僕は元イノベーター、おじい様直属の暗殺部隊である、4Bストという組織に命を狙われていた。彼らは四聖獣である、セイリュウ、ゲンブ、スザク、ビャッコを使う四人組で、抜群のコンビネーションでゼノンの死角を突き、僕とゼノンを追い詰めた。僕は四体の攻撃を受け、咄嗟に致命傷を避けようとしたが、左腕に傷を負ってしまった。これで絶体絶命と、諦めかけていた僕を助けにきてくれたのは新しいLBXを持ってやってきたバン君だった。父親である山野博士に作ってもらったというLBX――イプシロンは赤と青の雄雄しい姿をした、実に見事な機体だった。闇の中でも輝く双槍と盾が美しく、印象的だった。
二人で4Bストを倒し、事態も落ち着いたところで僕たちはまだ何も食べていなかったことを思い出す。僕がコンビニで何か食べようと提案した。バン君は僕の怪我を心配して一人でコンビニに入り、おでんと包帯を買ってきてくれた。バン君が僕に包帯を簡単に巻いて直接傷に何かが触れないようにし、コンビニ付近の公園のベンチの上で一緒におでんを食べた。
僕は今までコンビニなどという庶民の店でのおでんはあまりおいしくないと思っていた。しかし、そのおでんは意外とおいしくて僕は箸を止められなかった。店員が箸を一組しかくれなかったとバン君は言うので僕はなるべく汚さないように食べてバン君に渡した。
寒い冬にはおでんはとても合うと思う。二人で温まってお腹いっぱいになった。
食べ終わると、バン君はベンチから立ち上がってゴミを捨てに行った。僕はバン君が戻ってくるまで座って待つ。冷たい風が包帯の上から僕の傷口に吹き付ける。風が当たらないように手で押さえるが、それでも痛い。これではバトルも出来そうにないかもしれない。
「おまたせ!」
バン君が戻ってきた。新しい愛機であるイプシロンを片手に僕のすぐ隣へ座る。そして、ポケットからDキューブを取り出す。
「……痛む?」
バン君は僕の方を見て左腕を押さえているのに気付いたのか、Dキューブを仕舞う。バン君が申しわけなさそうに謝る。バン君は何も悪くない、そう言って僕も謝った。
僕の傷が治るまでバトルは出来そうにない。幸い利き腕の右腕は無事だったが、負傷した方の左腕の痛みで思ったように手が動かない。箸を持ったときもおでんの具を何度か容器に落としそうになったくらいだ。バン君が箸を持って僕に食べさせてくれようとしたが、恥ずかしくてそれは断った。本当は食べさせてくれても良かったのだが。その代わりバン君は僕の痛む左腕を気遣い、容器を持つのを手伝ってくれた。
「少しな」
「そっか……じゃ、バトルは無理そうだね」
「すまない」
辺りはまだクリスマス一色だ。町中クリスマスツリーやサンタの格好をした人、様々な色に輝くイルミネーションで溢れている。いつもなら人で賑わっているコンビニや公園も、今日は僕たちを除いて人はほとんどいず、閑散としていた。
「ここは冷えるね……そうだ、俺の家来る?」
夜になり、急激に冷えてきた。穏やかに吹いていた風は次第に強くなってゆく。4Bストとバトルをしていたときとは違い、凄く寒い。僕たちは上にコートも何も羽織っていなかった。


風の吹き付ける道を二人で横に並んで歩く。ミソラ商店街の真ん中に置かれたクリスマスツリーの横を通り過ぎ、住宅街まで出た。僕を気遣ってのことか、バン君は僕に合わせてゆっくりと歩いてくれる。そして、やっとバン君の家の前に着いた。
「ただいまー」
バン君が元気よく家に入る。バン君に続いて僕も靴を脱ぎ、綺麗に揃えてから中に入った。
「お邪魔します」
バン君のお父様とお母様が来られたので僕は深くお辞儀をする。お母様は僕の服に大きく開いた穴を少し顔を近付けて覗き込んだ。
「どうしたの、それ」
「バトル中に転んだだけです」
僕が言ったことは間違ってはいないが、正しくもない。元イノベーターの暗殺部隊に命を狙われたときに受けた傷だということはお母様には決して言えることではない。僕はあまり心配をかけたくなくて、真実を避けるようにはぐらかした。
「バン、ジン君の傷の手当てをしてあげて」
「はーい」
お母様が救急箱を取って下さった。きちんと整理された箱の中には消毒薬や絆創膏、包帯にガーゼなどと様々なものが入っている。バン君がそれを受け取り、階段を上がる。僕もそれに続いた。


僕はまず傷の消毒のために上着を脱ぐ。包帯越しだが服が傷口に触れると鋭い痛みがそこを中心に走る。僕はそれを堪えながら脱いだ。それから消毒しやすいようにシャツの袖を捲くって、一旦包帯を取ってもらう。
「……ッ!」
血を拭いてもらうまではなんとか耐えられたが、傷口に直接当てられた消毒液は凄くしみて痛い。僕が動いた拍子に液体を染み込ませた脱脂綿は床に落ちてしまった。
「痛い?」
「だ、大丈夫だ……」
今僕はバン君にとても情けない姿を見せている。痛さのあまりに生理的な涙までが出てきたくらいだ。必死で情けない顔を見られないように下を向くが、肩の震えが止まらない。
「一回上、脱いだら?」
バン君は上を全て脱げば手当ては楽になると言いたいのだろう。しかし、僕は他人に肌を見せることには慣れていない。たとえ、恋人であるバン君にさえもまだ出来ない。
「別に変な意味じゃないよ。ただ手当てしやすいかなって」
「……わかった」
ここで踏みとどまっていてはいけない。僕はベストを脱ぎ、ゆっくりとシャツのボタンを外してゆく。途端にひんやりとした空気が僕の肌に触れる。脱いだ服を折りたたみ、それを両手で抱えてバン君から見えないように押さえた。
バン君は新しい脱脂綿に消毒液を染み込ませ、僕の左腕の傷がある場所に当てた。さっきよりも当たる範囲が広くなっているので、さらに痛い。傷口の周りにゴミが付いていると言うので拭き取ってもらうが、痛みは増すばかりだ。
「……っ、痛……」
僕は痛みから逃げるように体を縮込まらせた。しかし、そうしても痛みは消えることはない。僕がこんなに痛い思いをしたのは本当に久し振りだと思う。
九年前、両親がまだ生きていた頃はよく家族で外に遊びに行っていた。僕は出かけるたびに転んでは、よく膝を怪我していた。おじい様に引き取られてからは移動は大抵戦闘機か車が中心で、滅多に自分の足で外を歩くことはなかった。家の中は階段が多く昔はよく転んだが、絨毯が敷いてあったり、転んでも怪我をしないような安全な材料で作られていた。最近は転ぶこともなく、怪我をしたのもいつ以来かわからない。
「大丈夫。俺がついてるから」
バン君は僕を抱き締めながら傷を消毒してくれた。バン君は僕の背中に腕を回し、僕の体を固定する。それから脱脂綿を傷口に当てて消毒する。綿が当てられるたびに傷が痛むので、思わず僕はバン君にしがみ付いた。バン君は右手で僕の傷を消毒しながら、左手で背中をさすってくれる。バン君のおかげで少しは痛みが和らいだ気がした。
「終わったよ」
長すぎる手当ての時間だった。僕はこれで痛みからようやく解放されると思った。すっかり安心した僕は力が抜け、そのままバン君の元に倒れ込んでしまう。それをバン君が支えてくれた。
「あとは包帯を巻いておくからね」
バン君は僕を膝の上に寝かせ、救急箱からガーゼと包帯を取り出す。そして傷口に包帯を巻いて手当ては終了した。バン君がよく頑張ったと言って僕の髪を撫でてくれた。僕は服も着ずに大人しく横になっていた。
「傷が治ったらバトルしような! お互いベストコンディションでやりたいし!」
今の僕のコンディションは良くない。もし僕とバン君の立場が逆だったとしても、僕はバン君が完全に回復するまでバトルを待っただろう。ベストコンディションでない相手に勝っても嬉しくない。お互いが最高の力を出し切ってのバトルで勝たなければ意味がない。
バン君はしばらくずっと僕の髪を撫で続けてくれた。時々指が地肌に触れてくすぐったい。温かい手が髪から頬に触れ、僕は横向きから仰向けになる。
「ジン……」
「バン君……」
僕はゆっくりと目を閉じた。





「傷は大丈夫かしら」
「か、母さん! いきなり入って来ないでよ!」
ドアのノックもなしに、バン君のお母様が入って来られる。半分程開いたドアがこれ以上開かないようにバン君が必死に押さえている。僕はその隙にお母様の死角で服を着た。
「だからジンが着替え中なんだ!」
「あらまぁ」
お母様はくすくすと笑いながら階段を下りて行かれた。
シャツのボタンを留め、ベストを着て上着を着る。思えば僕はさっき何をしていたのだろう。傷の手当てはとっくに終わったというのに、いつまでも上半身は裸のままで。さらにはバン君に触ってもらって……。思い出すだけで顔の温度が上昇するのを感じた。お母様が来られなかったら、僕たちは何をしていたのだろう。
「父さんに部屋の鍵でも作ってもらおうかな……」
僕と違ってバン君の部屋には鍵がない。僕たちが部屋で何かをしている最中にさっきのように人が入って来る可能性は大いにある。部屋の鍵が欲しい、とバン君は言うが、そろそろ鍵が必要なことがしたいとでも思っているのだろうか。
「……そのうちな」
バン君は僕の言葉に驚いたのか、目を大きく見開いてこちらを見ている。
「何の話?」
バン君が首を傾げてとぼけている。いや、とぼけているのではなく本当に何のことなのかわかっていないようだった。僕はわからないのならそれでいい、と返した。
「何だろう……ま、それよりさっきの続きしたいな」

続き、というのはお母様が来られるまでにしていたことの続きでいいのだろうか。
僕はドアの近くに座っているバン君をドアと僕で挟むようにして「鍵」をかけた。
「ジン……?」
「鍵、かけたよ」
僕から君に贈る初めてのキス。いつもはバン君からしてくれるけれど、たまには僕からしてみるのもいかもしれない。僕は今日も一緒に過ごせたことと、傷の手当てをしてくれたことへのお礼の気持ちを込めてもう一度唇を重ねた。


「そういえばジンからしてくれるのって初めてだったよね」
「そうだな」

「次の『初めて』もジンとがいいな……」
バン君が僕に笑いかける。こんな笑顔で言われるので拒むことも出来ない。僕は黙って頷いた。
「な、イプシロン」
バン君は新しい愛機のイプシロンに語りかけていた。バン君が言っていたのはバトルの話だった。僕かバン君がまた新しい機体を使うときは、今度こそ僕と初めてのバトルがしたいというわけだ。
僕の初めてのバトルの相手はおじい様だった。昔の僕にとっては手に収まらない程大きなCCMを両手で扱い、前を向いて歩かせるのが精一杯のジ・エンペラーをおじい様の月光丸の前まで懸命に歩かせた。おじい様は僕が攻撃するまで待っていて下さったが、軽々と攻撃を避けて一撃で僕のジ・エンペラーを沈めてしまう。それから後に手にした機体の初めてのバトルの相手もバン君ではなかった。
LBXプレイヤーにとっての初めてのバトルは何よりも大切だと思う。機体を新調してからのバトルもそうだ。僕はまだゼノンを使い続けるつもりだから、次の「初めて」がいつになるのかはキスの続きと同じでわからない。
「僕も次の『初めて』はバン君としたい」
二人でした「初めて」はお互いから最低一回ずつしたキスだけだ。次の――二度目の「初めて」は何になるのかはわからないけれど、二人ですると決めた。いつになるのかはわからない。明日なのか一ヶ月後なのか、それともまだまだ先のことなのか……
僕たちは生まれてまだ十三年だ。まだまだ時間はあるはずだ。だからお互い焦ることもなく、ゆっくりと時間をかけて僕たちの関係を進めて行けばいいと思った。

2012/01/08

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