アキハバラキングダムは山野バンチームがマスターキングを制し、幕を下ろした。マスターキングの操る機体、アポロカイザーの神速剣をハカイオー絶斗とナイトメアが身を挺してオーディーンを守った。大会の序盤からは想像出来ないような見事なチームワークに観客は息を呑む。熱い戦いに大歓声が起こった。
これは、その後の出来事だ。

アキハバラ裏通りでは、LBXマニアがバトルをしたり、カスタマイズした機体を見せ合ったりと、大会の熱気もまだ冷めていないように思われる。通りの中を青年、というにはまだ年若く、少し幼さの残る顔立ちをした少年が靴音を響かせる。
アキハバラでは彼の名を知らない者は誰一人いない。彼とすれ違う人々は皆、振り返る。今大会優勝チームの一員というのもあるが、その凄艶さに人々は目を奪われた。長身で細身、端整な顔立ちは勿論、整髪料で固めた紫色の髪に入れられた若紫色をしたメッシュが彼の個性を引き立てる。「箱の中の魔術師」こと、仙道ダイキだ。
LBXマニア達が腕を競い自慢し合う狭くごちゃごちゃした通りを彩る美しい花、といったところか。しかし、強気な性格が仇となるのか、どこか人を寄せ付けない雰囲気がある。高嶺の花、という言葉は彼の為にあるのかもしれない。
そこに現れたのは鮮やかな赤の蝶。いや、蝶とは形容し難いのだが、その動きは花の蜜の香りに惹き寄せられる蝶のようだ。鳥の形をした赤い覆面にジャージを着た男――ふざけた格好だと言う者もいるが、この男の正体はアキハバラの平和を守る戦士であるオタレンジャーの中の一人、オタレッドだ。アルテミスやアキハバラキングダムなど、様々な大会に出場してはその奇怪な格好とは裏腹にかなりの好成績を挙げている人物だ。
オタレッドは仙道に声をかけ、引きとめる。
「やあ、仙道君! 私は今裏通りのパトロールをしているんだが、君も一緒にどうだい!」
「……邪魔だ」
仙道はこの時むしゃくしゃしていた。
「皇帝」の名を持つLBXの使い手であるマスターキングは倒したのだが、同じ「皇帝」の二つ名を持つ男にはまるで敵わなかった。仙道は自分が優勢に立っていると思い、彼のLBXを弄ぶように攻撃を仕掛けた。彼は防戦一方と思われたが、仙道の操るナイトメアは一瞬にして地に伏すこととなった。彼は驚異的な動体視力で三体に分身したナイトメアの動きを完璧に読み取り、僅かに速い動きを見せる本物の一体を的確に攻撃した。「皇帝」の名を持たないLBX――プロトゼノンを操ってはいるが、「秒殺の皇帝」の異名を持つ天才である、海道ジン。仙道自身も幼い頃から天才と呼ばれていたが、自分より二つ下の天才が癪に障ったのだ。
仙道は、ミソラタウンのゲームセンターでジンを見て以来、「皇帝」の座から引きずり落としてやろうと考えていた。アングラビシダスやアルテミスでは途中で敗退し、ジンとの勝負に在り付けず、アキハバラキングダムで「キング」の座を巡っての初めての争覇には心躍った。
しかし、「魔術師」は「皇帝」には歯が立たず、腕一本をもぎ取ることが精一杯だった。

どうでもいい奴に勝てるのは当然だが、本当に勝ちたい奴には何故勝てないのか――などと仙道は考える。
この男だってそうだ。大会を舐め切ったような馬鹿げた格好のクセに恐ろしく強い。仲間二人を巻き込んだ仙道に裁きを下し、正義を示した男。
仙道は復讐を誓い、オタレッドに再戦を求める。だが、そこに割って入ったのは別の男。「地獄の破壊神」と恐れられ、ミソラ二中で同じく番長を張っている郷田ハンゾウだ。ミソラ一中で最強の称号を持つ仙道は、ゲームセンターの使用権を争い番長同士のタイマンを張った。三体のジョーカーを同時に操り、郷田のハカイオーを玩弄した。仙道は圧倒的な優越感に浸り、ゲームセンターの使用権を欲しいままにした。
しかし、舎弟争いを名目とした再戦で仙道は郷田の「仲間を想う気持ち」とやらに負けた。そしてバン達のパーティーに加わり、アキハバラキングダムに出場した。
さらに仙道はアングラビシダスの準決勝でバンにも負けた。郷田に使った手段は効かず、ハカイオーの腕を付けたアキレスの槍が仙道のジョーカーを三体を一突きで沈めた。バンは郷田に勝ち、あのジンとも互角またはそれ以上に戦った。もしオタレッドと一対一で戦えば、おそらく彼の方が強いだろう。

自分はその四人全員に負けた。超えたい奴を誰一人超えられない、そんな思いで仙道は苛立っていた。
「俺はそこの模型店に用があるんだ」
仙道は正規模型店には売っていないであろう高性能のパーツを探しに来ていた。コアパーツも一新し、勝つためには新しく換えたばかりの機体も手放しても構わないとさえ思っていた。
「何か探し物かい? だったら私がオススメするのは……」
オタレッドはまるで店員のように商品の説明をする。しかし、それは仙道にとっては腹立たしいだけだった。
「やっぱり市販品じゃ無理だな……」
パーツを手に取り熱弁するオタレッドを黙殺し、店を出る仙道。それに気付いたオタレッドは慌てて商品を棚に戻し、その後を追いかける。
「ま、待ちたまえ! わ、私は……ぜえぜえ」
ヒーローとはいえ、その正体は体力にはあまり自信がないらしい社会人のオタクだ。覆面は蒸れて暑く、息苦しい。自分の呼吸で眼鏡が曇り、前もよく見えない。オタレッドは道のど真ん中で派手に転倒した。転んだ拍子に覆面が地面に転がる。
「待って……下さい、仙道君……ヒイヒイ」
オタレッドが仙道のスカートの部分の裾をつかむ。道で腹ばいになっている怪しい格好の奴につかまれ動けない、仙道に周りの者の視線が集まる。視線は見捨てるのか、とでも言っているように思えた。
「自分で起きろ」
オタレッドは肩で息をしながら起き上がる。仙道が周りの者に一睨みをきかすと、視線は一斉に立ち退いた。
面倒な奴に会ってしまった、と仙道は舌打ちをした。
「何か探し物ですか?」
「アンタには関係ないだろ」
仙道は覆面を外したオタレッド――いや、ユジンを振り払うように早足で歩く。どこに向かうのかはわからない。ただ仙道は一人になりたかったのだ。


二人は歩き、大通りに出た。ユジンはまだついてくる。様々な格好をした者が出迎える怪しい店が点々と並ぶ通りをずかずかと歩き、公園に着いた。
「しつこいな……」
ユジンは息を切らしながらもついてきていた。
仙道はそんなユジンに目もくれず、木陰にあるベンチに座り、愛機であるナイトメアにグリスを塗り始める。マスターキングの神速剣のダメージは大きく、機体にはいくつものヒビが入っていた。店でメンテナンスをして貰おうと思っていたが、オタレッドが店内で騒ぐのでメンテナンスもせずに店を出てきた。そういう訳で仙道はここでメンテナンスをしているのだ。
ユジンがベンチに座った。少しベンチが揺れ、グリスを塗る場所がずれた。たったそれだけのことなのに、無性に腹が立つ。仙道は立ち上がり、隣のベンチに移動しようとした。
「仙道君」
突如、ユジンに呼び止められる。だが、仙道は振り向きさえもしなかった。
「少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃないですか……」
仙道は時間の無駄だ、と思ったが三分だけユジンの話を聞いてやることにした。まずはその変な格好をどうにかするように言うと、ユジンは公衆便所に向かい、服を着替えてきた。その間、約五秒――
「仙道君に見せたい物があるんです」
ユジンは紙袋から一体のLBXを取り出す。漆黒のボディが鈍く光る、羽の生えた機体だ。店でもこんなLBXを見たことがない。一点物なのだろうか。
「一点物か?」
「ええ、一応……」
一点物、という言葉に仙道は反応する。仲間の持つオーディーン、パンドラ、フェンリル、ハカイオー絶斗にプロトゼノン……皆一点物の機体だ。ユジンの機体もハンドメイド製だそうだ。


――郷田とのバトル後のアキハバラキングダムに出場する少し前、グリスを買うために仙道は裏通りを一人で歩いていた。途中、見知らぬ男に声をかけられ、一体のLBXを見せられる。丁度愛機であったジョーカーMk-2も郷田とのバトルで半壊状態までに陥っていた。男はこのLBXをとある大会社の試作品だと言う。男は仙道にその機体のテストプレイヤーとなって欲しいと言った。機体はナイトメアと名付けられたジョーカーの後継機だった。
これも運命の導きなのだろうか、仙道はナイトメアに魅され、それを手にすることとなった。男は代金はいらないと言い残し、まるで逃げるように裏通りを去った。
不思議に思った仙道だが、男を決して咎めはしなかった。それどころか、裏通りにいるLBXマニア達に片っ端から勝負を挑み、次々と勝利を収めた。彼らは仙道の操るナイトメアの恐ろしいまでのスピードと三体の残像に翻弄され、手も足も出なかった。
そして、アキハバラキングダムに仙道は男に貰ったナイトメアで出場した。大会の様子はテレビで全国に放送され、ナイトメアを作ったという大会社――タイニーオービット社の社員達も見ていた。
大会終了後、仙道はタイニーオービット社の社員と思われる者達に何も告げられずに捕らえられる。会社から試作品であるLBXが何者かによって盗まれた、と彼らは言った。彼らは仙道が犯人だと疑っているのだ。しかし、仙道は見知らぬ男にナイトメアを渡されただけで事情を何も知らない。さらには男はもうどこかに消えてしまった。
大会で盗まれたはずのナイトメアを使っていることが何よりの証拠だ、と一人は言った。盗品を全国に放送されるような大会で堂々と使う馬鹿はいない、と仙道は否定した。それでも仙道の疑いは晴れない。社員の一人は警察を呼ぼうとCCMを取り出した。そこに、数人のLBXマニア達が口を揃えて仙道は無罪だと言った。仙道の代わりに彼らが事情を社員達に説明した。社員達は揃って顔を見合わせる。
タイニーオービット社はナイトメアを腕の立つプレイヤーに貸し、データを収集しようとしていたところだった。まだ試作品の状態だったが、ナイトメアは好成績を上げていた。数々のLBXとのバトルを経験し、必要なデータも十分溜まった。さらにはライバル会社であるサイバーランス社の新たなLBX――プロトゼノンのデータまでをも収集することが出来た。LBXは盗まれてはいたが、タイニーオービット社にはこれ以上の利益はないだろう。
仙道は盗品なら返す、と言う。しかし、社員達はジョーカーと同じくクセの強いナイトメアをここまで巧みに操る者は世界中のどこを探してもいないだろうと思い、ナイトメアを仙道に譲ると言った。そういう訳で仙道はナイトメアを手に入れたのだった――


◇◆◇◆◇◆


「これ、アンタが作ったのか?」
「はい」
仙道はそれを見て見事な物だと思った。計算し尽くされた一切の無駄のない設計と神々しさを放つ美しい羽、元々ストライダーフレームを好んで使う仙道だったが、この機体はナイトフレームにもかかわらず、魅力的に見えた。それが、今隣に座っている平凡そうなこの男の手で生み出されたのだ。
「言いたいことはそれだけか? 自慢なら他の奴にしろ。なんで俺なんだ」
本当は喉から手が出る程欲しいのだが、素直になれずに仙道は冷たく言い放つ。どうせ自慢するだけして、それを貰えないのなら見る価値はない。しかし、一度見てしまった以上、仙道はその機体のことをずっと考えていた。

仙道が話を聞いてから、既に十分が経過していた。
「何か悩んでいるようだったのでこれを見せたら喜ぶかなと思いまして。気に入ったのならあげますし」
「……何?」
仙道はユジンの手からそのLBXを奪い取る。本当にこれが自分の物になるというのか、もしそうならば天にも昇る思いだ。だが、仙道の表情は相変わらずだ。高すぎるプライドが邪魔をして人前で素直に喜べないのだ。
「ただし、条件があります」
「何だ」
これが貰えるのなら、何だってするだろう。それ程まで欲しい機体だったのだから。
「これを着てバトルして下さい」
公園のど真ん中、公衆の面前で怪しい格好をしろとユジンは言っている。例えメイド服を着ろと言われたとしても、この素晴らしい機体が欲しいならば着るかもしれない。
「着ればいいんだな」
「は、はい……」
ユジンはまさか本当に仙道が自分の持ってきた服とやらを着るつもりだということに驚く。目を合わせられないので目線を逸らして紙袋を渡す。仙道はそれを受け取り、着替えに行った。仙道の姿が見えなくなるとユジンは安心したのか、胸を撫で下ろした。

それからおよそ三十分。仙道が戻ってきた。
「凄く似合ってますよ」
仙道は鏡を見て来なかった。いや、自分の怪しい格好を見たくなかったというのが正しい。仙道がユジンの方に近づくと、公園にいた人々はざわめいた。
「誰だ……?」
「オタレンジャーの新入りか?」

鳥を模した紫色の覆面、胸元まで大きくチャックを開いたジャージに、腰に巻かれたスカート……メイド服ではなかったのだが、この衣装も仙道にとっては異様な物だった。紫色のオタレンジャーの衣装、それもサイズがぴったりの。
「仙道君……いや、オタパープル。君に宣戦布告だ!」
ユジンは一旦木陰に隠れた後、オタレッドの姿に戻り颯爽と登場した。瞬きする隙もないような恐るべきスピードに拍手が起こる。今までのおどおどとした態度とは真逆の熱血さが真っ赤な衣装に表われているようだった。
「君はそのLBXでかかってきたまえ!」
臨む所だ、と仙道は言う。CCMにデータを移し、Dキューブを投げる。
ここで仙道は何か大切なことを忘れていることに気付いた。仙道の新しい機体には名前がなかったのだ。勿論、ユジンからも聞かされていない。仙道は機体を見て思い付いた名前を言った。
「皇帝の力を見せろ、ブラックカイザー!」
「ビビンバードX!」
二人の周りには大勢の観客が集まっている。大会の熱も冷めない中突如始まった、アキハバラのヒーローVS謎の紫の覆面の男のバトルが勃発した。観客はその男の正体を知らない。まさか、彼が大会優勝者であるキングの仲間の一人である仙道ダイキだとは。
「すぐに跪かせてやるよ!」
仙道にとっては、これがオタレッドとのリベンジなのである。


バトルの舞台はいくつもの高層ビルが並ぶDキューブの中――以前戦った時に仙道が負けた場所だ。あえてこの場所を選び勝つ、ということで自分の実力を示そうとしているようだ。
「速い……!」
ブラックカイザーは元々ナイトフレームの機体なのだが、仙道によって数箇所ニク抜きがされていた。
体力や防御力は多少落ちるが、機動力を求める仙道は元々その戦闘スタイルで勝利を収めてきた。当たらなければ意味がない、これが仙道流の戦い方なのだ。さらに剣を装備したことにより、驚異的なスピードの強化を得た。残像で分身しているように見せる芸当も健在だ。
初めて使うナイトフレームの機体、それに戸惑うことなく仙道はブラックカイザーを自分の体の一部のように操っていた。ビビンバードXの銃弾を軽々とかわし、剣での攻撃を叩き込む。銃での遠距離戦を得意とするビビンバードXはビルの陰に隠れ、ブラックカイザーがジャンプして迫ってきた所に銃を撃つ。それを盾で弾き返し、ブラックカイザーは神速剣の構えに出た。
三体のブラックカイザーが三方向から剣を光らせる。囲まれたビビンバードXは上空へと飛び上がる。一番高いビルに上れば攻撃は当たらない。そこからレインバレットを撃てば――
「食らえ、ファイナル……」
オタレッドが自ら命名した技名を言う。実際はレインバレットなのだが、気持ちを込めて技名を叫ぶことにより、それ以上の破壊力を得ているつもりの技だ。
「やれ、ブラックカイザー!」
三体のブラックカイザーが剣を持ち、同時に迫ってくる。
僅かに速い動きを見せる物が本物だ、そんな言葉がオタレッドの脳裏に浮かぶ。目を凝らし、それらの動きを見る。一番右の機体が速い、オタレッドはそう確信した。右の機体に重点的に狙いを定め、ビビンバードXは引き金を引いた。
必殺ファンクション同士のぶつかり合いが火花を散らす。ビルの上空で大爆発が起こった。
ブレイクオーバーしたのはブラックカイザーなのか、それともビビンバードXなのか……


◇◆◇◆◇◆


羽を破壊され地に落ちるビビンバードXと、妖しく地に舞い降りるブラックカイザー。仙道の勝利はほぼ確定した。
ブラックカイザーはビビンバードXの羽に剣を突き刺し、動きを封じる。
「く、首だけは……」
オタレッドはあることを思い出していた。アルテミス決勝戦、暴走したプレイヤーによる残虐な「裁き」。体を叩きつけられ、首を素手でもがれ、何度もコア部分に剣を突き刺される。止めようと言い寄るが恐れのあまり逃げ出した試合――それが今、再び行われるというのか。
「アンタの首はいらないよ。俺が狙うのは……『秒殺の皇帝』、奴のLBXの首だ」
ブラックカイザーは剣を抜いた。

謎の男の勝利に大歓声が上がる。こんなに強いプレイヤーが何故アキハバラキングダムに出なかったのか、と問い詰められる。仙道は返答に困った。それをオタレッドが代わりに答える。
「オタパープルの正体は企業秘密でお送りさせて貰うよ!」
「来年は絶対出てくれよ! アンタならキングにだって勝てる!」
観客の男が言った。
仙道はわらわらと集まってくる観客達を振り払い、公園から出る。それを、オタレッドが追いかける。
公園で何があったのかと見ている四人の人影があった。
「あ、ユジンさんだ。と……だ、誰……?」
鳥を模した、紫の覆面とジャージ。その下から覗く布がふわりとめくれ上がった。


場所は変わって、喫茶店の中。ユジンの奢りで仙道はコーヒーを飲んでいた。
「本当にくれるのか?」
精魂込めて作った機体を何故自分にくれるのかがわからない。今更手放すのも嫌だ。もし手放せと言われたら、ユジンを殴ってでも奪っているかもしれない。
「ええ、これはもう仙道君の物です。さっきのバトルも見事でした」
「褒めても何も出ないぞ」
仙道はコーヒーカップを皿の上に置いた。
「この後ある所でブラックカイザーの特許を貰うんです」
ユジンはとある会社にブラックカイザーの商品化企画を持ち出していた。数日前にそこに連絡したので、今日設計図を持っていくつもりだそうだ。
「だったら返す」
仙道はブラックカイザーをユジンに突きつけた。仙道は一点物のLBXが欲しいと言っていたが、もしそれが一般に発売されれば多くの人々が自分と同じ機体を使うだろう。仙道はユジンが特許を貰いに行くのを止めさせようと説得した。
「やっぱりブラックカイザーにふさわしい人は仙道君だけです。特許の件は……後で断りの連絡を入れておきます」
「折角大金を貰えるチャンスがあったのにねぇ……」
ユジンが貴重なチャンスを簡単に無駄にしたことに仙道は呆れ、ブラックカイザーを手元に戻した。しかし、ユジンは口元に笑みを浮かべていた。
「いえ、仙道君が喜んでくれただけで嬉しいんです。それからこれも」
ユジンが紙袋を渡す。そこには、オタパープルの衣装がきちんと折り畳まれて入っていた。
「変な奴……」
仙道はその後何も言わず紙袋を返した。ユジンは項垂れてコーヒーに口を付けた。
アキハバラの六番目のヒーローの誕生に心躍らせたユジンだったが、その思いはあっさりと拒絶された。ミルクも砂糖も入れていない、ブラックコーヒーの味はいつもにも増して苦かった。
「俺はまだナイトメアで戦う。『魔術師』が『皇帝』の首を取れることを証明してやるよ」
仙道はタロットカードを一枚引いた。「戦車」の逆位置、「一歩的、ライバルに負ける」ことを意味するカードだ。
「……たまには運命に抗ってみるか」
仙道はカードを元に戻した。


この時、ジンは友人の待つ病院を出た後、サイバーランス社へと向かっていた。


――ジンは俺の獲物だ。そのことを忘れるな……
仙道はナイトメアを手の平に乗せ、次の勝利を誓った。

2011/12/11
2011/12/26 加筆修正

 目次 →

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -