた。
「僕の願いはもう叶っている。僕にも君のような友達が出来たことだ」
俺たちは向かい合って笑った。一人の小さな笑い声は二人の大きな笑い声へと変わった。
今は俺たち以外に誰もいない海が静かに波音を立てる。世界を巡る戦いが終わってから訪れた平凡な日常。それを忘れさせてくれるような無人島への旅。
俺たち以外の声は聞こえなくて、二人だけの世界のようで。そうそう、こんな感じで皮膚がむずむずしてくすぐったくて――


「うひゃあぁぁ」
俺は水着の中に違和感を覚え、変な声を出した。何か小さなものが中でもぞもぞと動いている。俺は立ち上がった。白い砂はさらさらとこぼれ落ちたり背中に張り付いたりしていた。
「どうした?」
ジンは両手にカニを乗せている。さっきの親ガニと思われるカニが二匹。子ガニはいない。ということは……俺の水着の中にいるのは子ガニ?
「み、水着にカニがぁぁ……やめてよ、くすぐ……ひゃあぁあ」
俺は慌てふためいて水着にカニが入ったまま足をバタつかせる。スクール水着だから元々隙間が小さいのもあってか、どんなに揺すってもカニは出てこない。水着は肌にぴったりと張り付いているのでカニがどの辺りを動いているのかもわかる。
「うわあぁぁそこだけは……ダメぇぇぇ!」
カニはもぞもぞと真ん中の方に近づいてくる。もし俺が変に暴れて大事な所を挟まれたり、カニが潰れてしまったら笑い事ではない。
「一旦脱いだらどうだい」
ジンは笑いを堪え、カニと戯れながら言った。こんな所で脱げ、とでも言うのか。一人で周りに誰もいないならそうしている。でも、ジンがいるからできない。
「……失礼」
ジンは後ろを向いた。俺は誰も見ていないことを確認してその場で水着を脱いだ。思った通り、小さなカニが出てきた。一体、いつ入ってきたんだろう。
「お、終わったよ……」
俺は水着を着直して子ガニを親ガニの元へ返した。三匹はまた横歩きでどこかに行った。
そろそろホテルに戻ろう。俺たちは白い砂浜に足跡を残した。

2012/02/26

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