西暦二〇五〇年、大晦日。町はすっかりクリスマスから正月に変わり、家の前に門松を並べる家が多く見られる。ここにも一軒、そんな場所が見受けられる。家、というよりはまるで城のような黒い建物――海道家の数ある中の別荘の一つだ。
今日はバン、アミ、カズの三人が皆で一緒に年を越そうとジンの別荘にやって来たのだ。三人は執事にジンの部屋まで案内され、扉を開けてもらう。
扉が開き、出迎えてくれたのはジン本人とそれからもう一人。彼はジンの後ろに隠れるようにしてこちらを覗き込む。濃紫色の長い前髪が揺れる。それに気付いたバンがその人物に声をかける。
「あれ? 君は……」
「ユウヤとは退院してから別荘で一緒に暮らしているんだ」
アルテミスの戦闘中意識を失ったユウヤは、病院にしばらく入院していた。退院しても家と家族を失った彼には行くあてもなく、ジンの別荘に引き取られた。それをジンはまだ三人には言っていなかった。
「まあその辺に座ってよ。紅白が始まるまでもう少しかかるみたいだから」
五人はこたつの周りに腰を下ろした。こたつの机の上には、バスケットに入った様々な種類のお菓子がある。その周りには五つのカップが並べられ、そこに紅茶が注がれている。
紅白、というのは名を紅白LBX合戦という。紅と白の二つの組に分かれた男女がLBXの腕を競うものだ。もしアルテミスに出場する程の実力を持つ自分達が大人ならば出演のオファーがかかるかもしれないが、参加者は時間の都合もあってのことか、全員大人だ。それもどこかの大会で上位に入る有名な人がほとんどを占める。
紅白LBX合戦の始まる時間が来た。ステージの幕が開き、男女の司会者が現れる。それに続いて参加者達が一斉に横に並ぶ。
「あー俺も出たいなあ……」
テレビに映る参加者達の姿を見ながらバンがため息を吐く。出場資格がある者は高校を卒業した十八歳以上の男女、とある。まだそれに満たないバン達は出場出来ないのだ。
「あと五年我慢しないとね」
冷静にアミが紅茶に入れたシロップをかき混ぜながら返す。部屋は笑い声と明るい雰囲気に包まれた。
テレビの中では男女が一対一での真剣勝負をしている。女性が勝てば紅チームに点が、男性が勝てば白チームに点が入る。この日だけは各々の性別によって応援するチームが違う日だった。
一回戦は紅チームに点が入った。それを見た紅一点のアミが歓声を上げる。次に勝ったのは白チームだ。男性陣、といっても主にバンとカズだが――が歓声を上げた。
紅白共に同点のまま、どちらも勝利を譲らず大接戦だった。最終試合、着物を着た初老の男性と髪を結った上品そうな女性が現れる。どちらも数々の大会で優勝し名を上げた者達だ。男性は黒いムシャとカブトのカスタム機、女性は美しく塗装された青と白のクノイチ弐式をDキューブに投下した――

結果、女性がクノイチ弐式の素早さで男性のカスタム機を翻弄し、見事に勝利を収めて紅チームが優勝した。アミが一人、紅チームの勝利を喜んでいる。こうして紅白LBX合戦は幕を閉じ、次に始まるのは新年へのカウントダウン番組だ。
ドアが開き、執事が五人に年越しそばを持ってきてくれた。家のものより豪華だ、と言って喜んで食べる三人とは対照的に黙々と食べる二人。三人はおいしさのあまりに汁まで飲み干してしまう。
「今年ももうすぐ終わりだね……」
「長いようで短かったな……」
などと、口々に皆は思いを発す。テレビの中ではすでに来年へのカウントダウンが始まり、出演者や観客達が残りの秒数を数えている。残り、三、二、一秒……
「あけましておめでとうございます!」
テレビの出演者達が声を揃えて言い、それに続いて観客も一斉にそれを言った。二〇五一年、新たな年の幕開けに大歓声が上がった。
「みんな、今年もよろしく!」
「俺の方こそな!」
「ええ」
「よろしく」
バンの言葉に三人が返し、ユウヤもこくりと頷いた。



年が変わってから約十分。いつもならとっくに眠りについているはずの時間だが、まだ五人は眠らないでいた。それから約二十分がたった。話し声は次第に小さくなりつつあり、時折欠伸の音も聞こえてくるようになった。ユウヤに至ってはまるでずっと話を聞いて頷いているかのように首が前後に揺れている。その動きは次第に大きくなり、ついにはジンの方へ倒れ、眠り込んでしまった。
「もう寝た方がいいな」
残りの四人もそろそろ寝ることにした。ジンはユウヤを起こさないようにソファーにそっと寝かせて立ち上がる。そして、バン達三人も欠伸を堪えながら立ち上がった。
「僕の部屋から少し先に客室がある。そこで寝るといい」
「よし、一緒に寝ようぜ!」
カズがバンの肩に手を置き、客室まで引っ張っていった。その後に続き、アミは呆れたような顔をして一つ隣の客室に入る。
「重いな……」
一方、ジンは眠っているユウヤをなんとか持ち上げてベッドに運ぼうと苦戦しているのであった。


◇◆◇◆◇◆


一月一日の午前七時。ユウヤを除いた皆が次々と起床し、部屋の中央にあるこたつの周りに集まる。机の中央には三段に重ねられた箱と人数分の取り皿と雑煮が並べられてある。お節料理だ。
ジンが蓋を開けると、他の三人が中を上から覗き込んだ。まず現れたのは箱の大半を占める、新鮮で今にも踊りだしそうな大きな伊勢海老だ。さらに、鯛までが中に入っている。
「でっけー……」
「伊勢海老なんか食べたことないよ……」
一の重を机に置く。その下の二の重には定番の紅白かまぼこや昆布巻きに厚焼き玉子。さらに、黒豆の上には金箔がまぶしてあった。
「これ何?」
バンが二の重の中のソースのかかった淡い色をした塊を指差して言う。見た目は肉か何かのように見えるが、三人にとっては見たことがないものだったようだ。
「フォアグラだ」
「ええーっ!?」
「あの世界三大珍味の!?」
「伊勢海老の次はフォアグラ!?」
三人が目を大きく見開いて口々に返答する。三人の声とお節料理の匂いに目を覚ましたのか、ユウヤがベッドのカーテンからひょっこりと顔を出して四人の方を見ている。
「今から食べるところだよ、おいで」
ジンがユウヤに手招きをすると、ユウヤはカーテンを開けて中から出てきた。しかし、まだ眠たいのかその足取りはふらふらとおぼつかない。ユウヤは左目をごしごしと擦りながら料理の匂いだけを頼りにこちらに来た。こたつの布団をめくり足を中に入れると温かく、また眠りについてしまいそうだ。
ジンが二の重を机に置く。一番下の三の重には数の子やずわいがにの蓮巻きなどが入っていた。
「こ、これ……いくらくらいしたんだ?」
カズがお節料理の中身を見て、冷や汗を流しながらジンに聞く。ジンは言葉で言う代わりに右手の指を二本立てて値段を示した。
「二万?」
「惜しい」
ジンは首を振り、左手の親指と人差し指を合わせて丸の形を作った。
「に……二十万!?」
「確かそれくらいだった」
三人は目の前の料理の値段に目玉が飛び出そうになる。好きなだけ取り皿に取って食べていい、と言われたが、あまりにも高い料理に圧倒されてなかなか箸を伸ばすことが出来ない。バンは金箔の乗った黒豆を恐る恐る箸で落とさないように皿へと運んだ。
「この豆一粒でどれくらいするんだろう……」
三人が戸惑う一方、ユウヤは平然と伊勢海老を口の中で蕩けさせていた。隣のジンも一通りの料理を皿に取り置き、最後にもう一つカニを上に乗せて口へと運んでいた。



豪華な朝食の後は近くの神社に初詣をしに行った。ミソラタウンの住宅街を出て西に少し進んだ所にあるミソラ神社だ。
アミは準備をするから少し遅れる、と言って後から来ることになった。初詣に来た人込みの中にピンクの可愛らしい着物を着た少女がいる。それがアミだと気付いたバンは声をかけた。
「どう?」
アミは着物の袖をつかんでくるりと一回転してみせた。長い振袖が風に揺られ、振袖の部分の美しい模様が見える。
「似合ってるんじゃないかな」
「ああ」
五人は賽銭箱に五円玉を投げ入れ、両手を合わせて新年の祈願をする。参拝の後はお守りを買ったりおみくじを引いて木に結んだりと、初詣を楽しんでいるようだった。
「そろそろ商店街でイベントがあるらしいぜ」
「へえ、これが終わったら行ってみるか」
列の中に並んでいた男が何気なく呟くと、周りの者達も男達の話に耳を傾けた。


場所は変わり、ミソラ商店街のキタジマ模型店前。男達の話によるとここでイベントが開かれるらしい。しかし、どこにもそんな気配は見当たらなかった。イベントがあると聞いてがっくりする者が多数いたが、事態は急変するのだった。
「何でこんなに人が集まってるんだ? まだ何も知らせていないというのに……」
店のドアが開き、ここの店長をしている北島小次郎がメガホンとビラを持って出てきた。店の前に集まっている者達は顔を上げる。彼の様子からして、男達の会話は嘘ではなかったようだ。
「十時からキタジマ模型店付近でLBX羽根突き大会を始めるぞー! 優勝者には超豪華賞品をプレゼントだ!」
小次郎はメガホンで町内放送を始めた。現在の時刻は九時半頃だ。三十分の間に参加者を集い、大会を始めるそうだ。店の辺りにいた者達は受付の列に並び、参加票を受け取った。
「今日はLBX同士でのバトルはしない。ただの羽根突きだからどんどん参加してくれよな!」
大きく貼り出された紙にルールが書いてある。一対一で武器を使って羽を打ち合い、十分間で羽を落とした回数の少ない方が勝ちだ。羽を落とした者は落とすごとに相手から顔に落描きされる。必殺技を使っても問題ないが、羽を壊すと失格になるそうだ。
列の中にはバン、アミ、カズの三人の他に、ミソラタウンに住んでいる知人達もいた。少し前の方には郷田とゴウダ三人衆に、なんと仙道までもがいる。参加票を受け取った後、郷田は三人に声をかけた。
「お前らも参加するのか?」
「うん」
長い列の後ろの方から何かを撮影している音がする。ミカがさっきからずっと郷田の写真を撮っているのだ。参加票をギンジに預けたリコがブーイングを飛ばしている。

バン達三人が参加票を受け取って戻ってきた。
「あれ? 二人とも出ないの?」
「正式なバトルではないんだろう?」
ジンの言う通り、確かにこれは正式なバトルではない。LBXと装備している武器を用いり、なるべく羽を落とさないように打ち合うだけだ。正式なバトルでないならば自分にとっての利益はない、何よりも大衆の面前で顔に落描きされるなど考えられない。そう考えてジンは参加を見送ろうとしていた。
「どうした?」
ユウヤが列を指差しながらジンの服の袖を引っ張っていた。いつもは無表情な彼の表情は僅かに明るく、期待に満ちているようにさえ思えた。
「出たいのか?」
ユウヤは二回頷いた。よっぽど行きたいのだろう。
「……仕方ないな」
ジンはユウヤに連れられて渋々列に並びに行った。参加票をすでにもらったバン達は初戦に向けてのメンテナンスをしていた。盾は使用禁止なのでバンはオーディーンの盾を外し、武器のリタリエイターだけにする。アミはパンドラのホープ・エッジを磨いている。カズはフェンリルのドミニオンライフルの銃弾を詰めた。


◇◆◇◆◇◆


「さあ、LBX羽根突き大会の始まりだ!」
まず一回戦。五人は勝ち抜いた。バンとカズは顔に何か墨で描かれている。アミ、ジン、ユウヤの三人は無傷だ。
「槍がこんなに使いにくいなんて思わなかった……」
槍は細長いために羽に当たる面積が狭く、少々不利だ。バンは槍を回してなんとか落とさないようにしたが、それでも数回羽を落とした。対戦相手も槍を装備していたので条件は同じだが、操作技術はバンの方が上だったようだ。
「両手銃もだぜ……」
カズは疲れ切った表情で呟いた。援護射撃を得意とする両手銃は戦闘では役に立っていたが、この大会では一切役に立たず重いだけだ。
「二人とも、次の相手が発表させるわよ!」
一回戦で相手の顔を真っ黒にし尽くしたアミが言った。二人はトーナメント表を見る。
なんと、バンとカズが戦うことになっていたのだ。
細い槍対重い両手銃、どちらも羽根突きには向いていない武器だ。それでも必死で羽を落とさないように打ち合う。羽ははるか上空へと飛んでいき、オーディーンの槍をかすめ、下へと落ちた。
「よっしゃ!」
カズがバンの顔に鼻毛を描いた。カズは腹を抱えて笑っている。
「やったな! 今度は俺だって……!」
オーディーンは槍を回し始める。回転する槍に羽が当たり、遠くまで飛んでいく。フェンリルはドミニオンライフルを振り回すが、重くて思うように回らずにバランスを崩し倒れた。
「くっそー……」
バンはカズの額に「肉」と書いた。
試合は続行。どちらも五分五分だったが結果は僅かな差でカズの勝利。バンの顔には長く伸びた鼻毛と顎一面に髭を描かれ一気に大人びたみたいだ。カズの顔には額の「肉」の文字と大きな縫ったような傷が横に描かれ、凶悪そうな顔になっていた。二人はお互いの顔を指差して笑った。
「次は私とカズ、か……」
アミがニヤリと笑い、カズの背筋を冷たいものが這い上がった。アミはナックルの二刀流で二戦を無傷で突破した猛者だ。それに比べてカズは顔中に落描きされている。


隣のフィールドではジンが圧倒的な強さを見せ付けていた。通常の戦闘とは違い、この戦いは十分が経過するまで勝ち負けは決まらない。多くのバトルを数秒で終わらせていた「秒殺の皇帝」にとっては長すぎるバトルのように思われた。だが、ジンは無傷で次へと駒を進め、隣のユウヤの様子を見にいった。
「…………」
終始無言で相手の顔を真っ黒にするユウヤがいた。入院して以来あまりLBXに触れることもなかった彼がここまで回復している――元々の天才的な才能があってか、ブランクがあったことを感じさせない一方的な戦いに観客は大歓声を上げていた。ユウヤはジンが見ていたことに気付き、筆を置いて駆け寄った。

三回戦。顔の半分を黒く塗られたカズが悲鳴を上げる。一度も羽を落とさずにアミが勝った。負けたカズはバンがいる方に向かい、顔を擦りつける。まだ乾いていない墨が伸びて顎髭の面積が増えた。

向かいでも熱い勝負が繰り広げられていた。目の周りと鼻の頭を真っ黒に塗られたリコが郷田の元に駆け寄った。追いかけるのは猫のヒゲを描かれたミカだ。
「リーダー! 見てよこれ!」
リコが後ろから郷田の服を引っ張る。振り向いた郷田はリコの顔を見て聞いた。
「たぬきか?」
「パンダ! あの子ったらアタイの顔をこんなにして……!」
「くすっ、たぬき……」
ミカが口を押さえて笑う。ギンジとテツオもリコの顔を見て大笑いした。リコはショックのあまり顔をごしごしと何度も擦るが、黒く塗られた所はさっきよりも広がっていくだけだった。それどころか、白い肌は墨で黒くなり、パンダではなく本当にたぬきのようだった。
「覚えてろー!」
リコは顔を隠してどこかに走り去った。

「相変わらず酷い顔だねぇ……」
郷田の前に現れたのは次の対戦相手となる仙道だ。郷田も二戦を無傷で突破したのだが、仙道はからかうようにこう言ったのだ。
「元々こんな顔だっての」
「俺に平伏せば少しはマシな顔にしてやるよ」
仙道は誘うように中指を動かして郷田を挑発する。仙道の態度が気に食わなかった郷田はハカイオー絶斗を動かし、仙道のナイトメアに飛びかかる。開始の合図のないまま羽根突きを始めるハカイオー絶斗とナイトメア。
「はいはい、フライングはダメだぞ」
まだ三回戦の準備中だ。小次郎に咎められ手を止める二人だが、闘志は燃え上がり続けている。三回戦が始まるまで二人は睨み合っていた。三回戦が始まると二体は凄まじい勢いで飛び出して激しく羽を打ち合った。
ハカイオー絶斗は絶・破岩刃を野球のバットのように振り回し、羽を一直線に飛ばす。野球ならばホームランだろう。ナイトメアは三体の残像となり、それぞれが羽を他方向から打つ。
「もう同じ手は食らわねえぞ!」
郷田は「本物」を見極め、それの飛ばしてくる羽のみを打った。まずは郷田に一点が入る。郷田は仙道の額からはみ出る程に大きく字を書いた。
「この屈辱……倍にして返すよ」
仙道のナイトメアがさらにスピードを上げる。弾丸のような速さで羽が向かってくる。パワーは勝っているがスピードではナイトメアに劣るハカイオー絶斗は一歩間に合わなかった。これで仙道にも一点が入った。仙道は郷田の左頬に字を書いた。
「てめえ、何書きやがった!」
「さあね」
羽を激しく打ち合い、羽は上空へと舞い上がる。郷田はCCMのボタンを押し、ハカイオー絶斗を超我王砲の構えにさせる。ナイトメアは羽と同じくらいまで高く飛び上がり、ナイトメアズソウルを持って回転する。デスサイズハリケーンの構えだ。
「吹っ飛べ!」
「平伏せ!」
羽は同時に凄まじい攻撃を受けて上空で砕け散った。地上に降り注ぐ星のように羽や破片が舞い降りる。
判定によると二人は羽を壊したので失格となった。当初の目的を忘れ、お互いを負かすことしか頭になかった二人の顔にはその様子を表すような文字が大きく書かれていた。

アミ、ジン、ユウヤの三人は四回戦、五回戦を順調に勝ち進んでいった。驚くことに三人全員が無傷のままで。それをバンとカズが応援している。
大会もいよいよ大詰めだ。準決勝、アミ対ジンだ。バンとカズはどちらも応援し、ユウヤはじっとジンばかりを見ている。
「私だって強くなったんだから……アングラビシダスのようにはいかないわよ!」
アミはアングラビシダスのことを思い出していた。アミのクノイチはバトル開始後すぐにジ・エンペラーの強烈な一撃でブレイクオーバーした。十秒にも満たないバトルでは苦い気持ちを味わった。今回は十分という時間の中で精一杯羽を打ち合う。クノイチの意志を受け継いだパンドラと、ジ・エンペラーの意志を受け継いだゼノン。新たな機体がぶつかり合う。
先攻はアミだ。パンドラは両手にホープ・エッジを持ち、ゼノン目掛けて羽を打った。ゼノンの持つゼノンハルバードは重く、バトルでダメージを与えるには有利だが、羽根突きをするには難しいと思われる。しかし、ジンのゼノンは羽子板でも持っているかのようにそれを動かす。力強く飛ばされた羽を俊敏な動きで打ち返すパンドラ。
武器の形状ではアミの方が有利だが、勝負はわからない。どちらも一歩も譲らないまま八分が過ぎた。
「そろそろか……」
ジンがCCMの画面を見る。十分Cゲージが溜まったようだ。ゼノンはハンマーを振り上げ、ブレイクゲイザーの構えに出る。それが叩きつけられた地面は盛り上がり、羽を高々と押し上げる。普通ならば壊れてしまうだろうが、ジンは羽が壊れないように細心の注意を払っていた。攻撃を避けるのに精一杯のパンドラは惜しくも羽を落としてしまう。羽は元の形のまま横たわっていた。
九分経過。ジンに一点が入った。
結局、アミはジンから一点も奪えず、準決勝戦で敗退し、頬の落描きを空しく残した。


残るは決勝戦。バン、カズは応援席に座っている。準決勝戦で負けたアミも隣に座った。全試合無傷で対戦相手を制したジンの次の相手は意外な人物だった。すぐ近くで大歓声が上がっていたが、一切何も語らずにただじっと何かを見ている彼だ。
「……ユウヤ?」
まさかユウヤがここまで勝ち上がってくるとはジンも思っていなかったようだ。
退院して間もなく、まだバトルの出来る状態ではないユウヤは、ジンが学校に行っている間に密かにジャッジを動かす練習をしていたのだ。誰もいない部屋でDキューブにジャッジを投下し、剣で丸めた紙を上空へ放り投げては一人で打つという単調な作業。ジンとバトルが出来るまで回復したら驚かせてやろうと思ってしていた練習が実を結んだようだ。
「決勝戦、始め!」
小次郎の合図でLBX羽根突き大会決勝戦は始まった。
先攻はユウヤだ。ジンの様子を伺うようにゆっくりと羽をジャッジソードに乗せて飛ばす。ふわりと舞い上がった羽はゼノンハルバードの上に落ちた。ゼノンは羽を壊さないように刃の部分に当てないよう羽を打ち上げる。ジャッジは両手で剣を持ち、地面に向かって羽を叩きつけようとする。それを拾い、再び宙に飛ばすゼノン。激しい攻防は続いた。
十分が経過したが、両者とも点の入らないまま、決勝戦は延長となった。重いハンマーを軽々と振り上げ、どんな所に飛ばされても打ち返すゼノンと機械のように狙った場所に正確に羽をとばすジャッジ。激しい動きを見せる二体のLBXとは対照的に、それらを操作している二人は至って落ち着いている。

それから約一時間。まだ引き分けのままだ。どちらも点が入っていないので、先に点を入れた方が勝ちとなる。しかし、どちらも疲れた様子を見せることなく長いラリーが続く。羽はまるで見えない糸で繋がっているかのようにお互いの武器に引き付けられ、また飛んでいく。羽が移動するにつれて観客の首もそれに合わせて動く。
「二人とも頑張れー!」
ざわめく観客の声に負けないくらいの声でバンは精一杯二人を応援した。二人がCCMを片手で操作しながらまだ余裕があるのか、バンの方を向いてもう片方の手を振った。
「……ぷっ」
「…………」
墨で汚れた顔を擦り付けられ、真っ黒になった下顎には立派な髭を蓄えた男が両手で口を囲んで応援している。いや、男の正体はカズに描かれた顎髭と鼻毛が顔から伸びているバンだった。数十年の時を経たかのようなバンの顔を見てジンは笑いを抑えることが出来なかった。手で口元を隠しているが、肩が震えている。ジンが笑っていることは明らかだった。一方、ユウヤは表情一つすら変えることもなく、ゼノンの打った羽を剣ですくい上げる。ジンが口を押さえて笑っている隙にユウヤは見事に一点を決めた。
開始から一時間半が経過していた。一点が入ったので決勝戦はここで終了した――

「えーと……優勝は、灰原ユウヤ選手」
ユウヤの優勝に盛大な拍手が送られる。優勝賞品としてユウヤに贈られたのはメンテナンスグリスL一年分無料券だった。これでいつでもジンと思う存分バトルが出来る……ユウヤにとってはそれが優勝したことよりも嬉しく思えた。
「じゃあコメントをどうぞ」
小次郎がユウヤにマイクを渡す。しかし、ユウヤはマイクに見向きもせずに筆を取る。そして、ジンの方へと向かってゆく。筆の先からは墨がポタポタと垂れ、落ちた所が黒くなる。ユウヤはジンの正面に立ち、片手で顔を固定すると、筆の先をジンに向けた。
「……覚悟は出来ているさ」
自分が負けて、ユウヤが勝った。顔への落描きを拒否する理由もない、敗者は潔くそれを受け入れる。顔に何かを描かれるのは喜ばしいことではないが、ルールは守らなければならない。ジンは顔の上で筆が動かされるのを黙って見ていた。


――後日、キタジマ模型店の店内には筆を持ったユウヤと、右頬にハートが描かれたジンの写った写真が飾られていた。

2011.12.31

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