ミソラタウンもクリスマスの季節がやってきた。商店街の中心に大きなモミの木が綺麗な飾りをつけて人々を出迎えている。
クリスマスだけど俺たちはいつも通り開いているキタジマ模型店に足を踏み入れる。クリスマス期間だからいつもより安く買える。俺はリペアキットとメンテナンスグリスをたくさん買った。この二つはいくらあっても足りないくらいだ。
「三人にお願いがあるんだが……」
レジごしに北島店長が言った。やけに深刻そうな顔をしているけれど、何かあったのだろうか。
「今日一日だけ手伝ってくれないか? 頼む、この通りだ!」
店長は子どもの俺たちに深々と頭を下げた。手伝うといっても、何を手伝えばいいのかわからない。今日は夜にクリスマスパーティーをする予定だったけど、それまでまだまだ時間がある。俺たち三人は内容も聞かずに快く引き受けた。
「よしきた! これで隣の店に勝てるぞ!」
店長は腕を振り上げ、ガッツポーズをした。でも、隣の店と何かあったんだろうか。隣の店はLBXに関係ない普通の店だったと思うけれど。
「あのー……俺たちは何をすればいいの?」
店長は黙って一枚の紙を俺たちに見せた。
そこには第××回ミソラ商店街クリスマス企画、と書かれていた。その下に企画の紹介文がある。「キタジマ模型店:LBX世界大会アルテミス参加者達と戦える夢の一日」と。
「この人ったら見栄張って滅茶苦茶なクリスマス企画を出しちゃってね……」
沙希さんが笑いながら肘で店長を軽くつついて言った。俺たちが今日来られなかったらどうするつもりだったんだろう。
「そんな滅茶苦茶な企画なんかよりも、あそこのツリーの下でバトルした後にキスでもしたカップルは一生一緒にいられるっていう噂を広めてさ……」
「お前の案じゃ子供達が楽しめないだろう」
「みんなも連れてきた方がいいかな……」
俺たち三人はジン、郷田、仙道に電話をかけた。ジンと郷田はすぐにOKを出してくれたが、仙道に電話をかけたカズは手間取っているようだ。
「うぅ……ダメだってさ」
カズはがっくりと項垂れた。人数が三人から五人に増えた。二人増えるだけでも十分心強い。それに……明日だけジンと一緒に過ごす予定だったのが今日も一緒にいられることになったのが嬉しくてたまらない。

「助けに来てやったぜ。ジンはもう少ししたら来るってさ」
郷田が店に入ってきた。その後ろにはなんと仙道がいた。でも、すごく嫌そうな顔をしている。
「そこで暇そうにしてたから連れてきた」
郷田が言うには、仙道はブルーキャッツの前で一人でCCMを触っていたらしい。忙しくて行けないわけではなく、ただ面倒臭いから行きたくなかっただけのようだ。
「別に手伝いに来たんじゃない。俺は強い奴と戦えると聞いたから来ただけだ」
俺たちはジンが来るまで店内でしばらく待った。
その間に店長から説明を聞く。開催期間は今日の昼から夕方にかけての間だ。小さな大会を開き、上位六名が俺たちと戦う権利がもらえるらしい。クリスマスイブの今日だけでいい、というので明日はジンと二人でいられるんだ。



空から響く轟音。これは間違いない、ジンの乗っている戦闘機だ。俺は戦闘機が近づいてくるのを確認すると外に出た。
「遅れてすまない」
ジンはそう言うが、今暮らしている別荘からここまでかなりの距離がある。それでもまだ一時間もたっていない。
ジンはヘルメットを執事さんに渡すと、座席から舞い降りる。その姿はまるで天使のようで……
「店長、ジンが来たよ」
これで六人全員がそろった。俺はジンにさっき店長が説明してくれたことを簡単に話した。
「まずはこれを着てくれ」
店長から渡されたのは、サンタとトナカイの衣装が三着ずつ。大きいサイズが一着ずつと小さいサイズが二着ずつだ。ただ戦うだけだとつまらないからみんなにクリスマス気分を味わってもらいたい、と店長は言う。
みんなでどっちを着るかを選ぶことになった。サンタ服をめぐって郷田と仙道が火花を散らし、じゃんけんをずっとしている。ずっとあいこでなかなか決まらない。仲がいいのか悪いのか、なんて笑いがこみ上げてくる。
「私はサンタね」
じゃんけんに最初に勝ったアミがサンタ服を取った。残るはサンタ服が一着と、トナカイの服が二着。トナカイの服は中も外も毛皮に覆われていて、冬でも暑そうだ。温度のことを考えると、できればサンタの方がいい。
俺たち三人はじゃんけんを続ける。俺とジンがパーで、カズがグー。
「蒸し暑そうだな……」
遊園地で見かけるような着ぐるみではない。上下をもこもこの衣装で包んでトナカイの顔のついた帽子をかぶるだけでいい。
「先に選んでいいよ。僕はどっちでもいい」
今日は冬といっても日差しがある。こんな日にこんな暑い格好をジンにさせるのは心配だ。どっちでもいいって言うけれど、せっかくのクリスマスに倒れられたら俺が悪いみたいだ。
「俺、トナカイでいいよ。はい」
俺はサンタの服をジンに渡した。
「…………」
サンタの服を持ったまま、ジンが沈黙している。何かまずいことでもしたかと思い、ジンの方を見る。
「バン君……これを僕が着なければならないのか?」
「え……?」
ジンが持っているのは、サンタの服とスカート。それもすごく寒そうな長さの。これは女物だった。アミがサンタのズボンを持っている。気づかなかった……
「はい」
アミがズボンとスカートを取り替える。
向こうでは、まだ衣装で争う二人の声が聞こえていた。そんな二人は置いといて、俺たちは従業員室に着替えに行った。アミは一つ隣の部屋。


俺はトナカイのズボンに足を通す。しばらく履いていたら蒸れそうだ。それでも仕事だから、と我慢して履く。トナカイの衣装は色々と着にくい。長い毛が鼻をくすぐり、鼻がむずがゆい。手は思っていたよりも動かせそうだから、バトルには支障がないと思う。
ふと、俺はジンの方を見る。着替えも終わり、俺たちが着替え終わるのを待っているようだ。黒っぽい服ばかり着ているジンがクリスマスだからとサンタの赤い衣装を全身にまとっている……それが何だかいつもと違う雰囲気でいい、なんて思った。
「何ニヤニヤしてんだよ」
全身をトナカイの衣装で揃えたカズが俺のズボンについているしっぽを引っ張った。
「ジンのミニスカサンタ姿でも想像してたんだろ?」
「してないよ!」
俺はただジンの珍しい格好がいいな、としか思っていない。別にスカート姿を想像してニヤニヤなんかしていない。でも、何でも似合いそうだし可愛いだろうな……
カズとこんなやり取りをしているけど、俺はジンとの関係をまだ誰にも言っていない。第一男同士だし、すごく周りには言いづらい。親友のカズや、アミにさえも。
俺は角の生えたトナカイの帽子をかぶった。


部屋から出ると、サンタの衣装を着たアミがいた。
俺はさっきカズに言われたことが何度も頭の中をぐるぐる回っていて、アミの姿を見て思い切り吹き出してしまう。頭に乗せられた赤いサンタ帽、もこもこと暖かそうなサンタの服に、少し寒そうなスカート。そして、その下から覗く白い足。俺のためにプレゼントの入った袋を持って枕元にでも来たら最高だ。
「変……かな」
アミが自分の服を上から下まで見て言った。
「違う違う、こいつアミの格好をジンに……」
「言わなくていいよ!」
たぶん、俺の顔は真っ赤だ。カズがあんなこと言うから、本当に想像していたことが頭から離れない。
一度見てみたい、なんて思うけど他の人には見せたくない。俺は激しく首を横に振り、考えていることを必死で振り払った。

郷田と仙道がいない。やっとどっちが何を着るのかが決まったみたいだ。
郷田がトナカイで仙道がサンタ。力強くソリを引っ張ってくれそうなトナカイと、プレゼントを本当に配ってくれるのか怪しいサンタだった。
時計を見ると、時刻は十一時だった。早めの昼食を食べて準備をしないといけない。ミソラバーガーと書いてある箱を店長が開ける。昼食は俺たちが着替えている間に予約していたものが届いたらしい。ふたを開けるとできたてである湯気とチキンのいい香りがした。
クリスマス用のチキンは高くて母さんが買ってくれない。店長のおごりだというので俺たちはお礼を言ってありがたく食べた。今日食べたチキンは中からクリームが出てきた。特別なソースとパンがついていておいしかった。
昼食を食べ終わった後は、店の隣の広場にDキューブを広げて並べる。クリスマスだから南極や氷河のDキューブばかりだ。店長と沙希さんは受付の椅子に座って参加用紙やトーナメント表と、それを貼り付けるボードを準備していた。
十二時を知らせるチャイムが鳴った。もうたくさんの人が来ている。いったい、どれくらいの人が来ているんだろう。ミソラタウンだけでなく、もっと遠くから来た人もいるみたいだ。アルテミスやアキハバラキングダムほどの参加者はいない小さな大会だけど、参加者の列を眺めていると知っている人も何人か来ていた。
店長がくじ引きの結果を見て、トーナメント表に名前を書き込んでいく。ミカやリュウ、ゴウダ三人衆に拓也さんと里奈さん。レックスは……いない。
それからアキハバラからはるばるやって来たオタレンジャーたちもいる。これはすごいバトルになりそうだ。
「やあ、バン君」
「ケイタ君!?」
振り向くと、受付を終えたケイタ君と二人の仲間がいた。ケイタ君たちはミソラタウン出身ではないから、わざわざ電車で来たらしい。三人ともアルテミス以来一度も会っていないけど、確実に強くなっているだろう。
「リーダー、絶対この子に勝つから見ててよね!」
「違う。勝つのはあたし。絶対郷田さんと、戦う……」
まだLBXでのバトルは始まっていないのに、ここではミカとリコが激しい戦いを繰り広げていた。初戦は二人が戦うらしい。一回戦からすごい組み合わせだ。
「仙道君、私と戦おうじゃないか!」
「ダイキに勝つのは俺だ!」
「アルテミスでの恨み、晴らしてやるぜ!」
ユジンさんとアルテミスで仙道のチームだった人たちが仙道に向かって闘志を燃やしている。ユジンさんの今日の衣装はいつもと同じ赤だけどクリスマス用らしく、少し違う。
「アミちゃ〜ん!」
「アミたん!」
リュウとオタイエローが火花を散らしている。
視線を奥に移すと、すごい人だかりができていた。よく見えないけれどあの真ん中にはたぶんジンがいる。若い女の子からおばあさんまで、ジンは大人気だ。よく見るとお兄さんやおじさんも混ざっている。ジンは強いからなあ……
「モテる奴はいいよな……」
俺の隣でパタパタとパンフレットであおぎながらカズが言った。外に出て思ったけど、トナカイの衣装はやっぱり暑い。
これだけ人が集まったこの大会は本当にすごい大会になるに違いない。トーナメント表がボードに大きく貼り出された。


◇◆◇◆◇◆


俺たちが見ている前で熱いバトルが始まった。大会の熱気と服の暑さで汗が噴き出してくるくらいだ。参加したいけれど、その気持ちをぐっと抑えて俺は椅子から見物する。みんなもバトルしたくてウズウズしているように見えた。誰が勝ち上がってくるのかはわからない。

「勝ったからね! 待っててよリーダー!」
早速勝負が決まったみたいだ。飛び上がり嬉しさを体いっぱいで表現するのは……リコだった。リコとのバトルに負けたミカは、トナカイ姿の郷田の写真を色々な角度から撮り続けている。
「郷田さんにリードされたかったな……」
ミカがため息を吐く。負けても頬はほんのりと赤く染まっている。そんなミカに郷田はミカのいる所まで行って声をかけた。
「そんなに俺と戦いたいのか? だったら明日スラムまで来いよ」
ミカはさっきよりも顔が赤くてすごく嬉しそうだ。ミカは郷田が席に戻るときにCCMを構え、今度は後ろ姿を撮っている。

それから小一時間後……
上位六人が決まったようだ。六人の中にケイタ君もいた。
ルールによると上位六人は順番に俺たちの中から戦いたい人を指名できる。
「そこの可愛いトナカイの君、私と戦いましょうよ!」
俺たちのいる座席に向かって一位の人が言った。カズも郷田も俺の方を見るので、たぶん俺のことだと思う。でも、知らない人だ。
羽の生えた黒い帽子をかぶり、仮面をつけたマントの女の人。帽子の飾りにはMと書いてある。トーナメント表の名前を見ると、マスクドMと書いてあった。
二位のケイタ君はカズと戦うことになった。ケイタ君と戦えなくて少し残念だ。でも、この人も勝ち上がってきたんだから強いはずだ。どんなLBXを使うんだろう。

「ミステリアスな仮面の淑女、マスクドM参上!」
「ええっ!?」
マスクドMのLBXは俺の使っていたのと少し色が違うAX-00だった。AX-00はこの世に一つしかない、と聞いていたけどなんでこの人が持ってるんだろう。俺は首を傾げた。
「ゆけ、オーディーン!」


◇◆◇◆◇◆


「嘘だろ……」
オーディーンは超プラズマバーストのために力を溜めていた。その間にマスクドMのAX-00の必殺技がオーディーンの溜めを解除し、そのまま一瞬でブレイクオーバー。マスクドMの正体や何故AX-00を持っているのかが気になって勝負に集中できなかったのもあるけど、この人は純粋に強かった。
「強い……ですね」
「あらそう? バンもまだまだね」
マスクドMが仮面を取る。その下には見覚えのある顔があった。
「母さん!?」
マスクドMの正体は母さんだった。母さんは俺にだけ顔を見せるとまた仮面をかぶった。
「このことは父さんには内緒よ」
母さんはそう言い残してどこかに行ってしまった。ケイタ君とのバトルを終えたカズがこっちに来た。結構いい所までいったらしい。それから他のみんなも来た。
大歓声の中、大会は終わった。
それにしても母さんの強さには驚いた。AX-00は父さんが母さんに作ったものだと思う。けど、あのすごい操作テクニックはいつ身につけたんだろう……


「今日は助かった。ありがとう」
大会が終わった夜、今日は店の中でクリスマスパーティーをすることになった。沙希さんがケーキを買ってきてくれた。苺がたっぷり乗った大きいホールケーキだ。砂糖でできたサンタさんとクリスマスツリーや、チョコレートも上に乗っている。
沙希さんはケーキを八等分にする。誰が上のお菓子を食べるかのバトルが始まった。店長と沙希さんは遠慮して俺たちに譲ってくれた。それからジンと仙道も。甘いものが苦手らしい。
今四人がお菓子を狙っている。食べられる確率は四分の三。可能性としては十分にある。
「食べるのは俺だ!」
「私よ!」
じゃんけんで誰が食べるのかを決める。
四人もいるから長々とあいこが続く。これで十回目。俺はチョキでみんながグーだった。
「はあ……ついてないや」
三人はおいしそうにお菓子を口に放り込んでいる。俺はうらやましくてその様子をずっと見ていた。

パーティーが終わると、俺たちは着替えに行った。ようやくこの蒸し暑い衣装から解放される……俺は一気にトナカイの衣装を脱ぎ捨てた。
「バンの相手って激強だったんだろ? でもよく頑張ったぜ!」
郷田がトナカイの衣装を着たまま俺の肩に手を置く。毎度のことながら、何かあるたびに郷田は俺とスキンシップを図ろうとする。仙道はそれを呆れたように見ている。今日は体温に加え、服のこともあって余計に暑い。触るなら着替えてから触ってほしかった。
「あれ? ジンは?」
部屋には今五人いるはずだ。それなのにジンがいない。いつの間にかいなくなっていることはよくあったけど、まさかあの格好のままで帰るとは思えない。俺はジンの服をかばんに詰めて先に出ることにした。


商店街の中を俺は歩き続ける。ブルーキャッツ、ゲームセンターにコンビニ……色々な所を探してもジンはいない。こんなに遅い時間だし、目立つ格好だし何かあったらどうしよう。俺は商店街を抜けて駅に出た。そこにもジンの姿はなかった。
一旦店に戻ってみよう、俺はもう一度商店街をくまなく探しながら歩き始めた。
夜空には星が出ている。みんな家に帰ったのか、人通りも少ない。さらに、雪まで降り始めた。これからきっと寒くなるだろう。俺はクリスマスツリーの前のベンチに座ると、CCMを取り出した。
「出てくれるかなあ……」
ジンはいつも忙しいのか、あまり電話に出てこない。メールを送ればいいけれど、返信はあまり来ずに会ったときに口頭で返ってくることが多い。それでも特に不自由したことはなく、つき合ってからもずっとそのままでいた。


俺の座っているベンチのすぐ後ろにあるクリスマスツリーの辺りから電話の音がした。もしかしたら、と思い、俺は振り返った。
「メリークリスマス、バン君」
ツリーの陰からジンのサンタ帽が顔を出している。ツリーの周りも回ってしっかり見たのに、気づかなかったのだろうか。サンタの格好をした人は商店街にたくさんいた。もしかしたらその中にジンがまぎれていたのかもしれない。
「心配したんだよ?」
「……すまない」
「いいよ、ジンが無事だったんだし」
俺はベンチに来るようにジンを手招きした。ジンは手に何かを持っている。透明な袋と可愛らしい模様の描いた紙に、花束のように包まれた何かだ。
「そこで買ってきたんだ。ケーキの上のお菓子をずっと食べたそうにしていただろう」
ジンが包みを開く。中身はクレープだった。黄色くて薄い生地に包まれた苺と生クリームと、赤と緑のソースのかかった白いアイス。その上には星型のチョコレート。二本のポッキーも横に入っている。
ミソラクレープに売っているクリスマス期間限定のクレープだ。
「俺にくれるの?」
「ああ」
「ありがとう……そうだ、一緒に食べない?」
ジンが買ってきてくれたのに、俺が一人だけで食べるわけにはいかない。甘いものは苦手みたいだけど、ケーキも食べていたことを思い出し、ジンに聞いてみた。できれば二人で一緒に食べたかったからだ。
「少しだけなら……借りていいかい」
「うん。もう舐めたけど大丈夫?」
「ああ」
ジンは俺の手からアイスを食べるのに使っていたスプーンを取る。スプーンは緑色で上の方にツリーの形をした飾りがついている。
ジンはソースのついていないバニラアイスの部分だけを食べている。このアイスは苺とメロンのソースがかかっていて、雪みたいな口どけだった。おいしいと思ってくれているのかな……
「おいしかったよ」
スプーンが返ってきた。少しだけソースの部分も減っていた。俺はそれでアイスをすくい、もう一度口に運ぶ。さっきジンに貸したばかりだから何だか照れくさかった。

クリスマス限定クレープ、完食……すごく甘かった。二色のソースがかなりきいている。これでもかというほどの量の生クリームで口の中がぬるぬるしてきた。何でもいいから飲み物が飲みたいくらいだ。俺は自動販売機でオレンジジュースを買い、ジンにはお茶を買ってきた。
「はい。こんなものしか出せないけど……」
「ありがとう。そうだ、飲み終わったら僕とバトルしないか? 少し物足りなくてな」
聞けばさっきの大会でジンはたった四秒で対戦相手のLBXを倒したらしい。さすが「秒殺の皇帝」だと思った。
ふと、俺はあることを思い出した。朝に沙希さんが言っていた言葉だ。作り話だから本当に叶うかどうかはわからないけれど、今日くらいちょっと背伸びしてみたっていいと思う。
「俺もしたいって思ってたんだ。それから、終わった後は俺の家に泊まりに来るだろ? その前にさ……」
「何?」
「聞いた話なんだけど、ここでバトルした後にキスしたカップルは一生一緒にいられるんだって」
言っちゃった……。噂を口実になんかしたけれど、本当はジンとキスしたかっただけだ。こうでもしないとそんな機会はないかもしれないし。
「試してみるかい?」
「え? いいの?」
できれば今すぐにでもジンに飛びつきたい。そんな思いを抑えて俺はDキューブを投げ、バトルの準備をした――


◇◆◇◆◇◆


次の日。俺たちは一年生四人だけでミソラ商店街を歩いていた。キタジマ模型店を出て、クリスマスツリーの近くに来る。
その周りで複数の男女がバトルしていたりキスしていたり……それを見てアミがうっとりとした表情で言った。
「こういうのってロマンチックよね……私も早くいい人見つけなきゃ!」
この噂を知っているのはあのとき店にいた人だけだ。実践したのはたぶん俺たちだけで、まさか……見られた? なんて考えると、冷や汗が出た。
「あの噂はどうやら本当らしいな」
ここは色々な意味で歩きづらいので少し早足でツリーの横を通り過ぎる。その間にジンが俺にこう言ってきた。ジンはあのとき店にいなかったから噂は沙希さんが作ったということを知らない。
「誰が広めたのかしら……」
「き、きっと店長と沙希さんだよ! ほら、教えてくれたし……」
アミとカズが不思議そうにこちらを見ている。ジンだけが妙に納得したように見えた。


「沙希、あの噂を広めてきたのか……?」
「さあ? 知らないよ」

2011/12/24

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